第2話 無い無い尽くしの異世界生活


徐々に意識が起きていく。


「あれ......ここは......?」


意識を失って.......それから......?


ぼんやりとした意識を鮮明にしていく......この世界に来て早々、魔物を倒し、そして騎士の男に追われた事、そして川を泳いだ事。


「夢......じゃなかったんだな......」


川の岸辺にいつの間にか寝ていた、辺りは木々がところどころ生えているが前にいた森ほどではない。それに人の行き交う声や足音が遠くからではあるが聞こえて来る。

もしかしたら町があるのかもしれない。


「......」


いざ異世界に転移してみれば死にかけた、今回は奇跡的に助かったが、次はどうなるかわからない。果たしてこの世界の住人と上手く接する事が出来るだろうか、不安がある、森では事故とはいえ戦闘にまで発展してしまったからだ。


「......行くか」


行くしかない、不安しかないがそれでも......行くしかない。


「良い町でありますように!」


そうして声の聞こえてきた方角に歩いていくのだった。



小さな森林を抜けるとレンガ造りの建物が並んでいた、露店も立ち並び、賑わいを見せている。


「――」


そこで目にしたのは、元の世界では考えられない光景だった、人間以外に獣の耳が生えた人や耳の長い人、馬車を引いて荷物を運んでいる人。


「本物......か」


あの川はこの都市部の端に位置していたようだ。


「(......言葉は大丈夫だよな、町の人の会話はわかる)」


服も乾いてるし、怪しまれないはず。




「――安いよ――」「――」

「(俺の世界と変わらないな......)」


思わず観光気分になってしまう、見た事のない存在が当たり前のように存在している、そんな事実に興奮してくる。


「へぇ」


傍から見たらただの観光客だろう、我を忘れていたいという思いもあったのかもしれない、俺はいまだに心休まらない状態だ。


「......」


不思議と目を奪われたのはある二人組だった。


一人は鋭い黄色い、狼のような目つき......というか狼顔をした男、多分獣人という奴だろうか。筋肉質な肉体で全体的に灰色の身体をしており、黒いジャケットと黒い長ズボン、正直かなり怖い。


そしてもう一人、いや彼女に目を奪われたのだ、狼男の事は不思議と気にならなかった。


赤い......ジト目というか......眠そうにした瞳というのが近いと思う。そして大きな紫色の三角帽子と紫色のフード付きローブに濃い橙色のブーツ、大きな濃い赤色の杖という所謂魔女の恰好をした少女、濃い赤紫の、まるで熟した山葡萄ぶどうのような色の長い髪が印象的だった。


「......」


中高生くらいだろうか、あからさまな魔女姿に目を惹かれる。


「あの......なんですか?」


あっやべ......


じっと見て考え事をしていたのを不思議に思われたのか、少女に首を傾げられていた。


「知り合いか?」

「いえ、知らない人ですが......どこかで会いましたか?」


さっさと退散するか......


「あ......悪いちょっと知り合いに似てて......人違いだった!」


そう言って逃げる、我ながら即興でよく思いついたと思う。


町の探索をしていると、日も沈みかけてきた。


これから先どうするか、そう考えていると、ある会話が耳に入った。


「――近くの森で隕石が落ちたって――」「あぁ大変だったようだ」

......少し気になる話だ、少し話を聞いてみよう。


「ちょっと話を聞いても?その隕石の話、俺知らなくて......」

「ん?あぁ豊穣の森に落ちた隕石の調査を失敗したんだよ、精鋭の騎士様も苦戦したようだし、後々大がかりな殲滅隊が結成されるかもな」


男が指さす方角が豊穣の森らしい、俺が落ちた場所だ。


あの時戦ったライトイエロー色の髪の騎士の事だろうか、火事を起こして敵対して逃げた......まず間違いなく殲滅対象だ......だから変身は街中では迂闊にはできない......できなくなるだろう。

それに変身の解除をした時のあの倦怠感と眠気ではまともに逃げられなくなるし

「......どうすればいいか......だな」

まともに戦えない状態で、どう生き残るか。自分を強くするのが一番だが、仲間を増やすのも大事だ、せめて知り合いが増えれば。この世界での生存率は上がるだろう。


「(冒険者協会......)」


聞き耳を立てていると冒険者協会というものがあるという事はなんとなくわかった、

冒険者協会の他にもギルドと呼ばれるモノあるようだが、細かくは知らない、場合によっては一攫千金も夢じゃないようだが。

今の自分はまともに戦えないのだから意味はなさそうだ。


それに今大事な事がある。


「金がない......死活問題だ」


そう金だ。


今すぐにでもお金を集めなければいけない、食べ物も買えないし、宿に泊まるのも無理だ。野宿......


オレンジ色の空に町の住人は夕食の準備に騒いでいるが、もうすぐ人通りも少なっていくだろうそしたら柄の悪い人間が増えてくる、それは危険だ。


そう思って選んだ場所が橋の下だった、先客は幸いにもいなかった。

「まさか、異世界で橋の下で寝る羽目になるとは」

人目を避けれて雨が降っても大丈夫な場所と言えば、俺が思い当たる場所なんてこんな所くらいだ。


もうじき夜、空腹だし、さっさと眠ろう、明日これからの事を考えるとしよう......


