大人の責務

あがつま ゆい

大人の責務

「監督! 今度の決勝に何で俺は出させてくれないんですか!?」


高柳たかやなぎ。お前、肩に爆弾を抱えてるんだろ? ごまかそうとしたって俺には分かるぞ」


 監督は野球部のエースであるピッチャー、高柳に彼の事を思ってはいるのだろうがどこか冷たい感覚のする言葉を投げる。だが高柳は食いさがる。




「もう2度と野球ができなくなっても構いません! 勝てば夢の甲子園に行けるんですよ! 甲子園の土をどうしても踏みたいんです!」


「ダメだ、監督の命令だ。お前を出すわけにはいかん。決勝はお前抜きで行く。これは決定事項で誰にも覆させはせん!」


「そんな……俺3年なんですよ!? 俺にとってはこれが最後の夏なんですよ!?」


 高柳は悲鳴に近い声で監督に訴えかける。




「高柳、今のお前には信じられないだろうが、肩を壊しさえしなければ大学野球や社会人野球で野球を続けるという選択肢もあるし、


 いわゆるプロ野球球団に入れなくてもベースボールチャレンジリーグで活躍できるかもしれないし、経験を積めば少年野球団の監督にだってなれるだろう。


 だが今ここで肩を壊したらその可能性が無くなる。それだけは絶対にさせることはできない。残酷だろうが、俺は監督としてお前たちの人生を預かる立場だ。


 今のために未来を犠牲にするような真似は曲がりなりにも大人として絶対に出来ない。あきらめてくれ」


「……」


 高柳は黙る。だが諦めきれない。




「監督の言う事は頭では分かります。でも心が納得してくれないんです。魂では納得できないんです!」


「……そう言うか。わかった、昔話をしてやろう。お前と同じ、とある野球部のエースだったピッチャーの話だ」


 監督はどうしても夢をあきらめきれない野球部のエースに語りだした。




◇◇◇




「!! そんなことがあったなんて!」


「そういうわけだ。今のお前は肩を犠牲にしてでも甲子園に行きたいだろうが、それでは絶対に損をする。話に出てきた球児みたいな無茶をさせる事なんて出来るわけがない」


「……わかりました。決勝には……出ません」


 高柳は渋い顔をしながらそう答えた。文字通り、苦渋の決断だった。


 迎えた地区予選の決勝、それは散々たるものだった。今までチームを引っ張ってきた高柳の不在。それはエースに頼りきっていた野球部にとって致命傷となった。


 結果は相手チームによる情け容赦のない乱打に次ぐ乱打。最終的には8点差という醜態を晒して甲子園への道は断たれてしまった。




 翌朝……夏休み中の学校の電話が鳴りやまない。内容は全部同じで「なぜ高柳を出さなかったんだ!?」という怒りに満ちた抗議だ。


「子供たちの甲子園への夢をぶち壊してどう責任を取るつもりなんだ!?」「子供たちの自主性を踏みにじるのが学校のやる事か!?」


 怒りというよりも殺意に近い感情をぶつけられ、中には監督の家への放火予告までする者まで現れる始末、電話対応に当たった不幸な教師は終始平謝りだ。


 後日、納得がいかない親達を集めて監督による釈明をする事となった。




「甲子園に出れるチャンスはいつめぐってくるか分からないんだぞ!? それを潰した責任はどうやって償うつもりなんだ!? 言ってみろ!」


「子供の自主性をないがしろにするあなたの教育は絶対に間違っています!」


 親御たちの怒号が部屋に響く。監督はそれに対して何とも思ってなさそうだ。怒鳴らせるだけ怒鳴らせておいて息切れしてきたころを見計らって監督は口を開けた。


「前にも言った通りです。高柳君は肩に爆弾を抱えています。もし決勝で登板させた結果爆発したら、彼の今後の人生をあなたたちは一生かけて背負えるんですか?


 いや一生どころじゃない。あなたたちは高柳君よりも先に寿命で死にますから死んだあともどうやって彼の人生を背負えるかを考えなくてはなりませんよ?」


 監督はそう答える。だが保護者は納得しない。




「もしかしたら登板しても爆発せずに済んだかもしれないじゃないか! それで甲子園の夢が断たれた生徒たちがかわいそうじゃないか!」


「9回フルは無理でも2~3回程度なら出場できたじゃないか!?」


 再び親共が騒ぐ。やはりある程度吐き出させて落ち着いたところを見て監督は昔話を語りだした。


「聞いてほしいことがある。俺が高校生だった頃、ピッチャーとして野球部のエースをやっていた。だが甲子園の地区予選を勝ったところで爆弾が爆発して、2度とボールを投げられない身体になってしまったんだ」


 監督は話を続ける。




「最初は甲子園の土を踏めたから悔いは無いと思っていた。だが大学に進学し、社会人になるにつれて『もっと野球がしたい』っていう願望が芽生えたんだ。


 高校球児だった頃は知らなかったが、大学野球や社会人野球という道だってあったんだ。


 高校で無理をしなければそこでまだボールを投げられた可能性があったのではと思うと、肩が壊れるまで投げる決断は間違っていたのではと疑心暗鬼ぎしんあんきになる毎日さ。


 何も高校野球が全てではない。大学生になっても社会人になっても野球は出来る。身体を壊しても高校野球の監督や、少年野球団の監督という道だってある。


 高校野球はゴールではない。甲子園が全てではない。それだけのために人生をささげるのはあまりにも代償が重すぎるんだ」


 監督は自分の過去を晒して何とか説得しようとするが、保護者は譲らない。




「たった1人のためにチーム全員が夢をあきらめるのはあまりにも酷じゃありませんか!?」


「そうだそうだ! これはチームの問題であって個人の問題ではない!」


 屁理屈ばかりごねる保護者相手に、監督は……キレた。


「子供の将来を守るのはアンタら保護者の役目だろうが! 大人の責任を放棄してどうするつもりなんだ!? それどころか青春をお題目に子供たちをポルノとして消費するんじゃない!


 アンタらのやってることは子供を青春ポルノで消費しているけがれた行為だぞ!? 大人として恥ずかしくないのか!? 子供は大人のオモチャじゃないんだぞ!?


 どうせアンタらは「子供が甲子園に行った」とか言ってマウンティングの道具にするんだろ!? それがまともな大人のやることだと本当に思ってるのか!?」




 監督の怒りに保護者達は怒りで応酬する。


「何だと貴様! 雇われ監督の分際で!」


「俺がいつ子供を消費したんだ!? 何を言い出すんだお前は!」


 その後、抗議は5時間にもわたって続いた。監督はその間頑なに謝罪するのを拒んでいた。




 昼の13時に集まった抗議集団が学校を出た時にはすっかり辺りは夕暮れになっていた。


「大変でしたな」


 様子を見に来た校長が監督に声をかけに来た。


「私は君の方が正しいと思っている。いざという時は味方になるから遠慮せずに声をかけてきてくれ。いつでも力になるぞ」


「ありがとうございます。世話ばかりかけさせてしまって……」


「何、これくらいどうということは無い。君みたいな人は少なくなって寂しい思いをしていたところだったんだ。もし君がわが校の教師だったらといつも思っているよ」


 夏休みで生徒がおらずガランドウな学校はすっかり夏本番。その日もアブラゼミはけたたましく鳴いていた。

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