8-15「命を懸ける意味」

「ちょ、ちょっと! どうしてそういう話になるのよ! 」


 サムの言葉に、血相を変えながら立ち上がったのはティアだった。


「私たちが言いたいのは、そんなことしなくてもいい方法がきっとあるっていうことで! 」

「そりゃ、ちゃんと俺にも伝わったさ」


 大声を出すティアに左手の手の平を見せてなだめると、サムは右手に持っていたサンドイッチを口の中へと放り込み、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。

 形は悪くともちゃんと美味しいものだったので、ティアが作ったものだろう。


「正直、みんなからそんな風に言ってもらえるとは、思ってなかった。だから、嬉しかったんだぜ? 本当さ」

「なら、何で、そんな話になるのよ? 」


 ティアは、納得がいかない、という顔で、サムのことを睨みつけている。

 そんなティアのことを見返しながら、サムは微笑んで見せた。


「ティア嬢ちゃん、それに、みんな。……俺はな、ずっと、臆病な生き方をしてきたんだ」


 他の仲間たちの視線を集めながら、サムは、少しずつ自分の気持ちを言葉にしていく。


「光の神ルクスに勇者として選ばれた時のことは、よく覚えている。自分は特別な存在だ、みんなを守るために選ばれたんだ、ってな。……けど、俺はその後、マールムの奴に故郷を焼き払われた時、何にもできなかった。見ていることしかできなかった。それから20年、俺はずっとオークだった。人間に助けを求めようとしたけど、攻撃され、殺されかけて、自分1人じゃどうしようもないと思って、オークとして生きることを受け入れようとしてきた。……結局、俺はずっと、逃げっぱなしの人生なんだ」

「けど、サム、マールムと戦おうとした」


 サムの言葉に反論したのは、リーンだった。


「魔王城に行った時、サム、1人でもマールムと戦った。フォリーを倒そうとした時も、シュピンネの時も、サム、自分よりも私たちのことを守ろうとした。サム、臆病じゃない」

「いいや、俺は臆病者さ。マールムとの戦いのときだって、ようやく奴に立ち向かえたのは、嬢ちゃんたちがみんなやられちまった後だった。フォリーのことも、シュピンネのことも、俺1人だけじゃ、身体がすくんで動けなかっただろうさ」


 リーンはなおも「それは違う」と言いたそうな様子だったが、サムは無視して話をつづけた。


「だから、仲間がいるってのは、本当にありがたいと思ってるんだ。こんな風に俺のことを思いやってくれるし、力をくれる。感謝してるんだぜ、これでも」


 それから、サムは、「けどな」と続けた。


「俺にとっちゃ、嬢ちゃんたちとバーンが仲間さ。大切なんだ。だけど、この世界にいるのは俺たちだけじゃねぇ。たくさんの人が暮らしていて、魔物の脅威にさらされている。誰かにとっての大切な人、仲間や、友達、家族が、危険な目に遭い、傷ついて、……死んでいるんだ」


 サムには、仲間たちの自分への気持ちが嬉しかった。

 逃げてばかりの、35歳のおっさんオークのために、きっと方法はある、と言ってくれたことが、本当にありがたかった。


 だが、サムには、旅の途中ですれ違ってきた、見ず知らずの「誰か」たちのことが、どうしても忘れることができなかった。


「探せば、自分を犠牲にしなくても済む方法が見つかるかもしれねぇ。だが、それだけ時間がかかる。時間がかかれば、誰かにとっての大切な人たちが、それだけたくさん、魔王軍に奪われちまうんだ。……それはよ、違うんじゃねぇか、そう思ったんだよ」


 自分が、死ぬ。

 完全に、この世界から消え去る。

 サムはそのことを恐れていた。


 だが、本来であれば、それが「当たり前」なのだ。


 少女たちの中には蘇生薬や蘇生魔法で蘇った経験を持つ者もいたし、サム自身、勇者として、本来であれば、魔王を倒すまでは何度倒れても復活を遂げる力を持つはずだったが、そういったことができるということの方が、「異常」なのだ。


 今も、戦いは続いている。

 その中で失われていく命は、二度と戻っては来ないのだ。


 サム自身の命と、その、失われていく人々の命。

 天秤(てんびん)にかけて計る様な性質なものではないかもしれないが、その両者の命の重みには、何の違いもないはずだった。


 誰かにとっての、大切な人を守るために。


 今のサムの様に、仲間たちに囲まれ、素敵な時間を過ごす機会を、見ず知らずの誰かから奪われることが無い様に。


 そのために、サムの命を懸けることは、価値があるはずだった。


「すまねぇな、ティア嬢ちゃん。それに、みんな」


 サムはそう言って締めくくると、深々と頭を下げた。


 一行は、それでも、サムに向かって何かを言いたそうにしていた。

 だが、サムが言う様に、自分たちがここで時間をかけていては、それだけたくさんの犠牲が出続けることになってしまう以上、覚悟を固めたサムを、これ以上引き留めることは難しいと、誰もが理解していた。


「こんの、バカっ! 」


 ティアはそう苛立(いらだ)たしげに言うと、その場に腰を下ろし、サムから顔をそむけて、そっぽを向けた。


 サムは、自分の決めたことが、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンが自分に向けてくれた気持ちを裏切る行為だということを、十分に理解していた。

 だが、サムは、引き返すつもりは無かった。


 この戦いの中に、自分の命を懸ける意味を見出したからだった。

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