こうしてアキラはうずくまりながら眠りにつくのだった。




◆◇◆◇



一晩明けて、まず水の問題は川の水を飲む事で解決している、正直安全なのか不安もあったが、今の所健康問題はない、しかし魚は取れなかった、さすがに何か道具が必要だ、俺ってこういう経験皆無だったからなぁ......


「......」


町を見ていて思ったが、やはりこの世界において俺はそこらの子供よりも役立たずだ、魔法も使えないし、生存競争でこの世界の住人に負けているだろう。


店主や通行人に聞いてわかったことだが、俺がいる町はアルカディア帝国の首都で名前をソルテシアと言うらしい、まぁ俺がいる場所はソルテシアの端っこらしいが......。

アルカディア帝国は大国である、わかったのはそれくらい、細かく聞きすぎるとさすがに怪しまれるだろう。


そしてこの世界で驚いた事がある。


「車......?」


一回だけだが車のような物が走っていたのだ、ちなみにその車には人だかりができていてほとんど見えなかったし、まともに走れていなかった。自慢したかっただけだろう。


それにテレビも白黒で映像も粗いがある、一回だけ富裕層向けのお店で見た。しかし高すぎて売れていないようだが......。テレビ内容の興味はあるが、需要もなさそうだった、ラジオや新聞で事足りてるという事か。


よくあるファンタジー世界の文明が少し発達した世界、というのが俺の考えだ。


しかしどうやって車を動かしているのかと思えば何でも魔石と言われる石を加工した物をエネルギーにして使っているらしい。


「魔石......」


魔力が凝縮している石、それが魔石。なんでも万能のエネルギーと持て囃されており、魔石を専門に採掘する冒険者もいるとか......


「色々な電化製品も魔石を使っているなんて、本当にすごいよなぁ」


冷蔵庫やキッチンみたいなのがあるのは町の露店でわかってはいたが、それもこれも元は魔石のエネルギーを使っているとのこと、魔石は洞窟からの採掘以外に人工で作る事もできるようだが、時間と費用が掛かるため、もっぱら採掘がメインらしい。


「そうつまり、魔石採掘は結構儲かるはずだ!」



そう思い、魔石が取れると噂の洞窟に来たはいいが......


「考える事はみんな同じか......」


甘い考えは捨てるべきだったか、魔石の採掘場なんて、国が管理しているか、危険地帯かのどっちかなんだろう。


ソルテシアから比較的近くの洞窟前だったから、案外簡単に行けるんだなと思っていたら、柄の悪い連中が湧いていた。まぁ、そんな所に来てる俺も大概か。


「首都近郊でこんな不法採掘が横行してて、良いのかねぇ」


ただ考えはあった、俺の変身姿が指名手配されていようが、採掘場の中ならば身元がバレないはずだ。


「......変身後は気持ちが高揚するから、上手く自制するだけだ」


採掘場の中で危険があったら、変身してすぐ逃げる、誰もいない所で変身を解く。

これしかない、魔石の相場なんてわからないがこれで食費くらいは稼ぎたい。


「......」


いくつもある入り口から人の少ない場所を選びコッソリと採掘場に侵入するのだった。



この採掘場は最近になって魔石が取れると噂になっていたらしい、それを嗅ぎつけたのが闇ギルド、ようは犯罪者集団だろう。そいつらが占拠して、魔石を採掘している。一体帝国は何してるんだか......


だから俺は闇ギルドの稼ぎ場から物を盗む訳だ......よくよく考えたらやばい事してるな、俺。


「思ったより広くて助かった、変身後を考えても狭いとやりにくいからな」


想像では人一人分くらいと考えていたが、横幅も広いし、戦闘面ではどうにかなりそうだ、ところどころにオレンジ色の明かりがあるから、辛うじて足元が分かる。


ある程度歩き、洞窟を抜けると四方八方に穴がある広場に出て、さらに歩くとさらに......このようないくつも分かれ道があり、さらに分かれ道から分かれ道と繰り返す構造をしており、これは下手した迷いかねない。


「気を付けて行かないとな......」



「......やべぇ迷った」


どれくらいたったか、1日くらい食事をとっていなかったからか、疲れてきたし、前も後ろも右も左も、岩、土、石、似たような構造、で完全に迷ってしまった。


「肝心の魔石も見つからないし......」


そりゃあ、取りやすい魔石なんて全部取られているよなぁ......


「よくよく考えてみたら、魔石ってどんなのなんだ?」


後先考えずに動くから、こういう事になる。

このままだと餓死するかもしれない――


「止まりなさい!」

「――」


後ろからの声に心臓が止まる。


「そこから動かず、何もしないでください」


言われるがまま、されるがまま、赤い瞳、紫の服、濃い赤紫の髪、この容姿には見覚えがあった。


「昨日......会った?」

「......!」


少女は少し考える素振りを見せて、ハッとする。


「いっいやぁ奇遇っすねぇ、あの、どうしてここに?洞窟探検とか?」

「『闇の鎖』」


彼女は杖をコツンッと地面に叩くと俺の足元から黒い鎖が出て来て......

