第20話 美しきひねくれ者
セレンがまたいつものように庭の椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「今日は何?どんなネタやるの?」
言いづらい。
前のような敵対的ではない、彼女も態度では心底どうでもよさそうな体裁をとってはいるが今までのような突き放す態度ではもうなかった。
「セレン、大切な話があるんだ」
「へ?な、なによ、急に畏まって......」
「もうすぐギルドに入る事になる、そしたら今まで見たいに時間は作れないかもしれないんだ」
「――ぇ」
セレンにそういうと一瞬悲しそうな表情を見せた、そして腕を組んで、口をへの字にして
「――そう、アンタがそう言うならそうなんでしょうね」
そう言った。
「今までのように行けなくなるだけだ、週1くらいなら行ける?行けないかもな......」
「......別に無理して来る必要はないわ」
「いや行けるって、週1休み無しとかどんなブラック企業だよ、週1はギリ行ける」
「無理よ、無理。アンタには無理」
「ひどい、行けるから」
「無理ったら無理よ、アンタ体力無いものね、無理して身体を壊したら駄目よ」
やっぱりセレンは変わったと思う、いや元々こういう人だったんだろう。
「いや、冒険者業になったら体力は付くから」
「そう?精々期待しないで待ってるわ......あ」
「待ってるねぇ......」
「――ふんッ」
ドアを閉められた、自分が墓穴を掘ったのに......
「また来るから」
「......勝手にすれば?」
おや、聞いてた。
■
「メイ婆にもお世話になったよ、ありがとう」
「へ、今生の別れじゃないんだからね、軽く流すよ」
メイ婆は煙草を吸いながら平然としている、本当は別れるのが悲しいだろお?
「......言っておくがね、アタシゃお前より年上だ。こんな些細な別れにいちいち情は持たないよ、アタシゃ別れの経験は多い方なんだぜ?」
心でも読めるのかよ。
「......でもさ本当にありがとう、メイ婆がいなかったら橋の下で生活してただろうし、セレンとも会えなかっただろうから」
「ふ、セレンにとってはお前との出会いの有無は大きな人生の岐路だったろうさ」
「俺にとってもだ」
「いやいや、お前はなんやかんや生き延びる方さ」
どうだろうな、ただメイ婆と働いた2か月はいい経験だったし、何より頼れる人が出来たから。
「困ったらまた頼っていい?」
「......しょうがねぇ、金に関わらなければどうにかしてやるさ」
「ありがとう、ババァ」
「調子に乗るなッ」
「痛っ」
このゲンコツも最後かな。
「明日でセレンの所は最後だろ?」
「そうだな」
「......ただ明日は雨が降るらしい、気を付けろよ?」
まぁ大丈夫でしょ。
■
その日は曇り空だった、メイ婆曰く、雨が降るかもしれない気を付けろよ。と、とはいえ俺は楽観的に考えていた、そりゃ確かに雨の中森を歩くのはしんどいけど、出来ない事ではない、この1か月強の間に何回往復したと思ってる、雨の時もあった、だから大丈夫だ、そう思ってはいたけれど。
「いや......これは」
道中、丁度折り返し地点の辺り、雨は降り始めどんどんと強くなっていった。
「げぇ......」
ここで行かなくても彼女は分かってくれるだろう『そう残念、でも仕方ないわ』と彼女は別に今回行かなくても怒らない、納得すらしてくれるだろう。
「いや......ここまで来て帰る選択肢はないよな」
自分の事を待ってくれている人がいるのなら、まだ頑張れる。
「大丈夫だ、この雨ならまだいける、あと半分くらい行けるはず」
一歩一歩進んでいく。
セレンの両親が帰って来られないのには理由があるからだ、きっと切実な理由だ。
もし帰ってきた時にセレンが荒んでいたら、セレンにとっても両親にとっても不幸なはず。ここまで来て今までの労力を無駄にしたくはない。
俺には変身という手もある、アレが危なっかしい事この上ないのは事実だが。
まだいける、もう少しだ。
■
「......」
すごい大雨ね、これでは無理。きっとあの人は来られないわ残念、でも仕方のない事ね。
彼は言っていた、これからも週1ならギリ行けるって、ギリだなんておかしい、彼がそこまでする義理すらないのに。わかってる、あたしが気を使わせている。
「......そうね、仕方ない」
あたしの大切な叡智の民......両親の約束......これはいつまでも消えないように。
「――え」
おかしい、どうしてあの人の魔力を感じたの?村の中に入ってきた、そんな事はありえない、こんな大雨で?
「でも、間違えるはずない、何回も感じて来たもの、この1か月ずっと感知したのだもの」
急いで支度をする、あぁもしこれが当たっていたら彼は大変な状態のはずだわ。
■
「村の入り口についた......はぁ、確か村の中はセレンがすべて感知できるんだっけか......ぁ、少し雨止んだか?」
とにかくセレンの家まで......
