第158話:待ち構えていた者
翌日、俺とリズは地下鉄を使い、ノルベール高原へと向かった。
魔族の存在を知られてはいけないため、レミィとジジールさんはお留守番をしてもらっている。もちろん、レミィの遊び相手になってほしいので、メルもお留守番だ。
大幅に移動時間を短縮できるとはいえ、約三時間半の長旅を終えた俺たちは、駅へと繋がる螺旋階段を上っていく。
本来なら、貴族用プールに併設されたカレンの作業部屋に到着する。が、少し違う場所に螺旋階段が移動させられていたため、カレンが出口を変更したんだろう。以前、みんなで遊びに来たときに、カレンの部屋へ移動させると言っていたから。
さすがに女の子の部屋に繋がるのは気が引けるんだが……、リズも一緒なら問題ないかな。カレンも見られたくない場所には、出口を繋げていないはずだ。
変な風に思われないように、リズに事情を説明しながら歩いていると、思った以上に早く到着した。カレンの自宅だと思われるリビングで、綺麗に片付いている。
「意外に綺麗だな」
「前の作業部屋みたいに散らかっていないね」
意外に綺麗好きな一面もあるんだなーと思っていると、不意を突かれた俺とリズは、背筋が凍り付いてしまう。後方から手が伸びてきて、首元にナイフを突きつけられたんだ。
久しぶりにカレンと会う場合、「きょええええ!」と驚くはずだし、こんな行動は取らない。運が悪く強盗と鉢合わせて、地下から出てくるところを目撃された可能性が――。
「リズ様とパパ……ですか。どうしてこちらへ?」
聞いたことのある声を確認して、なんとなく誰だか察した。
公爵家令嬢、シフォンさんの専属メイドでありながら、俺に私用の手紙を送ってくる人物! そもそも、俺のパパルートに入っている人間は一人しか存在しない!
「ひとまず、ナイフを下ろしてください。あと、俺はミヤビですよ、アリーシャさん」
「し、失礼しました。まさか二人だとは思わなくて」
すぐにナイフを納めてくれたアリーシャさんに解放され、俺は安堵のため息を吐いた。
戦闘メイドだと聞かされていたけど、身をもって体験することになるとは。油断していたとはいえ、リズはBランク冒険者なのにな。戦闘メイドのスペックの高さに驚かされるよ。
どうしてカレンの部屋にアリーシャさんがいるのかわからないが、何度もペコペコと謝ってくれている。こっちも不審な入り方をしている以上、仕方ないとは思うが……。
誰よりも慌てているのは、なぜかリズだった。
「違うんだよ、アリーシャちゃん! 私たちはカレンちゃんの家を荒らしに来たわけじゃないし、ミヤビと何も変なことはしてないからね!」
リズが必死にフォローする理由を察するのは、悲しいかな。アリーシャさんと俺をくっつけようとしているため、誤解されないように焦っているんだろう。
パパって呼ばれている時点で、恋愛関係ではないと気づいてほしいところだが。
「こちらこそ申し訳ありませんでした。突然のことで驚きはしましたが、私は深く気にしておりません。ミヤビ様のことですから、地下通路を作成し、馬でも走らせてきたのでしょう。弟子のカレン様の家を出口にすれば、通常ならトラブルは起こりませんので」
走らせたのは仮拠点だけど、彼女がよき理解者なのは、間違いない。
安堵のため息をこぼすリズが、恋愛に疎すぎるのも間違いないが。
「アリーシャさんは何をされていたんですか? ここ、カレンの家ですよね」
「二人になら話しても問題はないと思いますが、一応、メイドの立場ですので……。お嬢様と一緒にクレス王子を迎えに来た、というのが精一杯の返答になります」
苦笑いを浮かべるアリーシャさんを見て、少し懸念を抱いてしまう。
ギオルギ元会長が不穏なことを言っていたし、本当にクレス王子は命を狙われているのかもしれない。クレス王子と関わりの深い人物を調べれば、ヴァイスさんの店で共に働いていたカレンが浮上するから、念のために警戒していたんだと思う。
妙にカレンの部屋が片付いているのは、たぶん、暇つぶしにアリーシャさんが掃除した影響かな。クラフターの部屋であれば、もっと散らかっているべきだ。
決して、俺の部屋が汚い理由を正当化しようとしているわけではない! クラフターの
「詳しい話を聞くかは別にして、シフォンさんとクレス王子に挨拶だけでもしておきたいですね。手紙でクラフトの相談は受けていましたが、クレス王子と会うのは、半年ぶりなので」
「私は魔法学園でクレスくんと顔を合わせてたから、久しぶりな感じはしないけどね。卒業したばかりだし、シフォンちゃんとアリーシャちゃんとお泊りの約束もしてあるもん」
