8-5「エルフ」

「ちょ、ちょっと、リーン! 脚、大丈夫なのっ!? 」


 3頭のゴブリンたちが動かなくなってもまだ脚を鍋(なべ)の上に乗せたままだったリーンに、ティアが心配そうに駆け寄った。

 ゴブリンが焼け死ぬほどに熱した鍋(なべ)を脚で押さえつけていたのだから、リーンも怪我をしたのではないかと心配だったのだろう。


「平気。私、合成人間だから頑丈だし、熱が自分に伝わらない様に魔力を使ったから」


 リーンはいつもの様に淡々とした口調でそう答えながら、ようやく鍋(なべ)の上から脚をどかした。


「私より、バーンは? 」

「えっと、きっと大丈夫よ。毒消しの薬が効いているみたいだから」


 それからリーンは真っ先にバーンのことを確認し、ティアがそう答えると、少し安心した様な顔をした。

 それから、すっかり焼け焦げて使い物にならなくなってしまった鍋(なべ)を見下ろして、申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん。お鍋(なべ)、ダメにした」

「あっ、アンタねぇっ! 」


 そんなリーンに、ティアは大声で叫ぶ。


「お鍋(なべ)なんてどーでもいいのよ! もっと、自分のことを大切にしなさいよ! 」


 しかし、リーンはティアの言葉に軽く首をかしげるだけだった。


 リーンとしては、「できる」と思ってやっていたことなので、ティアがどうしてこんな風に怒っているのかを理解できないのだろう。

 そんなリーンの様子を見て、ティアはもどかしそうにリーンのことを睨みつけ、うぬぬぬぬ、と、どう言ったら伝わるのかが分からずに悔しそうな唸り声を漏(も)らす。


「ティア、リーン。それくらいにしておけ。まだ終わっていないんだ」


 そんな2人に、まだ刀をかまえたままのラーミナが注意する。


 そう、まだ終わっていないのだ。

 一行を襲って来たゴブリンたちは退治することができたが、戦っている最中に飛んできて、ゴブリンの1頭を仕留めた矢を放った誰かが残っている。


 位置関係から言っても一行の誰かが矢を放ったのではないと分かるが、そもそも、一行は誰も弓を使っていない。

 必然的に、この場には一行以外の第3者がいるということになる。


 その第3者が放った矢のおかげで、一行は助けられた。

 しかし、その第3者が、一行にとって味方かどうかはまだ分からない。

 ゴブリンたちだけではなく、一行のことも敵として攻撃してきてもおかしくはないし、矢はゴブリンに命中したものの、本当は一行の誰かを狙って放たれたものであったのかもしれない。


 一行は、バーンと、彼の治療を続けるルナを取り囲むように円陣を組み、霧の向こうに潜んでいるはずの何者かを警戒しながら、注意深く視線を凝らす。


 やがて、一行は、周囲を包んでいた霧が少しずつ薄くなってきていることに気がついた。

 辺りは真っ暗だったが、ゴブリンたちの姿をあぶり出すために放り投げた薪木(まきぎ)はまだ燃えており、その炎によって生じた光がわずかに視界を与えてくれていたのだが、段々とその光がはっきりと見える様になってきていた。


