第18話 行方不明

「ラルド王子が行方不明……ですか?」


 先日、広場で別れる際に言っていた通りにロランの屋敷を訪れたロナルル第二王子。そんな彼をロランと一緒に迎えたカレンは、ロナルルの思いもよらぬ話に驚いていた。


「そう。馬車で飛び出すところは確認されているから誘拐の線は薄いだろうね。どうもこの街を目指そうとした道中に何かあったようだ」

「ラルド王子がこの街に」


 カレンは思わず隣に座る妹を抱きしめた。


「……?」

「心配しなくてもいいよ。父さん……王が捜索隊を出したから、たとえ兄が見つかったとしても有無を言う暇もなくダルル王国へと連れ戻される。それにプリラは今や聖女だ。ラルド兄さんはどうも聖女を教会のお飾り程度にしか考えていなかったようだけど、これはとんでもない勘違いで、流石の父さんもカンカンだったよ。なにせ聖女を害すれば信者の総数が億に達するとまで言われる教会を敵に回すことになるからね。自覚がないようだから言っておくけど、今のプリラは私なんかよりもずっと高位の権力者だよ」

「あの、なぜそこまで聖女は重要視されるのですか?」

「うん。それはね、精霊はこの星の意思そのものと言われているからだよ。その精霊と直接会話できる聖女は星……ああ、地域によっては神とも称されるね。その代弁者、あるいは代行者というわけさ。自分達が住んでいる世界そのものが人の形をしていたら、そりゃ誰だって敬うだろう? ありがとう、アシヤさん」


 メイド長が持ってきた紅茶をそっと口に運ぶロナルル王子。


「それだけではないだろう」

「ロラン様?」

「そうだね。確かにそれだけではないよ。今言ったのも理由の一つではあるけど、それ以上に瘴気を払うことができ、どのような怪我も瞬く間に治すことができる聖女の力は即物的な面でも強く人の関心を集める」

「瘴気を払う……ですか」


 瘴気とは世界を犯す毒であり、瘴気が立ち込める場所では生命は育たず、これを除去するには並大抵ではない時間と労力が必要とされている。また魔物が発生するのも瘴気が原因と言われていた。


(瘴気に関われば魔物とも関わることになってしまうわ。プリラが聖女と聞いて凄いだなんて呑気に考えていたけれど、私の認識は甘すぎたのかもしれない)


 可愛い妹が危険な戦いに巻き込まれるかもしれない。カレンの胸を張り裂けそうな痛みが襲った。


「プリラは……プリラは普通の女の子です」


 カレンはまるで世間の目から隠そうとするかのように妹を強く抱きしめた。そんな姉をプリラは心配そうに見上げ、ロランが震える婚約者の肩にそっと手を置いた。


「そうだね。でも教会の人間も含めて、今後多くの者がプリラに接触しようとするはずだ。身の振り方は考えておいた方がいい。プリラも、いいね?」

「……(コクン)」

「プリラ、貴方今の話本当に分かったの?」


 姉の言葉にプリラは一つ頷くと親指をビシッと立てて見せた。


「まぁ。……ふふ。プリラったら殿方の前ではしたないわよ」


 自分を元気付けようとしているのが分かり、カレンは泣き笑いながら妹に頬擦りする。そんな姉にプリラの口元が綻んだ。そして姉妹を見守る男二人の顔も。


「さて、それじゃあ最後に確認しておきたいんだけど、カレン、君はこれからどうしたい?」

「はい? あの、ロナルル様、どう……というのはどういう意味でしょうか?」

「君の婚約は兄が勝手にやったことだ。君が望むのならばダルル王国に戻ってきてくれて構わない。無論、その場合は王家からデルルウガ家に賠償金をお支払いしよう」


 最後の言葉はカレンではなくロランへと向けられていた。


「そ、そんなことして頂かなくて大丈夫です!」

「ん? ああ、ちょっと今のは言い方が悪かったかな」


 少しの逡巡を見せた後、ロナルルがあまりにも自分を真っ直ぐに見つめるものだから、カレンは胸騒ぎを覚えた。


 そしてダルル王国の第二王子は告げる。


「私としてはカレン、君に戻って来て欲しいと思っている。そしてどうか私の妻になってはくれないだろうか?」


 目を見開き息を呑むカレン。その隣では突然の愛の告白を聞いて聖女が瞳を輝かせていた。

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