四話 ウサギっ娘と崖に咲く一輪の花

 城なしに石を食われた。

 かまど作った。

 そしてスタイリッシュ着火をキメた。



 その翌日の事だ。


 朝起きて、取りあえず水で喉を潤そうとしたところで驚愕の事態に直面した。


「なんじゃこりゃあああ! かまどが立派になっとる!」


 新しいかまどはサイコロ型で真っ白。

 表面はツルツル、ツヤツヤ、ピカッピカッ。

 下の穴から薪を入れて火を炊けば、上でお鍋を乗せて調理出来る優れもの。


 すっごぉーい。

 これでお料理も超楽チン。

 わーい、お鍋もフライパンも無いのにかまどだけキラッキラしてら。


 ……。


 いやいや、昨日の貧相なかまどはどこいった!


「まさか城なしがこれをやったのか?」


 返事はない。


 あっても反応に困るが。


 昨日山積みにした石もなくなってるし、きっとこれは石のお礼なんだろう。


 そう考えるとしっくりくる。


 と言うか、そうとしか考えられない。


 きっと城なしは良い奴なんだ。


 また、石を持ってくれば、更に他に何か作ってくれそうな気がする。


 今日も地上に降りてみるかな。


「頼むから俺をおいていかないでおくれよ?」


 なんとなく、城なしの水源の方を向いて、そうお願いすると俺は空に飛び立った。




「こりゃまた、城なしは随分と移動したみたいだな」


 城なしは空を飛びながら移動を続けている。

 その速さは雲と同じ。

 結構な速度だ。


 ゆっくりに見える雲でも、台風の様なデカイ雲でもないかぎり、一晩たてば違う雲が空にはある。


 それは雲が遅くはないことを示す証だろう。


 だから、逆に空から見下ろす風景も昨日とは違ったものになる。


 眼下には深い森に悠然とそびえ立つ岩山。


 そんな岩山の上から下まで水が飛沫を上げて流れ落ち、白い滝を作っている。


「あの滝の上に降りるとしよう。石がたくさん取れそうだ」


 俺は着地に丁度良さそうな場所に当たりをつけると、旋回しながら速度を殺して、滝の上へと舞い降りた。


 滝があれば当然川もある。


 山にある森を割って流れる川は勢いが緩く、底が見えるほど澄みわたり、風が吹くたび川岸の樹々が、枝をさやさやと揺らして涼しげな音をたてている。


 空気がうまい。


「んー。ここは気持ちの良い所だな」


 眺めているだけでも悪くは無いが、どうせならここでキレイサッパリ体の汚れを落としていこうか。


 よし、そうしよう。


 空から見た限りでは、この辺りに人が住んでいる様子は無かった。


 それでも、一応念のためもう一度その場で辺りに誰もいないことを確認してから俺は服を脱ぐ。


 なんかドキドキする。


 けどまあ、その内慣れるだろう。


 取り敢えず脱いだものは畳んで置こうか。


 思い立って服を手にとる。


「うっ、臭うなこれ……」


 ちょっと酸っぱ臭い。


 はて、最後に洗ったのはいつだったか……。

 ついでに洗濯もした方が良さそうだ。

 乾くまで、全裸で過ごす事になるが、まあ構わないだろう。


 サブザブと川の中でお洗濯。


 せめて洗濯板くらい欲しかった。

 石鹸もないし。

 塩がありゃ洗剤がわりになるんだがそれもない。


 海に出たら塩を作ろう。


「うしっ、臭いはマシになったな」


 洗い終わった洗濯物は、川の側に生えている木に干した。


「さて、次は体だな」


 川辺に落ちている石のなかから、白くて軽い石を探して拾い上げる。


 これは軽石。


 お年寄りが、かかとを削るのに使うやつだ。


 タオルもタワシも無いのでこれを使う。


 軽石を水に濡らし、力を入れずに撫でるようにして体を洗っていく。


 効果のほどはイマイチ分からん。


「最後は翼だが……」


 翼には手が届かないところが多いんだよなあ。

 ニオってないか心配だ。

 あ、なんか意識したら翼がむず痒くなってきた。


 翼の付け根が特にカユいわあ。


 なんとかならんものかと、背に手を回して翼の洗濯を試みる。


 が。


 ピキッ……!