「そうですね。お嬢様も楽しみにしておられましたよ。リズ様たちの本拠点はどうなっているのか、早く探索がしたいそうです」
シフォンさんとアリーシャさんは、領主を引き継ぐ準備のために何度か帰省していたため、実は外観は知っているんだよな。リズよりも先に中を見るのは悪いと言って、敷地内には入ってくることはなかっただけで。
「しかし、今回ばかりはゆっくりと帰省していられるかどうか、私にはわかりません。何も起こらないといいのですが……」
意味深な言葉を述べた後、アリーシャさんの表情が曇った。初めて見るほど不安な表情で、重い空気が流れる。
たぶん、次期領主であるシフォンさんと、婚約者であるクレス王子が魔族との交渉役に選ばれたんだろう。長寿の魔族と交渉するなら、現領主のトレンツさんよりも、若いシフォンさんの方が長く関係を維持できるはず。聡明なクレス王子が同行するのも、納得ができること。
でも、これだけアリーシャさんが警戒しているくらいだし、心配になる気持ちはわかる。クレス王子の命を狙う不審者が魔族の手の者ではないか、そう思っても不思議ではない。
現実を知っている俺としては、全然問題ないとわかるけど。
「魔族との交渉のことですよね。今はうちのパーティ拠点に魔族が泊まっていますし、意外に仲良くやっていますよ。シフォンさんくらいぬいぐるみ遊びが好きであれば、魔族と親交を深めるのに時間はかからないと思います」
真顔になったアリーシャさんは、僅かに時間が止まる。またパパが関わっていたんですね、そう言っているような表情だった。
「急に魔族と友好関係を築くことになったと聞いていましたが、そういうことでしたか。ミヤビ様が関わっているなら、話は変わります。一番考えられないことが現実になりますので」
それ、褒めてくれているの? 『Dear パパ』と手紙をくれた人と同一人物とは思えない発言だよ。あと、今回の魔族騒動の原因は、俺じゃない。
魔晶石がほしいと言い出したのはヴァイスさんだし、魔族に友達がいて強引に魔の森を案内したのはメルで、魔帝国の四天王であるベルガスさんに魔力スポットを伝えて協力しようと言い始めたのは、リズだ。
なんとなく身を委ねてる俺は、巻き込まれてる側だと思うんだよ! クジラのぬいぐるみで魔族と距離を詰めたあたりは、非常識だと思うけど!
関わっている以上は強く言えないと思っていると、急にアリーシャさんが息を呑むようにハッとした。
「こうしてはいられません、今すぐ教会へ向かいましょう! 思い詰めたお嬢様がクレス王子とデートをされています! 愛を確かめ合う前に、二人を止めなくては!」
そう言ってカレンの家を飛び出していったアリーシャさんを追い、俺とリズは急いで後を追っていく。
トレンツさんが早馬を走らせると言っていたから、国王様には手紙で連絡したはずだ。アリーシャさんの言葉からしても、正しく伝えられていないのは、明白なこと。
もしくは、詳しい話は後日のパターンかもしれない。国王様は目付きが鋭すぎるし、難しい言葉を使ったり、言葉足らずだったりする時があるけど、意外に優しい。だから、こう思ったんだ。
最近はクレスを働かせすぎている。この機会にシフォンを向かわせ、早めの新婚旅行でもさせておくか。英気を養った後、魔族との交流で実績を作れば、二人の未来は安泰だろう。
などと言う、良いお兄さんの演出! だって、国王様は過保護なんだもの!
これは予想以上にマズいかもしれない。詳しい事情を聞いてなくて、精神的に追い詰められた二人が愛を育んでしまったら、大変なことになる。まだ魔法学院生だし、できちゃった婚で領主になるのは、良い印象を抱かない人も多いはず。
一足先にたどり着いたアリーシャさんが、教会の前で警備する騎士たちに声をかけると、すんなりと道を譲ってくれた。俺とリズと追いつくと同時に、アリーシャさんは勢いよく扉を開ける!
そこには、今まさにキスをしようと見つめ合う二人が――。
「お嬢様! キスはお待ちください! 状況が変わりましたので、早まってはなりません!」
必死に声を荒らげるアリーシャさんを見て、俺は確信した。
たとえ二人が愛し合っていたとしても、結婚するまで体を許してはならない、貴族にはそういう風習があるのだと。
だって、愛し合う二人が大声でキスを止められているんだもの。
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