俺の両腕と両足を縛る。


「うそ、俺、何かした!?」

「ここはアルカディア帝国の魔石採掘場ですよ」

「いっいや迷って......うっかり」

「闇ギルドの人がいる入り口にいて......うっかり?」

「......」

「魔石目当てで、入りましたね?」

「......他の奴らもしてるぞ......」

「えぇですので、全員こうなる予定ですよ」


運がない、盗掘行為してる連中の一斉摘発を今現在しているのだろう、俺はそんな日に限って採掘場に侵入しちまったわけだ......。


「見逃してくれないか?」

「ダメです、観念してください」


くっ......このままじゃ前科者になっちまう!


「......それでは」


えっ俺を放置したまま奥に行くの?


「嘘!?このまま放置する気!?」

「連れていくわけにはいかないので」

「手足縛ったまま、放置して何かあったらどうするんだよ!」

「それは......」

「頼む、それに外にも沢山いるんだろ?俺は弱いから逃げきれないって......俺はまだ死にたくない!」


必死に懇願する、このまま放置は普通に死ぬがする。


「......はぁ......わかりましたよ、足だけは解いてあげます、たしかに外にも人はいますからね、逃げきれないでしょうし」


渋々と俺の足の鎖を解いてくれた。


「出口に向かう穴には目印がありますので使ってくださいね、あと外であなたの鎖を見たら一発でバレますから、素直に『私は捕まった人です』と、自供したほうがいいですよ」

「まぁ、そうさせてもらおうかな、最後に聞いてもいいか?」

「?なんでしょう?」

「せっかくだから......名前を教えて」


その時の少女の様子は明らかに困惑していた、それが普通だろうな。


「なぜ?」

「なんとなく、俺はアキラっていうんだけど......」

「アキラ......ですか」


これでスルーされたら悲しい。


「......へベルナ......です」

「へベルナかぁ、ありがとう、いやぁ助かった......」

「捕まえた人にありがとうなんて.......変な人」


少女は最後にそう言って洞窟の奥に去っていく。



少し時が立ち、腕に黒い鎖を巻かれている俺。


「......」


さてどうしたものかな、この世界で前科者になる事の重さがわからないが、良い訳がない。


「しかし俺の懇願をよく受け入れてくれたな、普通受け入れるか?」


俺なら無視してた、そうする意味がないからだ、大体俺が本当は強かったら?後ろから不意打ちをしてたら?いや仮に不意打ちなんて意味がないくらいへベルナが強くても、外には逃げ切られてしまうかもしれない。


「感謝だな」


まぁ、結局当初の問題は何の解決もしてはいなかった、それどころか悪化している。魔石は取れずこのまま外に出たら捕まるだけ、なんてこった。


「捕まったらメシは出るのか......だな」


絶望的な状況でどうにか希望を見出す、そんな時だった――



バァァンッ!



「奥に何かあったのか?」


採掘場の奥から大きな爆発音が聞こえてきた、まぁここは闇ギルドも関係していたらしいし、そういう戦闘も起きるだろう。


「いや、もし大規模な戦闘になったら俺も逃げ切れるんじゃ?」


ただ腕の鎖さえなければなぁ。


「鎖が永続なんてありえないだろう、さすがに」

なんの根拠もない勘だが。


しかし奥で行われるこの戦闘が長引き大事になれば、外に待機してる奴らも中に入らざるおえない、そしたらその隙に逃げる、うん、いい案だ。


「......」


ただ、一つ心残りがあるとすれば


「へベルナは大丈夫か?」


一斉摘発の現場まで来ているのだ、俺なんかより強いだろう、だが......


「......」


別にそこまでする義理はない、友達どころか知り合いですらなく、あっちからしてみたら明日にでも忘れているような存在だろう。それこそ今の俺は罪人だから。


「そういえば、この世界で初めて名前を教えて貰ったんだよな......」


それに俺は限定的だが戦う力がある。なのにあの少女を見捨てても良いのか?


それは嫌だ。


戦う力があるのに、もしへベルナが死んだなら俺は絶対に後悔するだろう。



俺は彼女に死んでほしくない。


それに何もなければ俺が勝手に馬鹿やったで終わりなんだよ。



変身の姿がどれだけ知れ渡っているのかはわからないが、それでも。


「スゥーハァー」


緊張する、この力は一度だけ使ってわかったことは強いが高揚感と闘争心も増す事だ、恐らく不必要な戦闘もやらかすだろう、ただ殺しだけは――



殺しだけはしないように――



身体の内から流れる力を掴み、包む、熱い『なにか』が全身を包み込み――



「行くぞォ!」


両腕の黒い鎖を思いきり踏ん張って破壊する。


こうしてオレンジ色の怪物は猛ダッシュで洞窟を駆け抜けていった――

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