第159話:二重付与

 教会の控え室を使い、詳しい事情を説明。国王様からもらった手紙をシフォンさんが取り出したところで、完全に早とちりだったことが発覚した。


「そ、そういうことでしたか。魔族と交流を深めるとしか聞かされていなかったので、少々早まってしまいましたね」


 しっかり者のシフォンさんだけど、恋愛経験は少なく、とても初心うぶらしい。初めてクレス王子とキスしそうになり、まだ顔が真っ赤である。


「こ、こういう時こそ、ぼ、僕がシフォンさんを支えるべきだったよね」


 そして、シフォンさん以上に顔が赤いのが、クレス王子だ。二人とも一途な性格なのか、子供の頃から婚約が決まっているのに、付き合いたての小学生を連想させるほど、純愛である。


「基本的には、二人のために作った教会ですし、別に俺はキスをしていても構いま――」


 猛反発するように机をバンッ! と立ち上がる二人の反応を見れば、間違いなく純愛だと断言しよう。


「ミヤビ様! わたくしにも心の準備と言うものがございます!」


「僕だって、エスコートしたい願望くらいはあるからね!」


 お似合いカップルだな。価値観も息もピッタリじゃん。久しぶりに会うけど、二人とも予想以上に元気そうで何よりだよ。


 隣に座るリズにコツンッと頭を叩かれたため、これ以上はちょっかいを出さないことにする。


「話を戻しますけど、俺たちは魔の森の異変を解決するために動いています。トレンツさんは好意的でしたが、フォルティア王国もそういう考えでいいんですよね?」


「そうだね。ロック兄さんの手紙を見る限り、友好的な関係を築きたい感じかな。領主に就任予定のシフォンさんと、ミヤビくんの対処をできる人間として、僕が選ばれたみたいだよ」


「最後の意見には納得いきませんが、深くは突っ込まないことにします」


 まさか国王様に、手が付けられないほどの非常識な人間だと思われているとは。クレス王子の言葉的に、魔族よりも理解できない人間だと言われているように感じるけど……、さすがに気のせいだよな?


 軽く心にダメージを負った俺は、ユニコーンの杖を取り出す。


「これがヴァイスさんが修理した、魔族の家宝ですね。このタイミングで聞くのも野暮ですが、本当に付与魔術まで施しても大丈夫ですか? 友好国になるかもしれないとはいえ、敵に回ることも考えられますけど」


「構わないよ。ヴァイス様は武器専門の鑑定スキルを持ち合わせているし、邪な心を見抜く方だから。修理してもらっている以上、フォルティア王国の害になる可能性は低い。それよりも、友好関係を築いた方が良いね」


 どうりでヴァイスさんが大きな権力を持っているはずだ。俺が初対面で石の斧を見せた時、ゴブリンを討伐したことまで見抜いたからな。職人として目が肥えている部分もあると思うし、フォルティア王国や冒険者ギルドが一目を置いているのも、納得できる。


「それが聞けて安心しました。ここまで話を進めてきましたけど、ちょっと怖かったんですよね」


「意外にミヤビくんが思慮深いことは、僕も知っているつもりだよ。ヴァイス様と同じくらい信頼しているし、安心しているかな」


 中身はアラサーなんでね。自然と考えてしまいますよ。


「確かに、ミヤビは意外に色んなことを考えるタイプだもんね」

「そうですね。わたくしもミヤビ様は意外に計算される方だと思います」

「私も同意見です。ミヤビ様は意外に聡明です」


 全員の意見が一致しようとも、意外に、という部分だけは聞かなかったことにしますね。


 クレス王子の言質を取ったことで、国という隠れ蓑も手に入れた俺は、慎重にユニコーンの杖に魔力を流し込んでいく。


 やっぱりユニコーンの杖は神聖な場所を求めていたみたいで、今まで付与魔術を施そうとしていた時とは、感覚が違う。杖が魔力を拒むことはないし、このまま付与魔術ができそうな印象はある。


 でも、メルの剣に付与魔術を施したときと比較すると、なんとなく理解できる。ユニコーンの杖は、まだ納得していない。今回はメルがヒントを出してくれるわけでもないし、俺がちゃんと対話しなければならないんだが。


「こいつ、絶対に不機嫌だな」


 神聖な波動が溢れる教会でも心を開かないなんて、他に何がほしいって言うんだよ。ヴァイスさんはうちの拠点内で直しきったっていうのに。


「メルみたいなことを言わないでよ。その思考、私にはまったくわからないからね」


「魔力の流れ方でなんとなく判断してるだけだ。肉を餌にして、野菜炒めを食べさせたときのメルと同じような表情をしている気がするんだよ」


「あぁー……嫌々受け入れる感じね」


「うまく伝わって何より……だ?」


「ん? どうかした?」


 そうか。魔力の流れ方で機嫌が判断できるのか。この教会が気に入ってなければ、ユニコーンの杖も俺の魔力を受け入れるはずがない。


 つまり、この教会内で一番聖属性が強い場所は、他にあるということ。愛を誓う場所であり、シフォンさんとクレス王子がキスをしそうになっていた場所、祭壇だ!


