第165話:異変の中心点

 リズの独壇場だった話し合いが終わると、二手に分かれることになった。


 一つは、シフォンさん、アリーシャさん、クレス王子、ジジールさんの異種族交流組になる。


 次期領主と第三王子という立場である以上、魔族の街に護衛してくれる騎士はいないし、一緒に行動した方がいいのは明らかだ。でも、意外にも肝が据わっていたよ。人族に戦闘の意思はないと感じ取ってもらい、互いに理解し合うためにも、武器を持たずに交流することにしたらしい。


 聴覚が鋭い魔族に話が筒抜け状態なので、信用を勝ち取るのは早いかもしれないな。機嫌の良いジジールさんが案内してくれるから、何も問題ないだろう。


 もう一つは、リズ、メル、レミィ、ベルガスさんと俺を合わせた森の調査隊だ。


 原因も対処法もわかっているとはいえ、またトロールキングみたいな大物が出てくる可能性がある。警戒して森を進み、いまは湖の前までやってきた。


 以前、トロールキングを討伐したときは、もっと森全体が不気味な雰囲気だったような気がする。でも、魔晶石を採取した影響が大きいのか、過ごしやすくなった気がした。


 ここが魔力スポットの中心と言われても、しっくり来ないほどに。


 試しにバケツを取り出し、湖の水を汲んでみる。インベントリに中へ入れても、『塩水』としか表示されなかった。スコップで土を採取してみると、相変わらず『マジックアース』と表記されるが。


「ベルガスさん、本当に魔晶石の湖が原因なんですか?」


「詳しいことはわからん。この場所を中心に魔力濃度が高まっているのは事実だが、湖が深すぎる影響で魔力の反応が読み取りにくい」


 曖昧な返答に頭を悩ませていると、湖の前でしゃがんだリズが水を触り始める。


「ジジールさんに聞いたけど、ここの水から魔塩を作るらしいの。元々魔力が豊富な水質なら、変化は僅かなものになると思うよ。浄化した後と比較した方がいいと思うし、もう少し水を採取してもらってもいい?」


「わかった。バケツなら大量にあるし、いくらでも保存しておくよ」


 調査部隊のリーダーであるリズの指示に従い、俺はバシャンッ、バシャンッと水を汲んでいく。


 他にも原因があるかもしれないし、多めに塩水を採取しておこう。遭難や非常事態を想定して、川の水を溜めこんであるバケツが山ほどあるんだ。フォルティア王国と魔族の運命もかかっているため、魔の森の解決に全力を注ごうと思う。


「人族というのは、本当に変わっているな。大量のバケツを持ち運ぶ文化があるとは」


「……そんなわけがない。ただのバケツ人間」


「聞いて、ベル兄。ミヤビの家はキラキラな花壇があったの。たぶん、バケツで水をあげてたんだと思うよ」


「……そんなことをしたら、花が枯れる」


 お願いだよ、メル。シュールなツッコミはやめてくれ。俺はみんなのために塩水を汲んでるんだぞ。


 念のため、ベルガスさんにバケツを持ち運ぶ人族は少数であることを説明した後、リズを中心に話し合いを再開。穴を掘って魔力スポットを確認するより、先に浄化して水の魔力を比較した方が早いとなった。


 よって、ユニコーンの杖を持つレミィの出番である。


「ボ、ボクにできるかな」


「大丈夫だ。うまくいかなかったら、別の方法を考えればいい」


「う、うん」


 湖の前に立ったレミィは、両手で杖をギュッと握りしめ、祈りを込めるように目を閉じた。


 応えるようにユニコーンの杖が淡い光りを放ち、レミィを纏うように神々しい魔力に包まれていく。


「ピュリフィケーション」


 レミィから清らかな波動が放たれると、魔の森の雰囲気が一変する。魔力濃度が高い地域なだけに、まだ少し違和感は残るものの、穏やかな印象を受ける。レミィの纏っていた神々しい魔力も弱まっていくし、無事に浄化できた証拠なんだろう。


「ベル兄、これで大丈夫?」


「問題ない。徐々に魔力濃度が濃くなった影響で、感覚がおかしくなっていたようだ。今なら確実に魔の森の異変の場所が、ここだと断言できる。下がれ」


 武器を構えたベルガスさんがレミィの手を取り、湖から遠ざけた。すると、僅かに地面が揺れ、湖の下から浮上してくる巨大な何かが見えてくる。


 ザッパーンッ! と、湖の水を噴き上げて現れたのは、体長十五メートルはあろう強大なタコ、クラーケンだ。


 魔力スポットで巨大化したのか、こいつが魔力スポットを作り出していた原因なのかはわからない。一つだけ言えるとしたら、レミィの浄化で不機嫌になったことだけ。だって、明らかに怒っているんだもん。


