第17話 怒れる者達
小さな揺れを感じてラルド王子は目を覚ました。
(何だここは? 俺はどうして)
真っ暗で何も見えない。夜の森の暗さはそれなりに知っているつもりでいたが、ここまでのものは初めてだった。
「おい、おい誰かいないのか? 護衛隊長。おい、どこだ?」
「そんなに吠えなくても聞こえてますよ」
声は思った以上に近くから聞こえて、ラルド王子は思わずビクリと体を震わせた。
「居るならさっさと返事をしろ! まったく使えんやつだ。おい、それよりもどうして明かりがない? 焚き火はどうした」
「どうしただとよ」
「こいつ、まだ状況分かってないぜ」
「マジかよ。一体どこまで馬鹿なんだ」
「何だと!? おい、今言ったのはどこのどいつだ? 名乗り出ろ」
怒鳴りながら立ち上がろうとしたラルド王子は、しかしそこで気が付いた。
「なっ!? 何だ? これは……おい、どういうことだ?」
四肢が縛られている。訳が分からずにラルド王子は暗闇の中、芋虫のように這い回った。するとまるでそれが見えているかのように周囲がドッと湧いた。
「気づくのおせぇ~」
「愚鈍王子様の面目躍如だな。普通目が塞がれていても手足縛られてたら気付くだろ」
「こんなアホにアイツは……隊長。もういいですか? 俺、もう我慢できなくて」
「おい、抜け駆けすんなよ。俺だってずっとこの時を待ってたんだ。アイツが婚約者の後を追って身投げした時からずっとな」
これはおかしい。どう考えても妙だ。状況が未だに理解できぬラルド王子ではあったが、じわじわと、今までの人生で感じたことのない焦燥感が臓腑の底から這い上がってくるのを感じた。
(何だこの状況は? 何故俺が縛られているんだ?)
「ご、護衛隊長! 何をしている? さっさと何とかしろ! 護衛隊長!!」
「……聞こえてますよ。まったく、本当にうるさい奴だ」
首根っこを掴まれたかと思えば、ラルド王子はまるで荷物のように体を強引に移動させられた。
(ば、馬車から引き摺り出されたのか? この俺が?)
夜の冷気がただでさ冷たくなっていくラルド王子の肌を直接撫でる。直後、硬い土の上に投げ捨てられた。
「グワァ!? き、貴様! 護衛隊長! 一体何の真似だ!?」
「何のって、つまりはこういう事ですよ」
そこでラルドの視界が急に晴れた。護衛隊長の手に持っている布を見て、目隠しされていたのだと今更ながらに理解した。
「き、貴様……本当に護衛隊長なのか?」
常に王子である自分の顔色を伺う気弱な護衛隊長。そんな男がひどく冷たい目で自分を見下ろしている。まるで別人を見ているようだとラルドは思った。
「先ほどから護衛隊長、護衛隊長と煩いので好奇心で聞いてみますが、王子、俺の名前を言えますか? ここにいる連中は? 誰か一人でも言えたら少しは楽に殺してあげますよ」
「こ、殺す? な、何を言っている? お、俺は王子だぞ! それを、それを貴様は……」
地面を虫のようにもぞもぞと動きながら、ラルドは自分を見下ろす兵士達の顔を見ていく。だがどの顔にも覚えなどなかった。それも当然だ。ラルドは兵士を駒程度にしか認識していないのだから。兵はどこまで行っても兵でしかなく、そんな者達が王子である自分に叛逆するとは夢にも思っていなかった。いや、今ですらこれは何かの間違いだと固く信じていた。
ラルドを見下ろす兵士達もそんなラルドの内心を察した。
「マジかよこいつ、誰のことも覚えちゃいないぜ」
「完全に俺達を虫けらだと思ってやがる」
「俺はこいつに病院送りにされたんだぜ? ダチはもうまともに歩けない。それなのに、それなのにこのクズは」
兵士達の口から次々と吐き出される怒りの言葉。護衛隊長がはぁと溜息をついた。
「本当に貴方はゴミ野郎ですね、王子。そんなゴミな貴方でも彼女達のことは覚えているでしょう」
「彼女達? あっ……な、何故女がいる? いないと言っていただろう」
恐らくは馬車の何処かに潜んでいたのだろう。数人の女達が地面に転がるラルド王子の視界に映った。誰も皆、例外なく見目麗しい女達だ。しかしその整った顔は兵士達に負けぬ劣らぬ怒りで歪んでいた。
「あっ!? お、お前は……そ、それにお前、どうして奴隷がここに?」
兵士達の顔は覚えていないラルド王子であったが、自分が毎夜、あるいは過去に玩具にしていた女達のことは流石に覚えていた。そして女達の怒りに歪んだ顔を見て、ようやく理解が追いついた。自分は今反逆されているのだと。これは謀反なのだと。
「こ、こんな、こんなこと……護衛隊長! 貴様、貴様ぁあああ!! 王家に忠誠を誓った身で、は、恥を知れこの卑怯者が!! 忠誠を何処へやった。それでも騎士か!? この卑しい裏切り者がぁあああ!!」
裏切り者。その一言が護衛隊長にもたらした一言は劇的だった。
「やかましいいいいい!!」
「げふっ!?」
護衛隊長は蹴った。王子の腹を容赦なく。
「俺だって、俺だってなぁあああ! 生涯王家に忠誠を尽くすつもりだった。貴様のようなゴミでも本気で守ろうと思ってた。なのに、なのに、そんな俺の妻に、テメェは一体何しやがったぁああああ!!」
蹴る。蹴る。護衛隊長はさらに蹴る。ラルド王子は何度となく蹴られているうちに思い出した。そうだった。護衛隊長の妻、中々いい女だったので軽い気持ちで手を出したのだった。無論、相手は抵抗した。だが護衛隊長が路頭に迷ってもいいのかと、ちょっと脅してやれば簡単に体を許した。適当に遊んで、その後どうしたのだったか。そうだ。夫に隠れての不貞に耐えられなくなったのか、自殺を試みたのだ。女が死んだのかは知らない。話は聞いていたが興味がなかったからだ。だが護衛隊長は忘れていなかった。いや、ここにいる者達がそれぞれ忘れることの出来ないモノを胸に秘めていた。
「ゲホ、オェエエ! よ、よせ! や、やひぇろ! ご、ごんなごどしで、ゆ、許されると……ハァハァ……お、思っているのか!? 死ぬぞ、貴様ら全員死罪になるぞ!!」
「貴様を地獄に落とせるなら死など恐れん。だが安心しろ。貴様如きのためにこれ以上死者が出ることはない。この一件はすでに貴様の愚かな自滅ということで話はついているのだからな」
「な、何だと!?」
王子である自分の殺害を事故として処理できる人物。そんな者はいない。いるはずがない。そう思おうとしたラルド王子の脳裏に、しかしある自分の顔が思い浮かんだ。
「まさか、まさか貴様らを焚き付けたのは……ロ、ロナルルなのか?」
「お前が知る必要はない」
「隊長、そろそろ……」
「分かっている。さぁお前達、待たせたな。道具を持ってこい。報復の時間だ」
「なっ!? や、やめひょ! よ、よせ、ち、近づくな! や、やめ……ぎゃあああああ!!」
深い森の中に人知れず響き渡る絶叫。それは朝日が昇るまで止むことはなかった。
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