 居ても立ってもいられず、俺はその場を離れる。


「ちょっとミヤビ? どこ行くの!」


 リズに引き止められるが、付与魔術を優先する俺は部屋を飛び出していく。


 ユニコーンの杖に魔力を流しながら走ると、自分の考えが正しいことに気づかされる。いや、杖が教えてくれているんだ。魔力の流れを変えて、祭壇までの道のりを案内してくれている。


 だからこそ、俺は理解した。この杖にも魂が宿っていて、長きにわたる眠りから目覚めたがっている、と。


 祭壇に到着すると、暴れ馬のように魔力を弾いていた杖が、今や懐いてくれているようにも感じる。かゆい場所をかいてほしいみたいにして、魔力を流す場所を誘導してくれるんだ。


 もう一度、武器として輝くために、俺の魔力を受け入れてくれている。この付与魔術は、間違いなく成功すると断言しよう。


 ユニコーンの杖に魔力が満ちてくると、教会全体が共鳴するように淡く光り始めた。俺は何も迷うことなく、最後の仕上げに取り掛かる。


付与魔術エンチャント:聖」


 ユニコーンの杖が眩しいくらいの光に包み込まれると、四方八方からどんどんと魔力が集まってくる。もしかしたら、教会の付与魔術を吸収しているのかもしれない。


 そうだ! ユニコーンの杖に施されていた付与魔術は、通常のものではない。聖属性が二重に付与された特殊な付与魔術になる!


 この教会の聖属性を同時に取り込み付与される、儀式型の付与魔術だったんだ!


 どんどんと凝縮されるかのようにユニコーンの杖に魔力が収束されると、共鳴していた教会が光を失う。それと同時に、手元に残るユニコーンの杖が光り輝いていた。


 今までユニコーンの杖が放っていた波動とは雰囲気が違い、心が温かくなるようなものを感じる。清らかな心を持つ者にしか使えない、そんな印象を受けるほど、神聖なものだった。


 遅れてやって来たリズたちが恐る恐る覗き込むと、ユニコーンの杖を見て、言葉を失う。


 俺とヴァイスさんはまだ、伝説の武器を作れるほどの腕を持っていない。でも、ユニコーンの杖の修理作業を行い、互いに見えてくるものがあったと思う。


 生産職の高みを目指すべき場所はもっと先にあったとしても、決して手の届かない場所ではない。そう教えてもらった気がする。


 そして、王族に生産職として生まれたクレス王子の前で付与魔術を施したのも、何かの縁なのかもしれない。魔族との交渉役に選ばれたのも、きっと……。


「ミヤビくん、教会の付与魔術をお願いするよ。今の付与魔術の影響で、教会の付与魔術が切れているんだ」


「あっ……そうですね。でも、これだけ大きい教会に付与魔術を施すのは時間がかかるので、クレス王子も手伝ってください」


「手伝いたいところだけど、今の僕には無理だよ。この教会に付与されていたものは、普通の聖属性じゃない。神聖属性だ」


 神聖属性……? そういえば、ユニコーンの杖に付与された属性は、少し雰囲気が違う。最初に剥がれていた聖属性よりも、綺麗な印象があった。


「ミヤビくんに思い当たる節がないなら、おそらく、建物の建設者が付与魔術を施すことで、上位属性に変換されたんだと思うよ。だから、ミヤビくんが一人でやり切るしかない。今の僕にできることは、高原都市ノルベールの警備を強化することくらいかな」


 クレス王子に結界の話をしたことはなかったけど、やっぱり気づいていたか。シフォンさんとアリーシャさんも知っているみたいだし、魔物は任せるとしよう。


「では、そっちはお願いします。夕方までには終わらせますので」


「こっちの心配はしなくても大丈夫だよ。幸いなことに、この地には戦闘メイドがたくさん雇われているから、予備戦力は十分だと思う。それに、シフォンさんは防御魔法が得意だからね」


 公爵家の領主になるため、魔法学園に通っているくらいだもんな。高原都市ノルベールはまだ小さな都市だし、俺は付与魔術に集中させてもらうとしよう。


「結婚式を開く前に、教会を壊されるわけには参りません」


 なお、本人は違う意味でやる気満々であった。

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