 八本の足をウネウネと奇妙に動かすクラーケンは、周囲を確認。当然、俺たちしかいないため、敵意が向けられてしまう。


 誰よりも勇ましく戦闘態勢を取るベルガスさん、杖を握り締めてクラーケンを睨みつけるリズ、ボケーッとクラーケンを見上げるメル、そして、レミィと身を寄せ合ってビビる俺。


 さすがに情けない気もするが、トロールキングの三倍の大きさもあるなんて、足がすくむに決まってるじゃん。俺は戦闘職じゃないんだし、こんな化け物は見慣れていないんだよ。


 間近で見ると、めちゃくちゃ怖いんだが……。


「私は左側の足を撃ち落とすから、ベルガスくんは右側の足をお願い。メルは隙を見て本体を攻撃して。さすがに面倒は見きれないから、ミヤビは自分で身を守る感じで」


 部隊リーダーであるリズが迅速な対応を見せてくれるが、恐ろしい命令を下してきた。クラフトスキルで身を守るなんて、無謀にも程がある。かといって、地下へ逃げようにも、タコ足で勢いよく叩かれ続けたら、地下通路が潰れて生き埋めになるだけ。


「気のせいだといいんだが、サポーターを戦力に入れなかったか?」


「非常事態なんだし、ミヤビなら何とかなるでしょ! 正直、私も身を守るくらいが限界なの! ベルガスくんにフォローしてもらう気満々なんだから!」


「万全の状態であっても、さすがにきついぞ。防衛するだけで精一杯だ」


 予想以上にピンチを迎えている俺たちだが、浄化されて怒るクラーケンが話し合いを待ってくれるわけもなく、大きな足を左右同時に振り下ろしてくる。


「アイスウォール、五重層」


 バリンバリンバリンッ! と氷の壁が破壊されるものの、何とか左側の攻撃を防ぐことに成功したリズ。一方、右側の足を武器で受け止めて、「フンッ」と押し返すベルガスさんは、さすが魔族の四天王と言える。


 クラーケンの足が八本もある以上、こんな悠長に観察している場合はないな。レミィを守らなければならないし、これは本格的にマズいぞ。


アースウォール硬質ブロックの防壁


 後方からの攻撃を受け止めるため、土魔法を施してあるブロックで作り上げておいた防壁を設置。必要になるかわからないと思ったけど、インベントリに仕込んでおいてよかった。


「もっとガチガチにしよ! いっぱい積まないと壊されちゃうよー」


 レミィの言う通りだな。安心感を出すために、三重にして分厚くしておこう。


 バーーーンッ!!!!!!


 うおっ! 大至急防壁を追加せよ! クラーケンが足で防壁を二つも壊しやがった! 全方向から攻めれるなんて、卑怯にも程があるぞ!


 必死に防御に徹するが、硬質ブロックの在庫には限度がある。急いで付与魔法を施すことはできるが、間に合いそうにない。


 浄化したばかりのレミィは魔力がなさそうだし、俺以上にビビっているから、魔法は期待できない。魔族の四天王とはいえ、何とかベルガスさんが押している程度で、リズもかなりきつそうに見える。


 魔力が回復しにくい魔の森で、すでに魔法チャージでアイスウォールを強化させているんだろう。後先考えるほどの余裕は見られない。


「……うん、今日は機嫌が良い」


 そんななか、たった一人でクラーケンの討伐という無茶ぶりをされたメルは、妙に落ち着いていた。そこまで落ち着くならフォローしてくれ、と言いたいくらいには、まったく焦っていない。


 猛攻が迫りくるクラーケンの足を無視して、のんびりと数歩だけクラーケンに近づいたメルは、抜剣の構えを取ったまま、腰を落とす。


「……スラッシュ」


 メルが剣を横に振り払った瞬間、俺の視界に映っていたクラーケンが、歪んだ。


 ん? と違和感を覚えると同時に、真っ二つに切られ、切断面からズレ落ちていく。それと同時に、攻撃していたクラーケンの足の動きが宙で止まり、力を失うように地面へと落ちていった。


 唐突な出来事に何が起きたのかわからず、みんなでポッカーンッとメルを眺めていると、スススッと俺に近づいてきて、剣を差し出してきた。


「……付与魔術、お願いします」


 剣を受け取ってみると、見事に付与魔術が剥がれている。おそらく、剣に付与した風属性の力を使い切り、真空の刃を作り出して討伐したんだろう。助かったとはいえ、付与魔術の難易度が高い理由を目の当たりにした気がする。


 まあ、メルが使う分には問題ないだろう。付与魔術の条件も簡単にクリアできるし、この剣も付与した方が喜ぶはずだ。


「もう少し計画的に剣の力を引き出そうな」


「……うん」

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