「あ、セレンッ」
セレンが必至の顔でこっちへ走ってくる。
「バカッどうして来たの!?アンタ、あたしが来なかったら幻滅するようなバカに見えた?」
「途中で降られちったから、ほら途中で帰るのは癪だろ?」
「っ来なさい......いえ良いわ捕まって」
セレンはぬかるんでいる地面に片膝を立てて、肩を貸してくれた。
■
「......うぅ......寒い」
半裸でダンゴ虫状態だ......
「身体温めなさいよ、明日からギルドに入るんでしょ風邪なんて引いたらせっかくの晴れ舞台がおじゃんよ」
そういってセレンの家の中にあげてもらった、それは初めての事だった。彼女はタオルとホットミルクを出してくれた。
「というか、男を家に招き入れてのいいのかよ、今までは庭だったり、屋根のついた場所だったり頑なに家に入れてこなかっただろ?」
「ぁ......いいわよ、アンタにあたしを襲う度胸なんてあるはずないわ」
ぁって......別に俺を信じてとかではなく、勢いで入れただけで考えてなかっただけかよ......少しショック。
「ま、構わないけどな。自然に家に招き入れられてたら、それこそ勘違いする」
「勘違いって、なんのよ?」
「何でもない」
ホットミルク温まるぅ。
「明日には晴れてるといいけど......」
「別にギルドマスターが戻ってくるのが明日ってだけだから、確定でもないけどな」
「......きっとこの後虹が架かるわ」
「?」
「門出を祝う為に虹が架かるの、だから......」
「だから明日絶対に加入できるって?」
「えぇそうよ......」
セレンもホットミルクを持ってきて俺と対面する形で座った。
「......あたし、面白かったわ」
「俺と会話するのが?」
「アンタがあれこれ考えてからわざわざここまで来てるのを想像するのが」
会話じゃねぇのかよ。
「だから期待してもいいかしら」
「何を?」
「......アンタが下らない出し物するの」
色々とネタを考えるのも大変というか、ネタがないんだけど......
「セレンが気に入ってくれたのなら。ああ、期待してくれ」
「ありがとう......ぁ......そういえば......訊いておきたい事が......」
「どうかしたか?」
「......いえ、なんでも......雨はこの後も続くみたい......お昼の時間過ぎてるから、ここでお昼食べていく?」
セレンは少し恥ずかしいのか、頬を少し染めていた。
「お願いしてもいいか?」
「わかった今から用意するから、待っていなさい」
セレンはそのまま部屋を出て行った。
「......」
室内は綺麗に整頓されていたりしたが、机の上には色々な魔道具らしきものが置いてあった、それを触らない範囲で観察する、確かにこの家には魔道具は多いのかもしれない、魔道具と言っても種類があるが一人一つが原則、何せ管理が大変だから。それを近くに置いてある箱には様々な魔道具が詰め込まれていた。そしてどういう識別かもう一つ箱があった。
「何の差があるんだ?」
わからない、まぁ本人にしかわからない識別をしているだけだろうが。
「......わからないな」
そんな事を考えているとセレンが戻ってきた。
「あの......サンドイッチくらいしか作れなかったわ......人が来るなんてもう想定してなくて......」
「いやいや、良いって元々お邪魔する予定じゃなかったしさ......あーそうだ、気になってたんだが......」
「なに?」
俺が魔道具の方を指さすと彼女は少し嫌そうな顔をして
「それは、修理に出す予定の魔道具とそうでないのとを分けていたの、ふん」
彼女はそれから目を逸らし口をへの字にした。
「そうか」
「なに、もっと聞かなくていいのッ?」
「これで修理に出すのを選別してメイ婆の所に行ってたんだな」
「本当は分かってた癖にわざわざ聞くのね?」
不機嫌になると口をへの字にするからわかりやすい。今回は多分修理に出す物を探していた事がバレたのが嫌だったんだろう。
修理するのをわざわざ箱に別けて識別してたのは知らなかったけで、他は察してたんだが......こんな作業していたんだな。
「いや知らなかったって......」
「早く食べて」
「......いただきます」
サンドイッチの中身はハムとキャベツとチーズ、マヨネーズというシンプルなモノだった。
「......おいしい」
「当然よ」
ただ中身の具材はふんだんに挟まれていて思ったより腹に溜まっていく。
「アンタ男だし普段より多くしてよかったわ」
「ありがたいよ、普段は市販のパン屋で済ませてるから、こういう美味しいパンなんて初めてだ」
たまにメイ婆がご馳走してくれたりもするが、基本的には各自が勝手に食事をしていた。というかあの人ふらふらと何処かへ出かけてしまうから、メイ婆が食事を取っているのかも知らない。そんな感じだからこういう手作りの料理を食べる機会はそうはない、パンに関しては初めてだ。
