8-14「選択」

 食事会は、賑やかに始まった。

 4人の少女たちとバーンは、まだ戸惑っているサムが見ている目の前でサンドイッチを手に取り、次々とかぶりついていく。

 そして、その出来栄えに一喜一憂しながら、笑いあった。


 サムはまだとても食事をする様な気分にはなれなかったが、そんな仲間たちの雰囲気に流されて、ためしに1つだけサンドイッチを手に取ってみる。


 触ってみて初めて気がついたが、そのサンドイッチには、パンが使われていなかった。

 使われていたのは、人間の手の平サイズの、巨大なマッシュルームだった。


 その料理は、どうやら、巨大なマッシュルームで特製ソースのたっぷりとかかったひき肉のパテと新鮮な野菜を挟み込んだ、簡単に食べられるものの様だった。

 本当に、ピクニックにでも持っていくのにちょうど良さそうな料理だった。


 サムの口は大きいので丸々一つを放り込んでかみしめてみると、巨大マッシュルームとひき肉のパテからジワリと汁があふれ出てきて、特製ソースと絡まって美味しかった。


「どう? けっこうよくできているでしょ? 」


 急に食欲が出て、2つ目に手を伸ばすサムのことを勝ち誇ったように見ながら、ティアがそう言った。


「エルフの人たちに材料を分けてもらって、私たちみんなで作ったのよ。ちなみに、このマッシュルームで挟もうっていうのは、私のアイデアね」

「へぇ、大したもんじゃないか、って、うげ、なんだこりゃ? 」


 サムは感心したものの、2つめのサンドイッチかみしめたところ、1つ目とはうって変わって非常に焦げ臭いのに気づき、顔をしかめた。


「す、すまん、それはたぶん、私のせいだ」


 そんなサムの様子を見て、ラーミナが気恥ずかしそうに顔を赤くする。


「そ、その、少し、火加減を間違えてしまってな。焦がして、しまったんだ」

「ついでに、フライパンに油をひくのも忘れていましたね。焦げたフライパンをきれいにするのに苦労しました」


 恥ずかしそうなラーミナにルナが追い打ちをかけ、ラーミナはさらに肩をすぼめて小さくなってしまう。


「ま、まぁ、独特の風味があっていいじゃねぇか、うん」


 サムは少しかわいそうになってそうとりなすと、3つ目のサンドイッチに手を伸ばした。


 よく見てみると、サンドイッチには、綺麗(きれい)に、美味しそうにできているものと、少々不格好だったり、調理に失敗したりした形跡のあるものが入り混じっていた。

 みんなで作った、ということだったが、綺麗(きれい)にできているものは恐らく料理上手なルナの作品、他は、普段はあまり調理に加わることの無い仲間たちの作品であるらしい。


 サムが食べる時の反応から観察すると、形の良いものはルナ、そして意外なことにバーンの手によるものらしく、2人とも少し自信ありげな様子だった。

 見た目は不格好でも、美味しく食べられるのは、ティアが作ったもののようだ。

 そして、焦げて、見た目も味も今一歩というところのものは、ラーミナの作品らしい。

 リーンの作品は、見た目はよくできていたものの、味つけが少々きつい、というか、奇抜なので分りやすいが、食べるまで分からないのが問題だった。


 一行は、賑やかに食事を続けた。

 だが、バケットの底が見えるほど食べすすめた時、サムはふと、自身の手に持ったサンドイッチを見おろしながら、他の仲間たちにたずねていた。


「どうして、メシなんだ? 」


 その言葉に、サム以外の仲間たちは、お互いの顔を見合わせた。


 やがて、ティアが咳払いをする。


「それはね。悩んでいるときには、とにかく、美味しいものをお腹いっぱい食べると、いい考えが浮かぶことがあるからよ」


 そんな、単純な話があるものか。

 サムは驚きと疑念の入り混じった視線をティアへと向けたが、ティアは、どうやら本気でそう言っている様だった。


「私たちは、けっこう、長い旅になったわよね。最初はアンタを奴隷にでもしてやろうと思っていたけど、勇者だって分かって。マールムに壊された聖剣を直して、アンタに勇者としての力を取り戻せるように、旅を続けてきた」

「けど、結局、俺は人間には戻れないんだ。……勇者としての力を、無理やり、一時的に取り戻すことはできても、その結果……、俺は、死ぬ。完全に消えてなくなる」

「そうとは、限らないはずだ」


 サムの言葉に対してそう言ったのは、ラーミナだった。


「確かに、あのシニスというダークエルフはそう言ったが、まだ、他に方法はあるはずだ」

「そうです。今までも、散々な目に遭って、たくさん失敗もしてきました。けれど、私たちはここまで旅を続けてきたんです」

「そう。私たちは、確実に前に進んできている。きっと、うまくいく」

「リーンの言うとおりです。サムさん、自分を犠牲にしなければいけないなんて、考えないでください。きっと、もっといい方法が浮かびますから」


 ラーミナに続いて、ルナ、リーン、バーンが、次々と言葉を重ねていく。

 その視線は、サムの方をまっすぐに見すえていた。


(ああ、なるほど)


 サムは、そこでようやく、この食事会の意味を理解できた。


 仲間たちはみな、サムのことを励まそうとしてくれているのだ。


 サムが、自分自身を犠牲として、この世界を救わなければならない。

 そうではない。

 もっと、別の方法があるはずだ。


 そして、その方法を、この全員で探しだそうと、そう言ってくれているのだ。


 サムの心の奥底で、じんわりと、暖かな感触が広がっていく。

 サムはうつむくと、その双眸から、ポロリと涙をこぼした。


 20年。

 サムは20年もの間オークのままで、常に疎外感を覚えながら生きてきた。


 今や、サムは、35歳のおっさんオークだ。


 そんな自分にも、自分のことを心から思いやって、力を貸してくれるという仲間ができたのだ。


 サムは、それから、前を向き、仲間たちの姿をしっかりと見つめた。


「ありがとう、みんな」


 そして、自身の中で出来上がった決意を、はっきりと述べる


「おかげで、決心がついた。……俺は、俺自身を犠牲にしてでも、この世界を救って見せる。シニスの言った方法を、試すことに決めたぜ」


※作者注

 作中に登場するキノコバーガーは、ずいぶん前に放送されたテレビ番組で、何でもやっちゃうことで有名なアイドルグループが作っていて、とても美味しそうだと思ったので登場させてみました。

 あんなにでかいマッシュルームって実在するんですねぇ・・・。

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