「あっ。痛たた……。わき腹つった……」


 やっぱり無理だわ。


 どうしたもんかねコレ。


「ん……?」


 そうやって翼を洗うために悪戦苦闘していると、ふと何かの気配を感じた。


 誰かに見られているような?

 周りには誰もいないが……。

 いや……。


 人は居なくても動物はいるようだ。


 木の後ろから、長いお耳が生えている。


 あれで隠れているつもりなんだろうか。

 あの耳はウサギかな。

 おドジなウサギがいたもんだ。


 しかし、ウサギか……。


 ふむ……。


 よし、捕まえて食料にしよう。


 俺はウサギに近づいた。


 ウサギはこちらに気が付いたのか、はみ出た茶色いお耳がピンっと伸びた。


 逃げるのかと思ったが、その場でぷるぷる震え始めるばかり。


 それどころか、木のところにまで、俺がたどり着くと、とうとう生きるのを諦めたのか、耳が萎れてしまう。


 なんだか罪悪感が半端ないが弱肉強食。


 美味しく頂かれてくれ。


 そう自分に言い聞かせる様にして耳に手を伸ばす。


 ぷるぷるぷるぷる……。


 美味しく……。


 ぷるぷるぷるぷる……。


 頂かれ……。


 ぷるぷるぷるぷる……。


 ダメだ!


 なんだか可哀想で捕まえるのムリだ。


 なので、そのままウサギの事は忘れ川に戻った。


 一度途中で振り返ってみると、ウサギのお耳は木の影から無くなっていた。


「ほいじゃ翼を洗いますか」


 とは言え、もうわき腹つりたくないので川に翼を突っ込んで、バシャバシャするだけに留めよう。


 バシャバシャ……。


 そして、羽ばたいて脱水。


 ババババババッ。


「こんなもんか?」


 まさにカラスの行水だな。


 それでも、やらないよりはマシだろう。




 仕上げに翼を太陽に向けて天日干し。




 ジワジワする……。




 暇だな……。



 

 あっ、翼からお日さまの臭いがしてきた。




「ひゃああああ……!」


 と、そこで少女の悲鳴。


 うおっ!?

 まさか少女に裸体を晒してしまったのか?

 俺も悲鳴をあげた方が良いんだろうか?


 辺りを見回しても誰もいない。【風見鶏】でも見てみたがやはり誰もいなかった。


 となると……。



 崖か!?



 俺は取り敢えずぱんつだけは急いで履いて、崖へと駆けた。




「なっ!?」


 崖にたどり着くと思わず声が漏れた。

 女の子が首を吊ってグッタリしていたからだ。


 えっ?

 まさか俺の裸体を見て自殺したとか?

 そんなに俺の水浴びはショッキングだったのか。


 いやいやいや、どうやら首に掛けられた首輪から伸びる鎖が枝に絡まっている様だ。


 女の子に首輪を掛けるなんて許せん。



 しかし、これは──。


 褐色の肌、クリーム色の髪、くりくりした真っ黒な瞳。


 そして、頭からはウサギの様な耳が生えている。


 ──かわいいな。


 なるほど、これが噂に聞いた獣人か。

 そして、あの耳には見覚えがある。

 さっきはみ出していたのはあのお耳だな。


 おっと、今はそんな事を考えている場合ではないぞ。


 下には芋みたいな岩がゴロゴロひしめいている。


 落ちてしまったらひとたまりもない。


「今助けるから! 落ち着いてジッとしていておくれ!」


「はひっ……」


 いかん、泡吹いてる。


 俺は崖を滑るようにウサギちゃんの元へとたどり着くと、早速絡まった鎖を外しに掛かった。


「ぐっ、ダメだ。きつく絡まってる……」


 これは魔法を使うしかないな。


 俺の使える魔法は、最も原始的な魔法で、魔力をそのまま叩き付けるだけのものだ。


 火をつけたり、氷を投げつける魔法の様に熱や質量による副次的な効果が見込めないので非効率極まりない。


 加えて、距離が離れると直ぐに拡散してしまうため、射程ゼロ距離という致命的な欠点がある。


 たが、汎用性は高い。


 小さな範囲の超火力がほしい。

 魔力を収束させるようにコントロールして……。

 よし、こんなものか。


「今、この忌々しい鎖から解き放ってやるからな」


 優しくウサギちゃんに告げると鎖に手をかざした。


 だが、魔法を放つ直前ウサギちゃんがその手を掴むみ、そして追いすがるように乞うた。


「こ、壊しちゃ……。ダメなのです……!」


「ええっ!?」


 なぜだ? 