「そ......でもそのパンも市販のよ?気取った感想ご馳走様」
「でもわざわざ切ってくれてるだろ?」
「え、どうして」
「だって切り方が雑――」
あ、ヤバ。
「――そう、雑、どうもッ」
「いや、言い方がまずかったな」
「ふん、別に気にしてはないわ、本音をありがとうございますねッ」
あらら、これは時間を置かないと駄目かもしれない。
「はぁ......でも美味しいよ、マヨネーズとかもパンの全体にまで浸透しててさ」
「......」
「パンもさ俺の為に大きく切り分けてくれたんだろ?いやぁありがたいっす......」
「ふん......」
絶妙な雰囲気の中で昼食をすることになってしまった。
「......ご馳走様」
「はい、御粗末でした」
手伝う暇もなくそそくさと皿を持って行ってしまった。手伝うと言っても怒っただろうが。
「......」
リラックスしていたがもう夕方近いのではないだろうか、窓から見える風景は朝の大雨からは一転して雲の色が黄色味がかった雲と白い雲が混ざり合っていた。
「ふぅ......」
セレンは独りでずっとこの光景を眺めていたんだ、ここから村を見る事が出来る、あの図書館もちらりと見えた。ただ森林の整備は行っていないだろうから見えない場所も多い。......森には命が溢れているはずなのにここはひどく寂しい場所だと思った。
「そろそろ帰らないと森の中で夜を過ごす事になるわよ」
「――え」
集中していて背後に立つセレンに気が付かなかった。
「アンタビビりだから無理でしょう?」
「いや、お前だってあの時ビビッて俺に魔法撃ってたじゃんか......」
「アンタが不審者だったからよ」
あの時は口数の少なくて気が強い変な奴と思ったが、案外そうでもなかったな。
「はいはい、わかったよ......」
服も乾いていたので着替えてすぐに帰りの準備を始める。
「わざわざ見送りなんてしなくても......」
「あたしが勝手にやってるだけよ」
外を出ると黄色い雲が疎らに模様でそんな隙間から黄色い陽射しが差していた。
「それじゃ、セレン。もしギルドマスターが戻ってもすぐに加入が決まらなかったら、また来て――」
「ぁ――見て」
「なんだ?」
セレンはそう茫然と口から出て指をさす。
「あれは......」
そんな空に架かるは虹であった、
「......ふふ、やっぱり......アンタは明日ギルドに加入する事になるわねッ」
セレンはそう笑顔で言った、今までのムスッとした表情でも、静かな笑みでもない、本当に自然な笑みだった。
「――」
あのロケットペンダントの少女のような無邪気に輝く笑顔ではなかったけれど、
あの少女が一瞬だけセレンと重なった気がした。
「きゃ――」
風が彼女のツインテールを静かに揺らして、それを手で軽く押さえている。
「風が強くなってきたかしら......ん?どうしたの?」
思わず見惚れてた、あぁ間違いなく見惚れてた。コレサを笑えない、だって彼女とはずっと会っていたのに、道をすれ違って見てしまうような一目惚れとは違うのに、
肉欲とは違う、そういうものとは少し違った。
「ははは、まいった......」
今の状態だと彼女の僅かな所作でも意識してしまいそうだ。
「何してるの、これから寒くなるから早く戻りなさい、風邪ひくわよ」
「あ、あぁ俺は行く、また来るよ」
「えぇ、さようなら――」
■
『困ってる人に手を差し伸べる事』昔、そんな事を誰かが話してた気がする。
けれどあんなものを守ろうと考えていた訳ではない、そういう高尚なものではなくて、もっと単純で軽率で俗な理由。下心とか、そういう物が原動力だった側面があったのは事実だ。
「ただ......それでも良かったか。手を差し伸べておいて」
俺は馬鹿だからな。善意でやっていたけれど、あの笑顔を見られただけで今までの苦労が全て報われた気がした。
「お、くっきりと虹が......」
【
虹が門出を祝ってくれる、セレンはそう言ってくれたのだから――
......。
「......そういえば、あの夜の人影は誰だったんだろう?」
セレンに会う前に見た人影、あれが結局何だったのか、今更だが気になるな。
......まぁ調べようがないか、精々あの人影が何の問題もなく済んでいたらいい、幸い事件のようなモノは店の近くは聞いてはいなかったから、大丈夫だとは思うが。
「ん~あの人影......髪型がうっすらと見えてたが......ツインテールのように見えたんだが......」
......まさかな?
「くしゅん......いやだ、あたしの方が風邪ひいちゃったかも......」
第2章 叡智の民のひねくれ者編 終
隕石激突によりエイリアン的な変身能力を取得してしまった転移者はロマンを求めて奮闘する!(更新中止) 村日星成 @muras
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