一番素敵な忘れ物
和泉
第1話
私、
いつか告白したいと思い続けて早3年。彼との関係が壊れるのが怖くてぬるま湯に浸かっていた。でも彼と過ごせる時間はもうない。何故なら昨日卒業式が終わってしまったからだ。
卒業式で別れを告げた誰よりも彼がこれからの日常にいない事が嫌だった。それを思うと辛くて、昨日は布団をかぶって夜通し泣いていた。
朝起きて鏡を見ると、私の目は赤く腫れていて「ひどい顔」と思わず困り顔で笑った私が映っていた。両親は働きに出たようでラップをした朝食が机に置いてあった。私はそのままの顔で遅めの朝食を摂った。
11時に起きたのに、学校を卒業したという実感はなかった。これから大学に行くのだという思いも、期待よりも不安、待望よりも後悔、希望より喪失感で満ちていた。必死に勉強をして合格を掴み取ったはずなのに、未来を想像すると薄暗くて何も見えず、振り返れば高校生活が光り輝いていたように見えて、これから私はこの光から一歩ずつ足を遠ざけていくのだと悲観した。私なりに学校を選んだのだから気持ちを切り替えて「さあ新生活!」といけばどんなによかったことだろう。
彼と私の関係は悪い方じゃなかったと思う。むしろ友人以上恋人未満みたいだったと思う。まあ卒業式の日に告白されなかったってことは多分限りなく友人に近かったんだろう。いや彼からしたらただの友人Aでしかなかったのかもしれない。そう考えると高校生の私は滑稽だったに違いない。彼の言葉に一喜一憂して、彼の選択にいつも振り回されて、大学選ぶのだって大変だったんだから……。でも彼との高校生活は楽しかった。
「楽しかったんだよなぁ……ほんと」
高校生活を想起し、そう呟くとまた私の頬は濡れていた。
卒業式の日にもしかしたら告白されるかもしれないなんて思ってた。私から告白しなくてもいつか告白してくれるんじゃないかって。ずいぶん自惚れてたものだと今になって思う。
午後2時、私はソファに寝転がって脱力感に身を任せながらスマホを操作していた。
『心地いい再スタートを図ろう! 好きな人を諦める方法10選!!』
画面をスクロールして目に止まった適当な見出しをタップしてみた。以前はこんなサイト誰が見るんだと思っていたけれど今になってわかる。これしかやる事がないんだ。いや正確にはこれしか手につかない。何をしても時折彼の顔が脳裏にチラついて集中なんて出来やしない。私は生きる屍のようにただ指で画面をスクロールした。
そのサイトには「連絡を断つ」だの「思い出の品を捨てる」だの「出会いを探す」だのと書かれていて、彼を忘れさせることに躍起になっているようにしか見えなかった。でも私は忘れたいわけじゃない。諦めなきゃとは思っているけど、彼のことを忘れて次のステップに行きたい訳じゃない。あぁ、なんでこんな好きなんだろ……。私は彼を好きすぎる自分に少し嫌気がさした。
尚もスクロールを続けているとある記事に目が止まった。見出しをタップし、記事に飛んでいく。そこには「どうしても諦め切れないなら告白しちゃえ!」とのなんとも無邪気なテキストが踊っていた。普段なら鼻で笑っていたその文句に今はなぜかふっと心を動かされた。
「告白……か」
そういえば一回もしなかったな。して……みよっかな。気持ちに新たな変化が生まれた。だってもう会わないし。気持ち伝えてスッキリしたいかも……。いやでもフラれるのはやっぱり嫌だな。だって卒業式で告白されなかったってことはもうフラれるのほぼ確定みたいなもんだし。私は自分の頭の中で告白するべきか否かを猛烈に葛藤した。どうしようどうしようと頭を抱える。そしてうんうん唸ること10分。私の答えは出た。
「コンビニに行って偶然出会ったら告白する」
私は意思を強くするために小さく呟いた。その答えとはなんとも歯切れの悪いものだった。それだけでなく歯切れの悪さは心の中まで侵食していて、私はずっと言い訳を並べていた。
こ、これはコンビニに行くだけであって決して彼との出会いを目的としているわけではないんだから。そ、そうもし運命的に出会えるなら、それは神様が告白するチャンスを与えてくださったという事で、運命の相手的な感じで告白の成功率も上がるはずなわけで……。
「はあ……」
未練がましい私にため息一つ。でも行くって決めた。私は早速準備に取り掛かった。「コンビニ行くだけだから軽装でいいよね」などとのたまいながらお気に入りの服を着たり「コンビニなら化粧はいらないっしょ」などとほざきながらカチャカチャと化粧道具を広げたり、寝癖や口臭、アクセサリーに靴、果ては爪の垢に至るまで。私は全神経を使い、ありとあらゆる外見に気を使った。そして2時間後、およそコンビニに行くとは思えないほど気合の入った一人の女子が完成した。鏡で入念に最終チェックを行いいざ出陣。と思ったがドアを前にし、少し足がすくむ。何をコンビニに行くだけで怯えてるんだ私は。そう言い聞かせて気持ちを奮い立たせた。
ええいままよ!
私はドアを勢いよく開けた。
ほ、ほらね。誰もいないわ。別にコンビニに行くだけだから関係ないけど。
私は鍵を閉めながら周りを見回してそう思った。
さ、さあコンビニでも行きましょうかね。
そうして沿道に足を一歩踏み出す。
「え、南?」
聴き慣れた低い声。運命の歯車が動き出した。
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