 なぜ拒絶する?

 いや、考えるな。


 ならば、枝の方を壊せばいいだけの話。


「【放て】!」


 言葉と共に高密度に収束された魔力が、不可視の衝撃波となって枝を破壊する。


 おっと。


 反動を極力抑えたつもりだったが、手を滑らせて落下してしまった。


 まあ、飛び立つから良いのだが。


「ひやあああああ!?」


 でもウサギちゃんにとっては良くなかったらしい。

 変な悲鳴をあげてしまった。

 早く安心させてあげよう。


 俺はウサギちゃんを気持ち強めに抱き締めると、両の翼を広げて空を捕らえた。


「とっ、とっ、飛んでるのです!?」


「うん。空を飛んでる。俺は空を飛べるんだ。それしか能が無いからな」


「はー。すごいのです!」


 どうやらウサギちゃんはお空の世界に感動してくれたようだ。


 このままお空の散歩をするのも悪くは無いが、まずは経緯を詳しく聞き出す必要がある。



 聞き出す必要があるのだが──。


 ウサギちゃんの格好は首輪に鎖にぼろっちいワンピース。


 いや、これワンピースじゃなくてブカブカのシャツじゃないのか?


 うーん……。


 ──これってどこから来てなにがあったのか聞いていいものだろうか。


 まあ、ともかく一度地上に降りよう。


 俺半裸だしな。

 絵面が大変危険だ。


 少女に首輪をして鎖で繋いだ半裸の男。


 余所から見たらさらっているようにしか見えない。




 そんな訳で、旋回して再び崖の上に戻り、水浴びしたところへ向かうと直ぐに服を着た。


 さて、これからどうしよう。

 何があったかとか、何者なのかとか、聞いていいのかコレ。

 いやいや、聞けるわけがない。


 でも聞かないわけには……。


 悶々としているとウサギちゃんから声をかけてきた。


「あの、ありがとうございました。助かったのです」


 ペコペコと頭を下げるたび、お耳もペコペコと頭を下げる。


 そんな姿が愛らしい。


「ん、ああ。当然の事をしただけだよ」


 そう、当然の事をしただけだ。


 礼などいらない。


「当然の事!? あれを当然と言えるのは、とてもすごい人なのです! ん……? すごい人……?」


 なにやらウサギちゃんは、顔をぐっと近づけてじっと俺の顔を見詰める。


 これはお礼のキスとかもらえる感じだったりするんだろうか。


 前世の日本とは違うんだ。 お礼にキスなんてあってもおかしくはない。


 更に近づくウサギちゃんのお顔。


 奴隷にもかかわらず、褐色のお肌はシミも吹き出物もなく、すべすべしてそうで思わず触れたくなる。


 それになんだか甘いお菓子の様な匂いがする。


 いや、いかん。

 ダメだぞう。

 俺はヘンタイじゃあない。


 お礼でも女の子とキスはダメだ。


 そう思って距離を取ろうとした。


 すると、ウサギちゃんはなにかを思い付いたかのようにハッとして、人差し指で文字通り俺をズビシっと指差す。


 そして、期待のこもったキラキラした瞳でのたまった。


「ラビのご主人さまを見付けたのです!」


 キスじゃなかった。ホッとしたような、ガッカリしたような。


 ん? ご主人さま?


「まてまて、俺は君を知らないぞ?」


「ラビも知らないのです。でも、ラビは選ばれしブラウンラビッ種で、召し使いたちにすごい人のところへエスコートしてもらっていたところだったのです」


「うん……?」


 知らないって……。

 これは俺を誰かと勘違いしているのか?

 それに召し使いのいる奴隷とはなんなんなんだ。


 なんだか話がおかしいぞ?


 しかし、ラビは元気いっぱいで力説を続ける。


「奴隷になればお腹いっぱい食べられて、綺麗な服を着て、いっぱい気持ち良いことしてもらえるって聞いたのです!」


 騙されとる!

 甘い言葉で騙されとる!

 そんな言葉で騙してラビを奴隷にした奴がいるのか。


 これは本当にどうにかしなきゃならんだろう。

 でもどうにかするったって……。

 このまま離れたところまで連れて解放するか?


