第147話:ヒソヒソ話
リズをおんぶして、気合いだけで歩き進めていくと、何とか魔族の街に到着した。
アンジェルムの街よりも小さく、魔の森を抜けてすぐの場所に作られていて、背の低い防壁に囲まれている。門を出入りする人は見当たらず、剣を持った魔族の男性が警備していた。
ベルガスさんより垢抜けない印象を抱く警備兵で、俺たちが近づいていくと、ビシッと背筋を伸ばす。
「ベルガス
……ん? ベルガス様? もしかして、偉い人だったのかな。四十年前にフォルティア王国との外交にも同行したと言っていたし。
「客人だ。丁重にもてなしてくれ」
「ハッ。では、少々お待ちください」
警備兵が門の内側へ走っていくと、すぐにあるものを持ってきて、それを差し出してきた。悪魔の角が二つ付いたコスプレ用のカチューシャである。
「人族の方は、こちらを頭に付けてください。友好の証になります」
おんぶして受け取れないため、代わりにリズが二つ受け取ると、何の迷いもなく俺の頭に装着された。
本物の魔族の前で、頭だけ魔族のコスプレをするというのは、実に恥ずかしい。完璧に魔族のコスプレをするのは、もっと嫌だけど。
似合っていますね、と言わんばかりに警備兵が満足そうな表情で二度頷いた後、俺たちから離れていく。
「あの、メルは付けなくてもいいんですか?」
「さすがに猫耳と角は似合わんだろう」
「それを言われたら、何も言い返せませんよ」
照れるメルの耳がピクピク動くところを見ながら、俺たちは街の中へ入っていく。
アンジェルムの街と比較しても、建物に大きな変化は感じられない。通りかかる人が魔族であることと、地面が石畳やレンガではなく、土を強固にしたものになるため、少し雰囲気が異なるだけ。人通りが多いわけではないし、少し田舎っぽい印象を受けるかな。
リズも同じことを思っているみたいで、あまり人族と変わらないことを二人で話していると、ベルガスさんが肉屋さんに立ち寄った。
「今日は客人を招いた。スチームバッファローの肉を五キロもらおう」
「待ってください、ベルガスさん。文化の違いが出ている気がします。俺とリズは、肉ばかり食べませんよ」
「そういえば、人族は草も食べる人種だったな。基本的に魔族は肉しか食べず、急に用意はできないんだが」
「どうりで肉屋しか見当たらないわけですよ。自前の食料がありますので、気にしないでください」
「そうか。では、メインの肉料理だけ提供しよう」
量を減らして肉を購入し、肉屋さんを後にする。前を歩くベルガスさんと、仲良く戯れて進むメルとレミィの後ろをついていく。
「ねえ、ベルガスさんって、偉い人なのかな」
おんぶしている影響もあり、リズが耳元で囁くように小声で話しかけてきた。
陰口を叩くつもりはないけど、素性を詮索するような会話はあまり聞かれたくないよな。友好的な関係を築いているとはいえ、本来は互いに干渉しない種族なんだ。ベルガスさんは地位がある人みたいだし、他の魔族に聞かれてたら厄介な問題になりかねない。
「ベルガス様って呼ばれていたもんな。堂々としているし、他の魔族とは風格が違う気がする」
「王様みたいなオーラがあるよね。ケガをした状態でトロールキングの猛攻を防いでいたし、魔帝国では有名な人なんじゃないかなー」
「可能性は高い。話を聞いている限り、魔族は戦闘を好む種族だと思うし、実力主義社会だと思うんだ。他の魔族も街で過ごしているだけなのに、武器を携帯している」
「私も思った。ところどころ簡単な魔法を使う人もいるけど、魔力の質が違うもんね。繊細にコントロールする人ばかりだよ」
「確かにな。肉屋の魔族も風魔法で肉をさばいていたんだ。あのレベルが普通になると、魔法の扱いに長けてる種族であるのは間違いない」
文明と魔法を両立させている人族に対して、魔族は魔法を中心に発展しているように感じる。服を干している家はないけど、布団のシーツを手に持った状態で風魔法を使い、バタバタバタッと乾かしている人はいるから。
生活に応用するくらい、魔法が身近なものなんだろう。
「あとね、最初は怖かったけど、魔族の角がだんだんカッコよく見えてきたの。ベルガスさんの角なんて、めちゃくちゃ立派じゃない? たぶん、偉い人はみんな角がすごいんだと思うよ」
「魔族の序列を角で判断し始めるあたり、リズの順応力の高さに驚かされるよ」
「誰かの非常識による影響かなー」
そんなことを言うなら、もうおんぶしてやらないぞ、と思っていると、ちょうどベルガスさんたちが立ち止まった。右手に昔の洋館みたいな大きな屋敷が見えるから、やっぱりベルガスさんは魔帝国で地位のある人なんだろう。
ノソノソとおんぶで歩いていくと、待ちきれなかったのか、てててっとレミィが近寄ってくる。
「ベル兄はね、魔帝国の四天王の一人なんだよ。だから、この街で一番ツヨツヨなの!」
「そうか、どうりで偉いわけだ。……ん? もしかして、俺とリズの会話、聞こえてた?」
「えっ? みんなに聞こえるように話してたんじゃないの? あのくらいの大きさなら、ボクでも聞こえるよ」
キョトンとしたレミィに言われ、周囲をパッと見渡すと、街にいる魔族のほとんどがこっちを見ていた。
褒めんじゃねえよ、みたいな顔をして照れる人や、角を自慢したそうに触る人がいる。家から肉の塊を取り出してきて、風魔法を見せてくる人までいるから、多くの人に聞かれてしまっただろう。
おそらく、客人とはいえ珍しい人族が気になり、警戒していたんだ。褒められるとは思っていなくて、勝手に好印象を抱いてくれたんだと思う。一人残らず照れているもん。
もっと言えば、振り向いたベルガスさんの顔が赤く、恥ずかしそうに角を触っているから、間違いない。
「こ、ここが俺の屋敷だ。つ、つ、ついてこい」
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