ダレガキレイカ? ~優等生美少女のキタナイ本性~

大太刀小太刀

第1話 誰垣麗華の華麗な日常

「やっぱりお前は、キタナイ女なんだよ」

 

 俺は、責め立てるような冷たい声で彼女に罵倒の言葉を浴びせた。罵声を浴びせている俺が苦虫を嚙み潰したような表情なのに対して、当の彼女は薄ら笑いを浮かべていた。その微笑みが、ますます俺を苛立たせた。

 

 本当は、こんな言葉を彼女にぶつけたかったわけじゃない。こんな事を言うために彼女に再会したかったわけじゃない。だけど、俺の中に潜む、病的なまでに穢れを嫌う本能が彼女の行いを、穢れを、キタナサの全てを全否定しろと叫び続けていた。

 

 俺達は、屋上で対峙していた。もう日は落ちかけていて、辺りも暗くなり始めていた。屋上には俺と彼女の二人だけ。二人だけの世界、それだけで全て満たされたはずだった。一体、どこでこんなことになったのか。なぜ、こんなことになったのだろう……


 



 

 


 時刻を正午まで巻き戻す。昼食時間のこの時刻、俺はいつも通り屋上で昼食を食べていた。隣には友人のマツがいた。マツの本名はは松野マツノ イツキなのだが、俺も含めてみんなマツと略して呼んでいた。何故かほとんどの人に苗字で呼ばれているが嫌われているわけではない。人当りも良く、優等生である彼は寧ろみんなに好かれている。俺とは大違いだ。そんなマツが俺に話を振ってきた。


「若葉、知っているかい?この前の中間テストで学年一位の成績を取ったのが誰か」

 

 若葉とは俺のことだ。本名は室町ムロマチ 若葉ワカバ。女の子みたいな名前だからあんまり気に入っていない。いないが、マツが名前で呼ぶ分には特段気にはならなかった。


「……どうせ、あいつなんだろ?」


「うん、若葉の予想通り、誰垣麗華さんだったみたい。クラスのみんなも、誰垣さんの話でもちきりって感じだったよ」


 誰垣タレガキ 麗華レイカ。俺達と同じ桶川東高校に通う同級生。成績優秀であり、テストの成績で常に最上位に立つ優等生。見た目も頭一つ抜けたレベルの美人。おまけに父親は会社の社長であり、家柄も一流。桶川東高校オケトウも決してレベルが低い学校ではないはずなのだが、はっきり言って彼女の存在はこの高校では完全に浮いた存在になっている。


「それで?何かその話に続きがあるのか?」


「うん、それなんだけどね……」


 マツは言うべきかどうか迷っているようだった。まあ無理はないだろう、誰垣麗華の話で、気持ちのいい話というのを俺は聞いたことがない。


「気にすんなよ、俺は平気だ」


「分かった。それで続きなんだけど、実は今回のテスト、本当は二位の成宮君が一位で、誰垣さんは二位だったんじゃないかって、噂が流れているんだよね。」


「じゃあなんで誰垣が一位で、成宮が二位なんだよ」


「……先生に、取り入ったんじゃないかって」


 あり得ない話だ。とは言えなかった。誰垣には以前から、そういった黒い噂が付きまとっていた。実際に、教師と繫華街で歩いてたのを見たってやつもいるぐらいだ。


「なんでも、数Ⅱのテストが終わった後、誰垣さんが採点ミスがあるって職員室まで行ったみたいなんだ。それが噂の出どころみたいだね。成宮君と誰垣さんの合計点数、たった2点差らしいんだけど、採点ミスを直したときに、3点アップしたとかなんとか……」


 所詮は噂話だ。本当は最初から誰垣が成宮より点数が高かったのかもしれないし、本当に採点ミスがあったのかもしれない。しかし噂話において真偽など重要ではない。重要なのは多くの人が興味を持てるか、そして愉悦に浸れるかどうか、だ。


「ごめんね、若葉。気持ちのいい話ではなかったね。ただ、君には誰垣さんの話はしておくべきかなと思ったんだ」


「別に気にしちゃいねえよ、特段驚くような話題でもねえ。寧ろ胸糞悪ぃ話させてわるかったな、マツ」


「僕は別に平気さ、若葉。それに君の言う通り、特別珍しい話題ってわけでもなかったしね。」


 そうは言うがマツの表情は曇っていた。おそらく、誰垣関連を抜きにしても人を傷つけるような噂話自体があんまり好きではないのだろう。俺はマツのそういう繊細さが好きだった。


「そう落ち込むなよマツ。俺の野菜サンド分けてやっから。」


「いらないよ。それに、嫌いな野菜サンドを僕に押し付けているだけじゃないか。大体、なんで野菜が嫌いなのに野菜サンド買ったんだい?」


「卵サンドが食べたかったんだけど、野菜サンドとセットでしか売ってなかったんだよ。仕方ないからセットのやつ買ったんだ。あそこのコンビニは品ぞろえ悪いよな。」


「そこまでして卵サンドが食べたかったのか…まあなんていうか、すごく君らしいな」


 マツの表情に笑顔が戻ってきていた。野菜サンドはいらなかったらしいが、マツは元気になったようだった。仕方ないから野菜サンドを食べて、俺とマツは屋上を降りた。マツと別れて教室に戻ろうとしたとき、ある集団とすれ違った。


 女子一人と男子三人のグループだ。女子を中心に男子たちが取り囲むように歩くその様は、まるで姫と騎士のようだと感じた。男子達の媚びへつらうというか、機嫌を取るかのような口ぶりから見て、対等な関係でないのは一目で分かった。女は自信に満ち溢れた、美しくも高慢な笑みを浮かべていた。おそらく大抵の女子はこの光景を見て彼女に好印象は抱かないだろう。男子の俺だってあまり気分は良くない。

 

 顔を確認するまでもなく、女子の正体に見当がついていた。誰垣麗華だ。彼女が男子を侍らせて歩いているのを見かけたのは初めてではない。俺はこの光景を見かける度に、俺の中の本能が拒絶反応を起こした。自分でも少し、病的な自覚はあった。

 

 誰垣麗華が、どうやら俺の存在に気が付いたようだ。男子との話を続けながら、俺の歩く方向へ顔を向けると、小さく会釈をして、挨拶をした。


「ごきげんよう、若葉」


 小さな声で、囁くように挨拶をした後、美しい黒髪をなびかせて、男子達と共に通り過ぎていった。俺は、去っていく誰垣麗華を睨みつけることしかできなかった。




 


 

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