第15話 ハグ
(どうしてロナルル様がロラン様と一緒にいるのかしら)
片やダルル王国の第二王子、片やサムーラ王国の男爵。肩を並べるには身分に開きがあり、若い二人が友情を育むには隣国というのは些か距離があるように思えた。
多くの人が祭りの準備で忙しなくしている広場の中で、ふと金色の瞳が姉妹の方へと向けられる。
「ん? カレン? カレンじゃないか! それにプリラまで」
カレンを見つけたロナルルの顔がパッと輝く。彼は周りの者達に何事か指示を出すと人をかき分けて姉妹へと近づいた。
「お久しぶりです。ロナルルさ……きゃっ!?」
頭を下げようとしたカレンをロナルル王子は有無を言わさずに出きしめた。
「良かった。本当に。そしてすまない。兄の愚かさはよく知っていたはずなのに後手に周り、君を危険に晒してしまった。この償いは必ずする。だからどうか私を許して欲しい」
「ゆ、許せだなんてそんな。ロナルル王子に非はありません。ですから殿下、そろそろ、その……」
一国の王子、それも自分をここまで心配してくれていた相手を突き放すわけにもいかず、カレンの手が宙を泳いだ。
(ど、どうしよう。ロラン様なら私の事情も知っておられるし、変な誤解はなされないわよね?)
ハグの文化はダルル王国とサムーラ国のどちらにもある。しかしそれは友人同士でやるものである上に、ここまで熱烈に行うものではない。婚約者であるロランに妙な誤解を与えてしまうのではとカレンは気が気でなかった。
(そ、そうだ。プリラが殿下に話しかけてくれれば。プリラ、お姉ちゃんを助けてちょうだい)
ダルル王国にいる時、ラルド王子とは口を利こうとしないプリラであったが気さくで人の良いロナルル王子とは普通に会話していた。プリラが話しかければロナルルも冷静さを取り戻してくれるだろう。ロランの誤解を恐れるカレンはそんな願いを込めて妹に視線を送った。いつもであれば阿吽の呼吸で姉の言わんとすることを察するプリラであったが、どうしたことか今は酷く反応が鈍かった。
(? どうしたのかしら?)
気になったカレンが妹の様子を窺う。
「……(ジィ~)」
(まぁ、この子ったら。ハグに興味津々だわ。あのプリラが……ふふ。やっぱりいつまでも幼い子供じゃないのよね)
ひょんなところで妹の細やかな成長を垣間見た気がして、カレンの頬が自然と緩んだ。ところでーー
「俺の婚約者に何をしている」
「うわっ!?」
「ロラン様!?」
カレンに抱きつくロナルル王子の首根っこをロランが掴んで強引に二人を引き離した。
(ロラン様、な、なんて恐れ多いことを)
いくら相手が他国の者とはいえ、男爵が王子に行うにはあまりにもすぎた行動にカレンの顔から血の気がサッと引いた。
「乱暴だな。君らしくもない」
「も、申し訳ありませんロナルル様。ロラン様に悪気はないんです。お許しください。どうか、どうか」
「やめろ」
地面に四肢を突かんばかりの勢いで頭を下げるカレンの体をロランが抱き起す。
「ロラン様。でも……」
「いいから。お前は下がっていろ」
有無を言わさぬロランの声音にカレンは何も言えなくなる。
「驚いた。嫉妬するロランなんて初めて見たよ。それとカレン、君は私があの程度で怒る狭量な男だと思っていたのかい?」
「い、いえ。そのようなことは決して。ただ少し驚いただけです。その、お二人があまりにも親しげで」
応えながらもロナルルが本当に腹を立ててないと分かってカレンはホッと息を付いた。
「ロランとはちょっとした縁があってね。やぁ、プリラ。久しぶりだね」
「……(コクン)」
「君達の無事な姿が見れて私も安心したよ。これからのことについて話し合いたいけどここにはロランに用があって来たんだろう? 私は後でロランの屋敷にお邪魔する予定だから話はその時にしよう」
「か、畏まりました」
「それじゃあまた後で」
そうして離れていくロナルル。ロランが罰せられることはなさそうだとカレンは胸を撫で下ろした。
「ロラン様、お願いですからあのようなことはなさらないでください。……ロラン様?」
いきなりロランに抱きしめられたカレンはビックリして動きを止める。温もりは、しかしすぐに離れていった。
「……すまない」
「い、いえ。お気になさらずに」
(びっくりしたわ。ロラン様が抱きしめてくださるなんて。まだ手も繋いでくださらないのに)
ふと先程のロナルルの言葉が蘇る。
ーー嫉妬するロランなんて初めて見たよ。
(ヤキモチ……焼いてくださったのかしら? だとしたら)
「ふふ」
思わず笑ってしまったカレンをロランが不満そうにギロリと睨んだ。
「あっ、も、申し訳ございません」
カレンが慌てて顔を逸らせば、自分を見上げる妹と目が合った。
「……(ジィ~)」
「プリラ? どうかしたの?」
首を傾げるカレン。プリラはそんな姉に体をくっ付けると、小さな両腕を回してロナルル王子やロラン男爵に負けないくらい強く姉を抱きしめるのだった。
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