 いったい、何が起こっているのか。

 一行が身構えている中で、霧は、どうやら完全に消滅した様だった。


 そして、古代語(ルーン)の短い言葉が聞こえたかと思った瞬間、周囲をまばゆい光が照らしだした。

 誰かが光を生み出す呪文を唱え、周囲を明るくしたのだ。


 そうして、一行は、自分たちを何人ものエルフたちが取り囲んでいるということに気がついた。


 長く伸ばした金髪に碧眼、端正に整った顔立ちにすらりとした長身。

 そして、鋭く尖った耳。

 おとぎ話に聞き、そして、アルドル3世たちから聞かされた「エルフ」そのものの姿をした人々。


 エルフたちは一行からやや離れた場所におり、霧が晴れて周囲が明るくなると、身を隠していた木の影から次々とその姿を現した。

 人数は、10人ほどもいるだろうか。


 全員、フード付きの外套(がいとう)を身にまとい、その手に弓を持ち、腰の後ろに矢の束が入った矢筒(やづつ)を身に着けている。

 だが、矢をつがえているエルフは1人もおらず、弓も一行には向けられず、下ろされていた。


 敵対する意図が無いらしいと分かって、一行も武器を下ろした。


「人間たちよ。我が名はウォルン。エルフの族長を務(つと)めさせてもらっている」


 エルフ男性の1人はそう名乗ると、その碧眼(へきがん)で一行のことを眺め、それから、冷たく言い放った。


「ここまで旅を続けてきたところ申し訳ないが、我らエルフは神聖なる神々の宮殿を守らねばならぬ身。そなたたちを受け入れるわけには参らぬ。早々に、立ち去られよ」

「ちょっ、ま、待ってください! 」


 その一方的なもの言いに、ティアは血相を変えて前に進み出た。


「私たちは、魔王を倒すためにここまで旅を続けてきたんです! ここまで来たのも、どうしてもエルフの力を借りないといけないことがあるんです! 引き返せだなんて言われても、帰るわけにはいきません! 」

「そなたらに使命がある様に、我らにも使命がある」


 しかし、ウォルンはティアの言葉を遮り、さらに言葉を続ける。


「我らエルフはまず、そなたたち人間と共に戦うべく手を差し伸べた。しかし、人間たちは我らを拒絶し、自ら敗北を招いた。すでに人間の世界の奥深くまで魔物の軍勢が溢(あふ)れかえり、我らはここ、神聖なる神々の宮殿を守るために備えなければならぬ。そなたたちが魔王を倒すために旅をしているのだとしても、今はいかなる者も入れるわけにはいかぬ」


 取りつく島もない物言いに、ティアは気おされて一瞬だけ黙(だま)り込んでしまう。

 しかし、すぐに気を取り直すと、荷物の中から聖剣マラキアを取り出し、その刀身を覆っていた布を取り払って、エルフたちによく見える様にかかげた。


「魔王を倒すためには、聖剣マラキアが必要です! ですが、聖剣マラキアは破壊されてしまいました。ドワーフたちの助けで形だけは元に戻せましたが、この様に、聖剣は未だにその力を取り戻していません! 私たちは、聖剣に力を取り戻していただくために、ここまで旅をしてきたんです! 」

「なるほど、聖剣が破壊されたという話は我らも聞いている。しかし、聖剣は、それだけでは本来の力を発揮できぬはず。そなたらの中に、勇者殿はいるのか? 」


 ウォルンからの問いかけに、ティアはまた言葉に詰まり、サムの方を振り返った。

 エルフたちに対し、この醜い豚の怪物、魔物にしか見えないオークこそが勇者であると説明しても、分かってもらえるかどうか自信を持てなかったのだろう。


 その時、ウォルンの前に、1人のエルフの男性が進み出てきて、ウォルンに向かって跪(ひざまず)いた。


 それは、金髪に碧眼を持つと言われるエルフたちには珍しく、長く伸ばした黒髪を持つエルフだった。


 異質な雰囲気のエルフだった。

 黒髪に碧眼というエルフにはあまり見られない組み合わせに、顔の右側に一行には意味の分からない刺青(いれずみ)があり、その右耳の先端には切れ込みが1つ入れられている。

 身に着けている外套も黒一色の一切装飾が無いもので、他のエルフたちから浮いた様子だった。


「ウォルン様。あまり、迂遠(うえん)なことはなさるべきではありませぬ。この者たちは人間、我らエルフよりも遥かに寿命の短い種族であって、この様に回りくどいことをなされても、理解することは難しいと思われます」


 その黒髪のエルフは、どうやら一行のことをとりなそうとしているらしかった。


 一行が戸惑いながらウォルンの次の言葉を待っていると、ウォルンは再び一行を見回した後、厳(おごそ)かな様子でうなずいた。


「よかろう」

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