第164話:独壇場

 ベルガスさんの屋敷に招き入れてもらった俺たちは、ベルガスさんとシフォンさんを中心にして、話し合いが進んでいった。


 まだまだ互いに知らないことが多いとはいえ、両者とも前向きな姿勢を見せている。


「俺の一存では決めきれんが、正式に魔帝国の判断を仰がねば、表立っての取引はできん。しかし、不干渉条約に反することにはなるが、交流を深める程度は問題あるまい」


「こうして訪問している以上、わたくしが言うことではございませんが、よろしいのですか? 都合が悪いようでしたら、引き返すことも視野に入れておりますが」


「それほど融通が利かず、心の狭い種族だと思われている方が問題だ。人族が裏切らないと誓うのであれば、ジジールと話を進めてもらっても構わないと考えている」


 四天王であるベルガスさんが詳しい交渉に参加せず、ジジールさんに任せようとしているのは、隣国のティマエル帝国の影響だろう。


 フォルティア王国と交流を深めてもいいと思う反面、領土問題が勃発しているティマエル帝国と争っているため、戦闘できるベルガスさんが話し合いを主導するべきではない。


 事態が悪化したら、戦場へ向かう必要があるから。魔の森の異変の解決を協力している以上、誇り高き種族というプライドがあり、こっちも放っておけないだけであって。


「こちらとしても、無理に話を進めるつもりはありません。魔族に怯える人族が多いのは事実ですし、わたくしもまだ、どのように話を進めるべきか悩んでおります。そのため、この街で暮らす魔族の皆様と交流する機会をいただきたいのです」


 実際、シフォンさんは高原都市ノルベールで思い詰めていたわけで、次期領主として判断しにくい部分は大きいと思う。見た目だけの問題でも、レミィのように愛くるしい魔族は受け入れやすいけど、ベルガスさんみたいに大きな角を持った魔族もいる。


 同じ人族の立場からしたら、素直に意見を伝えすぎている気もするけど……、下手に取り繕うよりはいいかな。そっちの方がベルガスさんも好きそうだし。


「好きに出歩いてもらって構わんが、人族だけで歩いていると不審に思われるかもしれん。やはりジジールだけは同行させて、街を案内させよう」


「お気遣いいただきありがとうございます」


 ジジールさんは人を見る目があるみたいだし、監視役を付けたい思惑でもあるんだろう。僅かな時間であっても、今日まで一緒に過ごしてきたから、問題はないと思うけど。


「次にこちらの用件だが、魔の森の魔力が乱れている中心地点が推測できた。おそらく、魔晶石の湖だ。そこから地脈を通じて、魔力スポットが広がっている可能性が高い」


 トロールキングと戦闘した時に見えた湖、か。魔力スポットの影響化にあるなら、湖の水質が変わって、魔族が気づいてもおかしくなさそうだけど……深く考えてもわからないし、ここは魔法に詳しいガリ勉のリズに任せるとしよう。


「うーん、水は魔力の影響を受けやすいし、可能性はゼロじゃないかも。魔晶石を採取した後は、魔力スポットの範囲が縮まってるんだよね?」


「その通りだ。お前たちの助言がなければ、魔力スポットが拡大される一方で、恐ろしい森へと変貌していたに違いない。改めて感謝する」


「別に気にしなくてもいいのに。フォルティア王国の領土内に影響していることでもあるんだから。ねっ、シフォンちゃん」


「は、はい……。その通りだと、思います……」


 四天王であるベルガスさんに対して、タメ口で話すことがデフォルトになっているリズを見て、シフォンさんは目が点になっている。


 本当に大丈夫でしょうか、と心配そうな表情をシフォンさんは浮かべるが、何も問題はない。リズちゃんは勇気がありすぎるよ、とクレス王子がビビり始めるが、まったく問題はない。


 この場はリズの独壇場状態なのである。ベルガスさんは、戦場で協力し合った戦友扱いなのだから。


 ベルガスさんとリズによる難しい話が進んでいくなか、どうしても心配になったアリーシャが俺の元へ来て、耳元に顔を近づけてきた。


「ミヤビ様、魔帝国の四天王で在らせられる方に対して、リズ様の口調はマズいのではないでしょうか」


「俺もおかしいとは思うんですけど、この中のリーダー的な立ち位置にいるのが、リズなんですよね。たぶん、ベルガスさんも頭が上がらないんですよ」


「戦闘力が高いと言われる魔族を押さえ込むほど、リズ様は強くないと思いますが……」


「一度、魔物に追い込まれたベルガスさんを助けているんですよ。その時にリズのペースに飲み込まれたみたいで、二人の間で上下関係が決まったみたいです。あと、この会話は全部魔族に聞こえていますよ?」


 余計なことを言うんじゃない、と言いたそうなベルガスさんと目が合うため、間違いないだろう。リズは魔族の四天王を越える存在として、この場に存在している。


「私は魔力に敏感じゃないし、手元に魔力測定器がないんだよね。魔族の感覚に頼らないとダメだと思うんだけど――。ベルガスくん、聞いてる?」


「あ、ああ。地中に穴を掘ってもらえれば、ある程度のことはわかるだろう。水中になると、なかなか把握は難しいが」


「やっぱりそうだよねー。湖くらいの規模になると、濃い魔力は水に沈む性質があるから、把握しにくくなるよね」


 恐る恐る後ろに下がり始めるアリーシャさんは、ボソッと「失礼しました」と呟いていた。おそらく、ベルガスさんに対しての謝罪だと思う。


 実力主義社会の魔族において、身の危険を助けてもらった上に、リズに口で負けてるんだよなー。ベルガスさんは平然を装っているけど、義理堅い種族だし、歯向かえない雰囲気が漂っている。


 次期領主のシフォンさんとは友達で、小さい頃にクレス王子と共に過ごした経験がある以上、魔族とフォルティア王国の未来は明るいと思うよ。


 一番明るい未来を手にしそうなのは、着実にAランク冒険者の道を歩んでいるリズだと思うけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る