第160話:頼み事

「師匠は神様なのですー」


 穏やかな表情を浮かべて神に祈りを捧げるカレンはいま、結界のありがたさに満ちていた。


 ユニコーンの杖に付与魔術を施し、教会の付与魔術がなくなった影響で、凶暴な魔物の襲撃が増加。高原都市ノルベールが建設以来、初めて大型の魔物が接近する事態となっていた。


 巨大な架け橋が戦場になったものの、日頃から厳しい訓練を受ける騎士団に、戦闘の教育を受けたメイドたちが合わさるだけでも、十分に驚異を跳ね除けられる力を持っている。そこに、シフォンさんが街全体に防御魔法を展開したこともあり、建造物に被害はない。


 そして、やるときはやる男、クレス王子が部隊を統率したことで、軽症者はいるものの、大きな怪我をする者もいなかった。


 結界がなくなってしまい、心に余裕がなくなったカレンが「きょえええ!」と騒ぎ続ける以外は、全員が落ち着いて対処していたよ。


 ちなみに、リズは教会の護衛をしてくれていたため、とても暇そうだった。今も椅子に座って、足をブランブランさせている。


「カレンも同じくらいの付与魔術ができるようになろうな。たぶん、付与魔法を使い続ければ、自然と高度な付与魔術ができるようになると思うぞ」


 俺の付与魔術が神聖属性になったのは、付与魔法のスキルレベルが高いため、レベルキャップが解放されているはず。VRMMO時代にかなり練習をした影響が出ているんだと思う。


「道のりは長そうなのです……」


「ミヤビが言っても、説得力はないよね。ユニコーンの杖の付与魔術も、儀式魔法みたいだったもん」


「師匠は神様ですからねー。人類と比べてはならないのです」


 きっと二人は褒めてくれていると解釈したところで、教会の入り口からクレス王子とシフォンさん、そして、アリーシャさんが戻ってくる。


 ちょうど神に祈り捧げ終えたカレンが立ち上がると、それを見たクレス王子が手を振っていた。


「あっ、カレンちゃん。副料理長にもお願いしておいたんだけど、今日の夜ごはんは奮発してもらってもいいかな。騎士団の経費で落とすようにお願いしておいたから」


 騎士団の経費と聞いて、カレンの目がキラーンッと輝く。


「わかったのです! 討伐した魔物をさばいてもらって、焼肉パーティーをするのですー! 今日は特別に、ラーメンセットも付けるのですよ~!」


 嬉しそうな表情で走り去っていくカレンを見送れば、誰が一番焼き肉とラーメンセットを食べたいと思っているのか、一目瞭然だろう。


 結界の影響で心が落ち着いた途端、急にアクティブな人間になったな。付与魔術が与える影響の大きさに驚きを隠せないよ。


「ところで、ミヤビくん。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」


 珍しく神妙な雰囲気を漂わせるクレス王子は、俺の方にゆっくりと近づいてくる。


「どうかされましたか?」


「アリーシャさんから聞いたんだけど、ここまで秘密の地下ルートで来たんだよね。このままアンジェルムに向かうなら、僕たちも一緒に連れていってほしいんだ」


 チラッとシフォンさんの顔色を確認しても、いつもみたいな優しい雰囲気ではなく、真剣な頼み事のように感じる。


 すでに交流を深めた仲だし、普通は軽くお願いする程度になるだろう。絶対に断られたくない何かがあるとすれば……、それは一つしかない。


「やっぱり、命を狙われているんですか?」


 カレンの部屋にいたアリーシャさんが緊迫した雰囲気を出していたし、クレス王子の護衛騎士の数が明らかに増えていたんだ。すでに危険な目に遭っている可能性が高い。


「この地に架け橋を建設すると決まったときには、覚悟していたことだよ。フォルティア王国の発展をよく思わない国がある以上、避けられないことだから。王族の宿命みたいなものだし、ミヤビくんが気にすることではないけどね」


 以前に受けた街道修理の依頼は、どんな事情があったとしても、俺が目立たせたことは事実になる。かなり大規模な架け橋に変更したし、この教会を作ったのもそうだ。


 ましてや、クレス王子とヴァイスさんを隠れ蓑にして、俺がクラフト部隊に関わっている事を知る者の方が少ない。本来なら、俺が命を狙われてもおかしくないのにな。


 もしかしたら、国王様がクラフターたちと国で契約を結んだのも、保護する目的があったのかもしれない。クレス王子の情報を聞き出そうと、命を狙われる恐れがあるから。


「本当にミヤビくんが気にする必要はないよ。僕の個人的な思いとしては、魔族と友好関係を築くことになった方が負担だね。まだまだクラフト都市も完成したばかりで、商業ギルドへ丸投げできないんだ」


 苦笑いを浮かべるクレス王子を見れば、冗談を交えながら話しているのは、明らかだ。余計な仕事が増えたのは事実だと思うけど、王族として国に貢献できることが嬉しいんだと思う。


「わたくしは、領主に就任してからの重荷が減りますし、ありがたく思っていますよ。お父様も、領地経営より何も干渉し合わない魔族の対処法がわからないと、ずっと悩んでおりました。平和的な解決が導き出せるのであれば、嬉しい限りです」


 一方、クレス王子のフォローをしているのか、少しからかいたくなったのかわからないが、シフォンさんも気にしている様子はない。公爵家として生まれ、第三王子であるクレス王子と婚約すると決めたときから、そういう運命だと受け入れているんだと思う。


「シフォンさんの言う通りでもあるんだけどね。現状としては、クラフト都市も細かい問題が山積みで、僕は商業ギルドと国の間で板挟み状態。ここに魔族との交渉まで入ってくると、頭がパンパンになりそうで……」


「では、わたくし一人で魔族と話し合いに向かいます。クレスはノルベールでお留守番をしていてください」


「ち、違うんだよ、シフォンさん。行かないとは言ってないし、チャンスなのもわかるんだ。でも、僕の頭にも限界があって……。ああー、もう。頑張るから連れていってよ」


 アタフタするクレス王子と、知らんぷりするシフォンさんは、やっぱり相変わらず仲良さそうだよ。二人ともいつか俺が気づくと思って、わざわざ命を狙われていることを打ち明けてくれたに違いない。


 フォルティア王国に恩を売り、貴族として名を上げる一大イベントが、魔族との交渉になるはずだから。


「じゃあ、魔族と仲介する形でチャラにしてもらいますよ。どういった結果になるかわからないですけど、魔族側とも約束はしてあるんで」


 二人が力強く頷き、話がうまい具合にまとまると、ずっと座って話を聞いていたリズが立ち上がる。


「待って。クレスくん、命を狙われてるの?」


 理解するのがワンテンポ遅いリズであった。

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