第146話:おんぶ

 メルの剣の修理を終えて、リズの武器をメンテナンスした後、俺たちは魔の森を歩き始めた。


 向かう場所は、この先にある魔族の街。ベルガスさんが街に招待してくれたため、ご厚意に甘えることにしたんだ。


 予想以上に早くベルガスさんの怪我が治癒したし、武器の修理が終わったのでメルも戦闘ができる。魔力回復速度が早いのか、レミィも元気に歩いているよ。


 魔力切れで歩けないリズをおんぶする俺だけは、ちょっとばかり遅れているが。


「ねえ。私って、重い?」


 耳元でリズが呟いてくるけど、その質問には素直に答えられない。ひ弱な生産職にとって、おんぶという作業が厳しいだけ、そう自分に言い聞かせている。


「重くないから、ジッとしていてくれ」


 高原都市ノルベールに行った帰り道、おんぶをねだってきたことは、寝ぼけて覚えていないんだろうな。久しぶりにお父さんにおんぶしてもらっている気分のリズは、足をブラブラさせてくるほどご機嫌なんだ。


 でも、それは負担が倍増するから、本気でやめてほしい。動かないでくれ。


 手が痛くなってくるし、大人用のおんぶ紐が欲しくなるけど……それをクラフトして使用するのは、さすがに恥ずかしい。おんぶされる側のリズも、それは抵抗が大きいと思う。


 二人で冒険者活動しているときは地下で休むことができたのに、リズの魔力を回復するためだけに休むわけにはいかないよなー。代わりに運んでくれそうなメルは、手伝ってくれないし。


 唯一助かっているのは、カレンが作ったヒンヤリタオルとスースーシャツだ。ヒンヤリタオルを首に巻き、スースーシャツを着用することで、優しい冷気が火照った体を沈めてくれる。重労働をしているときには、腹が痛くなるほど冷えることもない。


 絶妙な塩梅あんばいで付与されているよ。カレンのやつ、なかなかやるな。


 弟子の成長を実感しながら歩き進める俺は、どうしても気になっていることを質問する。


「ベルガスさん、まだ着かないんですか? すぐに着くって言いましたよね」


「あぁ、もうすぐだ」


「さっきもそう言ってましたけど、三十分は歩きましたよ。本当に信じていいんですか?」


 リズをおんぶしたまま歩くには、かなり長い時間だ。文句の一つでも言いたくなるのが、普通だろう。


「今さら何を言う。誇り高き魔族を信じなくて、何を信じると言うのか」


 現実を直視しているだけなんですけど、と喉元まで言葉が出かかっていると、何かを閃いたかのように、レミィがポンッと両手を叩いた。


「ベル兄。魔族と人族は感覚が違うから、ミヤビにはナガナガに長く感じるんじゃない?」


「なるほど、確かにそうだな。時間で言えば、このペースで進んだ場合、あと一時間程度だ」


 長すぎるだろう! むしろ、今までよく我慢しておんぶしてきたと自分を褒めてやりたいよ!


「もしかして、魔族は長寿ですか?」


「人族が短命すぎるのだ。魔族は平均四百才まで生きる。俺はいま、百八十二歳だな」


 初めて百歳以上も年齢が離れている人にあったわ。それだけ寿命が長いなら、数時間で着く距離を近いと言うのも納得ができるし、数十年に一回の外交も適正回数になると思うよ。


「ボクはね、十三歳だよ。メルと同い年なの」


 レミィは随分と子供っぽいなーとは思っていたけど、魔族からしたら、赤ちゃんみたいなものだな。同い年と言っても、メルの方がお姉さんっぽいし。


「それで意気投合したのか」


「ううん。メルをボコボコにして殺そうとしたら、返り討ちにあったの。そこからの仲だよ! ねー!」


「……ねー」


 仲良く手を繋いで歩き始める二人は、微笑ましい。現状は仲が良い友達にしか見えないけど、徐々に魔族との価値観の違いに気づき始めて、不安になってきたよ。


 殺し合いをして仲良くなる種族って、何なの?


「まさか街に招待されたのは、俺たちを殺そうとして……」


「そう考えていたら、出会った瞬間に攻撃しているだろ。魔族は自宅に招待して、仲を深める文化があるだけだ。殺し合いをして仲を深めるのも、魔族特有の文化だがな」


「せめて、決闘とか喧嘩と言ってほしいですね。仲を深めようとして命を殺めてしまったら、大問題になりますよ」


 少年漫画みたいに、敵対していた者と死闘して、最後は仲良くなるみたいなやつだと思う。でも、そんなの現実でやられても困るんだ。人族が距離を取り続けている理由が、いまわかった気がするよ……。


「当たり前だが、時と場合によるぞ。魔力が枯渇状態に陥るほど力を振り絞った人族に対して、敬意を払うのは当然のこと。客人として迎え入れなければ、魔族の恥になる。殺し合いで仲を深めるだけが、魔族の文化ではない」


「話が通じる相手でよかったです。思っている以上に義理堅い種族なんですね」


「こちらの台詞だ。四十年前の外交に同行した際、お前たちが対応してくれていたら、もう少しは交流があったかもしれないな」


「生まれてないんで、さすがに無理です」


「人族の厄介なところは、そこだ。外交する度に顔ぶれが変わる。せっかく覚えた顔と名前が絶対に一致しない」


 人族に寄り添う気持ちはあるんだなーと思っていると、先を歩くベルガスさんが立ち止まった。


「それで、あと一時間かかるんだが、厳しそうなら俺が代わりに運ぼうか? 魔の森を抜けることを優先した方がいいだろう」


 ここまでリズを運んで来て、非常にありがたい申し出になる。空気を読めよ、と言いたそうなメルが、ベルガスさんの足をペシペシッと叩くけど、そういう問題じゃない。あと一時間もリズをおんぶするなんて、俺の腰が破壊されかねないんだ。


 リズの腕に少し力が入り、離れたくないアピールをされると、何とも言えなくなるけど。


「気持ちだけ受け取っておきます。このまま運びますので、早く行きましょう」


「お前待ちだがな」


 辛辣なツッコミはやめてほしい。魔族は肝心なところで気を遣わない種族なのかもしれない。

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