8-4「ゴブリン暗殺隊」

 影の正体は、3頭のゴブリンたちだった。


 ゴブリンは以前、魔王城に向かっていた時、一行の前に「門番だ」として立ちはだかった魔物だった。


 体格は小柄ですばしっこく、頭でっかちで長く突き出た鼻と耳を持ち、黄色く濁った双眸(そうぼう)に、ギラギラとした殺意を宿らせている。


 奇声を発しながら一行に飛びかかって来たゴブリンたちは、それぞれの手に武器を持っていた。

 魔物には道具を自力で作り出せる種族は少なく、知能が高く狡猾(こうかつ)なゴブリンでも簡単な道具を作ることがせいぜいだったのだが、そのゴブリンたちが持っている武器は、かなり上等なものだった。


 おそらくは、魔王軍によって蹂躙(じゅうりん)された地域から奪い取って来たものなのだろう。

 ゴブリンたちは人間が持つような短剣と円形の小型盾であるバックラーを持ち、飛び上がって上空から剣を振りかぶりながら突っ込んでくる。


 その短剣には、ゴブリンの身体から分泌される猛毒がギトギトになるまでたっぷりと塗られている。

 かすり傷でもつけられたら、大変なことになる。


 ゴブリンたちはまず白兵戦に対応するのが難しい相手から狙おうというのか、バーンを集中的に狙っている様だった。


「ぅっ、うわっ!? 」


 バーンは最初の1頭の斬撃を鍋(なべ)でかろうじて受け流したが、接近戦には慣れていないせいか、体勢を崩してしまった。

 そしてそこへ、先頭の1頭を踏み越えたもう1頭が、足を滑らせて転びかけているバーンに襲いかかる。


「危ない! 」「させん! 」


 その攻撃は、ティアとラーミナがぎりぎりで防いだ。

 ティアがバーンを引っ張って短剣の斬撃から回避させ、ラーミナが刀を振りぬいてゴブリンに盾で防がせ、そのまま押し出す様にして距離を取らせる。


 だが、その間にもう1頭のゴブリンが、低い場所から肉薄してきていた。


「こ、こいつっ! 」


 サムが自身の脚をゴブリンとバーンとの間に差し込んで攻撃を防ごうと試みるが、ゴブリンは素早い身のこなしですり抜け、バーンの身体をその短剣の先端が浅く切り裂いた。


 ゴブリンたちはティアとラーミナとサムの3人がかりで追い払ったが、しかし、バーンは重傷を負っていた。


「ぐ……っ、がッ!? 」


 バーンは倒れこみ、そう呻(うめ)き声を漏(も)らした後、口から泡を吹きながら、全身を硬直させて痙攣(けいれん)し始める。


「ルナ、治療を! リーンはバーンに代わって! 」

「はっ、はい! 」「分かった」


 ルナは慌ててバーンに駆け寄って治療を開始し、リーンはいつもより低い声でうなずくと、鍋(なべ)を手に取って円陣に加わった。


 ルナは準備していた毒消しの薬をバーンに使ったが、回復魔法が使えない状況では満足のいく処置は難しく、バーンが早期に戦列に復帰するのは難しかった。

 バーンの痙攣(けいれん)は少しずつ収まって行ったものの、その顔色は青白く、呼吸も喘(あえ)ぐようで、危険な状態に見える。


「まずはぁ、ひとォりっ! 」


 霧の中で薪(まき)の火の光で淡く照らし出されながら、ゴブリンの1頭がそう勝ち誇ったように言った。

 それに続いて、他の2頭は一行を嘲笑し、勝ち誇った1頭も笑いだして、辺りにゴブリンたちの不快な笑い声が響く。


「ひっひひひっ! マールム様のご命令だ! じわじわとォ! 1人ずつ、なぶり殺しだぜぇ! 」

「いーっひひひひひっ! 俺様たちゴブリン暗殺隊の毒で、じわじわと苦しんで死ねぇ! 」

「きひひっ、お前たちが魔王様のところにたどり着くことは、ないのだぁ! 」


 一行はゴブリンたちの嘲笑(ちょうしょう)に唇を引き結んだ。

 悔しかったし、今すぐゴブリンたちに思い知らせてやりたかったが、しかし、霧の中でわずかでも視界が確保できる焚火(たきび)から大きく離れることもできず、一行は防戦一方になるしかなかった。


「さぁ、次に毒を味わうのは、どいつだぁっ!? 」


 ひとしきり笑い続けた後、ゴブリンの1頭がそう叫ぶと、再び3頭のゴブリンは一行に向かって襲いかかって来た。


 一行は、毒の塗られた短剣をその身に受けない様に必死に応戦したが、ゴブリンたちは一撃しては距離を取ることをくり返し、その素早さを生かして一行を翻弄(ほんろう)していった。


 だが、霧を切り裂いて突然飛来してきた1本の矢がゴブリンの1頭の胸を貫き、そのゴブリンを絶命させたことで、戦況は変わった。


「なっ、なんだぁっ!? 」


 有利に戦いを進めていたはずなのに唐突に仲間の1頭を失ったゴブリンが戸惑(とまど)った一瞬の隙を突いて飛び出したのは、リーンだった。


 リーンはドワーフたちから贈られたナイフを手に動きを止めていたゴブリンたちに向かって突進すると、その動きに反応できなかった1頭の首筋を短剣で切り裂いて絶命させ、そして、もう1頭を自身の持っていた鍋(なべ)の中に押し込み、地面に押しつけた。


「こっ、このアマ! 何をしやがるっ! はなせっ、はなせぇ! 」


 ゴブリンがジタバタと暴れるのにかまわず、リーンはそのまま鍋(なべ)を足蹴にして地面に固定すると、炎の魔法を唱え、鍋(なべ)を加熱し始める。

 魔法の霧のせいで普段のリーンからすればあまり大きくはない不安定な炎だったが、十分すぎるほどの「強火」だった。


 おぞましいゴブリンの悲鳴が、鍋(なべ)の中でくぐもり、反響しながら辺りに轟(とどろ)く。

 灼熱(しゃくねつ)地獄から逃れようとゴブリンは必死に暴れたが、リーンはアツアツの鍋(なべ)を脚で踏みつけて抑えたまま、ゴブリンが逃げ出すことを許さなかった。


 やがて、ゴブリンは動くことをやめ、丸焼きになってしまった。


(お、おっかねぇ……)


 サムは、リーンを本気で怒らせまいと、心の中で固く誓った。

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