9-6「聖なる光」

 聖剣マラキアが放つ聖なる光を前に、魔物たちはたじろぎ、人間たちは歓声をあげた。


 それから、歓声をあげていた人間たちも、戸惑った様な声を漏(も)らす。


 光の神ルクスの加護の象徴である聖なる光を放つ聖剣を持っているのが、どう見ても、魔物であるオーク、サムだったからだ。


 人々の中には、サムが勇者であるということを知らない者も、まだ多くいる。

 そういった人々を勇気づけ、この困難を乗り越えるために、サムは行動で自身が何者であるのかを示さなければならなかった。


 サムは雄叫びを上げると、魔物たちの集団の中へ、聖剣マラキアを振りかぶりながら突進した。

 聖剣マラキアはサムに振るわれるとそのまばゆい光で空に軌跡を描き、イルミニウムの刀身が魔物の身体を両断した。


 体の表面を厚い皮膚や脂肪、毛皮で覆われていようと、関係なかった。

 例え、固い鱗や骨格を持ち、人間から奪い取った鎧を身に着けていようと、聖剣の威力の前では、紙切れに等しかった。


 サムは魔物たちの断末魔の悲鳴と返り血を浴びながら、聖剣マラキアの力を借りて、魔物の集団の中に遮二無二(しゃにむに)突っ込んでいった。


 魔物たちは、やられているばかりではなかった。

 何頭もの魔物たちがサムの前に立ちはだかり、自身の牙や爪、武器で立ち向かってきた。


 サムは、少しは訓練を積んできてはいたが、その剣術にはまだまだ未熟な点が大きかった。

 力任せに、聖剣の威力に頼り切って戦ってはいたが、魔物たちに1人で対処しきることは難しかった。


 だが、今のサムには、仲間たちがいる。


「もぅ! サム、1人で前に出過ぎよ! 」


 そう注意しながらも、サムに追いついてきたティアが左側を守り、右側をラーミナが守る。

 さらに、サム、ティア、ラーミナの3人をルナとバーンの魔法が強化する。

 そして、リーンが隙を見て唱えた強力な炎の魔法が、魔物たちを焼き払った。


「サム殿に、いや、勇者殿に、続けぇ! 」


 魔物たちを次々と倒していく一行の姿を見たアルドル3世はそう叫ぶと、自ら先頭に立って、サムたちの突撃と魔法で作られた突破口に向かって、魔物たちに突撃していった。

 その後に、ガレア、ドワーフたち、そしてパトリア王国軍の兵士たちが、喚声(かんせい)をあげながら続いていく。


 魔王軍の伏兵に混乱し、各個に撃破されつつあったパトリア王国軍は、息を吹き返した。


 魔王軍に包囲されているという事実には何の変化も無かったが、それでも、聖剣マラキアを振るう勇者と、国王自らが陣頭に立って戦うその姿に感化され、兵士たちはいつもよりさらに勇敢になった。


 魔物たちも、激しく攻撃を続けた。


 元々、魔物たち暗黒神テネブラエの眷属と、人間やエルフ、ドワーフたち光の神ルクスの眷属は、その存在する限り戦い続けることを宿命づけられている。

 魔王軍は暗黒神テネブラエが全てを支配する世界を実現するために戦い、人間やエルフ、ドワーフは、自身の生存を賭けて戦う。


 その戦いは死力をつくした、凄惨(せいさん)なものとなった。


 パトリア王国軍はサムとアルドル3世の姿に勇気づけられて奮戦したが、しかし、魔王軍の方が数は多く、いつか数に負けて押しつぶされてしまうのは確実だった。

 それは、兵士たちがいかに勇敢であろうと、基礎的な身体能力では魔物に劣っているため、訓練された兵士でも魔物たちと互角かそれ以上に戦うのがやっと、という状況だから、どうすることもできない。


 全く損害を受けないまま、一方的に敵を倒し続けるということは、誰にもできないことだった。

 パトリア王国軍は魔物たちを次々と倒していったが、兵士たちも徐々に討ち減らされ、倒れる者が増えていった。


 中には、1つの集団ごと壊滅する事態まで生まれていた。

 魔術師の援護を受けることができなかった兵士たちには特に犠牲が大きく、兵士たちが組んだ円陣は徐々に縮小し、やがて、魔物たちの群れの中に飲み込まれていく例が生まれていった。


 そんな戦いの中で、サムは、一心不乱(いっしんふらん)に聖剣を振るい続けた。

 今の自分が、少しでも多くの兵士たちの命を救い、そして、自分自身と仲間たちが生還するためにできることは、聖剣を振るうことしかないからだった。


 聖剣は魔物たちの血を浴び続けたが、その刀身は魔物の血を弾き、常に光り輝き続けた。

 その姿にはサム自身も勇気づけられてはいたが、しかし、魔物たちを切り裂く際の衝撃と、聖剣の重みで、少しずつ腕に疲労が溜まってくる。


 オークの腕は太く、人間より強靭で握力も強かったが、何十体もの魔物を斬り捨てていくうちに、どうしてもダメージが蓄積されていく様だった。


 サムは歯を食いしばりながら、必死に魔物の大群と戦い続けた。

 息が苦しくなり、全身から汗が噴き出てくる様で、身に着けたドワーフ製の鎧の重みもはっきりと分かるほどになりつつあったが、戦うことだけはやめなかった。


 エフォールが派遣した援軍が、ようやく到着した。

 騎乗した騎士を中心とした軍勢が一行とパトリア王国軍を包囲する魔物たちに襲いかかり、その隊列を切り崩して、死体を軍馬の馬蹄(ばてい)が踏みつけていく。


 だが、魔物たちはそれに抵抗し、執拗にパトリア王国軍を攻撃し、包囲し続けた。


 その包囲の中にサムが、光の神ルクスに選ばれし勇者がいるということもあるのだろうが、援軍に駆けつけた騎士たちが十分にその力を発揮できていないというのもある様だった。

 騎士たちは丘を登る形で攻撃しなければならないため、その機動力、そして速度を得ることで初めて生まれる突撃力をうまく発揮できていないのだ。


 この状況を完全に打破するためには、もう一押し、何かが必要だった。

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