 いや、解放したところでどうなるというのか。


 また捕まって売り飛ばされるか、魔物に襲われるか、飢えて干からびるのが目に浮かぶ。


 城なしで面倒を見るか?

 俺にそんな責任能力はあるんだろうか。


 ええい、犬猫飼うのとわけが違うぞ。


 そんな俺の気持ちは露知れず、ラビは更なる追い討ちを掛けてくる。


「お願いします! ラビをご主人さまの奴隷にしてください!」


 ラビはそうは言うと一切の迷いなく、そして真摯な眼差しで俺を見詰める。


 めまいがした。

 この子を野に放ったら絶対にダメだ。

 そんなことをしたら、明日には別のご主人さまを見付けてホイホイ付いていってしまう。


 俺が悩み、なかなか返事をしなかったので、不安になったのかラビは耳を力なく垂らして返事を催促してきた。


「ダメなのです?」


 もう、俺がなんとかするしかない!


「ダメじゃない。でも、奴隷は良くないな。せめて家族、娘に……」


「奴隷じゃダメなのです?」


 瞳を震わせて上目使いに見られたら耐えられん。


 そんなに奴隷がいいのか。


 前世は幼稚園時代に、先生が人の嫌がる事はしちゃダメだと言われた事がある。


 それが女の子なら尚更だと。


 うん、俺もそう思う。


 つまり逆手にとれば、女の子が望むのであれば、奴隷にでもなんでもしてあげなさいと言うことなんだろう。


「よし、じゃあ、ラビは今日から俺の奴隷だ!」


「はー。ありがとうございます。これでラビは奴隷になれたのです!」


 感嘆のため息までついて本当に嬉しそうだ。


 俺がお腹いっぱい食べさせてあげよう。

 綺麗な服を着せてあげよう。

 大切にたくさん愛でてあげよう。


 それにラビの奴隷に対する捉え方の問題で、家族と変わらん接し方をすれば良いのだ。


 まあ、今はお腹いっばいに出来そうな魔物の肉しか無いが。


「しかし、なんでまたラビは崖から落ちたんだ?」


「崖に綺麗なお花が咲いていたのです!」


 ラビの頭にもお花が咲いてそうだ。

 つまりそのお花を取ろうとして滑り落ちたと。

 こりゃ目を離したら危ないな。


「あのお花なのです!」


 ラビが俺を花のところまで案内してくれた。


 あの青い花か。

 アサガオみたいだな。

 いや、アサガオにしては葉っぱがデカイし花が少ないな。

 それにつるも太いときたもんだ。


 んー? これはもしかして……。


「ご、ご主人さま! 身を乗り出したら危ないのです!」


「大丈夫。ラビのご主人さまは崖から落ちても死なないよ。この高さならとてつもなく痛いで済む」


「ふええええ!?」


 驚いちゃってまあ。


「それより、この花。いや、この植物はな──」


 俺は家庭菜園をしていた事がある。

 とはいえ土地を借りてやるわけではなく実家の庭でだ。

 ニートにとって園芸は割とメジャーな趣味で結構な人気をかもしていた。


 だからと言って農家になりたいニートは皆無だったが。


 まあそんなわけで俺はこの植物を知っている。


「俺の予想が正しければこれは芋だ。甘くてホクホクして美味しいぞ?」


「食べられるのです?」


「うむ。食えるぞ」


 ん……?


 この土地で生まれ育ったなら、俺より詳しそうなもんだが……。


 過去は聞くわけにはいかんし詮索するのも悪いな。


 そう思い、黙々と芋掘る。


「よし、掘れた」


「紅くてまるまるした根っこなのです!」


 これはさつま芋。


 非常に強力な植物だ。

 枯れた土地でも過酷な環境でも育つ。

 でもまあ、この世界に薩摩(さつま)は無いだろうからさつま芋はおかしいか。


 スイートポテト?


 ダサいし、別の食べ物想像するわ。

 さつま芋でよい。


 ふむ、ラビと出会いさつま芋も手に入った。


 これは思わぬ収穫だな。


「ところで、俺が水浴びをしている最中、ウサギの耳を見かけたんだが、あれはラビだったのか?」


「へへっ。翼が綺麗だっなって見とれてしまったのです……」


 目を細め、ちょこっと照れ臭そうに答えるそれは今だかつて俺が人に向けられたことのない笑顔だった。

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