第122話:走れ! 仮拠点!
「メル車掌。乗車を確認しました」
「……戸締り、ヨシッ!!」
二人でダダダッと移動して、大浴場に繋がっていた渡り廊下の方へ向かうと、そこには仮拠点の動きを止めているストッパーがある。これをインベントリに入れた瞬間、仮拠点は走り出すのだ!
両足を軽く広げたメルが、ビシッとアンジェルム方面を指で差す。後ろを振り向けば、リズが変な目で見てくるけど、絶対に気にしてはならない。
「……出発ッ!」
メルの合図でストッパーを外した後、すぐに窓をガラガラッと閉めて、仮拠点に入る。
「……戸締り、ヨシッ!!」
大事な戸締り確認ができたところで、俺とメルはホッとため息を吐いた。
終着駅に到着するまで、もう誰にも仮拠点は止められない。ここまですべてが計画通りであり、家が走るという非常識な現実が実現された!
「えええっ!? ちょ、ちょっと待って! なんで仮拠点が動いてるの!!」
「実は、走る家だったんだよ」
「あっ、そうなんだー。元々走る構造だったら仕方ないよねって、バカッ! 納得できるわけがないじゃん!」
懐かしいな、リズのノリツッコミ。こういうノリが良いところが好きなんだよなー。
「リズ、注意事項を伝えよう。仮拠点が走ってる間は窓を開けないこと。それだけ守れたら、安全な旅を保証する」
「いやいや、そんな冷静に注意事項を言われても困るよ。だって、家が走ってるんだよ? 絶対におかしいじゃん」
なんだかんだで言いつけを守るリズは、早足で窓に近づき、ガラスにベタッと顔をくっつけた。
非常識という言葉では片づけられないほどの現実に、頭が追い付いていないんだろう。
「……黄色い線の内側までお下がりください」
しかし! そんな行動を取るなど、お見通しだ! メル車掌の警備を見くびるんじゃない!
「あっ、ごめんね。この黄色い線、そういう意味だったんだー。馬よりも速くなってるし、それなら仕方ないよね。はぁ~、納得。バカッッッ!! 普通の家は走らないの!」
リズのノリツッコミが気に入ったのか、メルがキラキラした目で俺を見つめてくる。もう少しノリツッコミの引き出しがありそう、そんな目をしている。
あまりハードルを上げてやるなよ、メル。しつこく求めてしまうと、もうやってくれなくなるぞ。
それに、信じられないような気持ちで外を眺めるリズの気持ちは、誰もが持つものだと思う。仮拠点は猛スピードで加速して、僅か一分足らずで最高速度に達するから。体感的に新幹線と同じ速度が出るし、たぶん、時速三百キロくらい出ている!
この瞬間的な加速を実現した素材が、ミスリルだ。魔法に対する耐久力と増幅力があるため、付与魔法を施すと、信じられない力を発揮する。軽い気持ちでミスリルブロックに火魔法を付与したら、火柱ができて火傷したのは、良い思い出だよ。
ちなみに、最初だけゆっくりと進むのは、レールに付与された風魔法の強弱を変えているだけだ。終着駅の近くになると風が逆噴射されているため、少しずつブレーキがかかって止まる寸法になる。
「よし、電車ごっこは終わりだ。昼ごはんにするか」
「……今日はラーメンの日!」
パッとスイッチを切り替える俺とメルは、走る仮拠点の食卓についた。
肉好きのメルはチャーシュー麵で、俺は味噌バターコーンラーメンが最近のお気に入りである。料理に関してだけいえば、材料とキッチンと
「リズはとんこつラーメンでよかったよな。コッテリ系の方がいいだろう?」
「あっ、そうだね。お腹空いてたんだー。やっぱりさ、ガッツリと食べたいときは、とんこつラーメンに限るよね。食欲がそそられる香りが……って、なんでやねんっ! もっと現実を見てよ! 家が走ってるんだよ!」
マジかよ、まだやってくれるのか。メルの好感度がうなぎ登りだぞ。魔法学園を卒業したばかりなんだし、無理はしなくてもいいよ。
「予想以上にリズがビックリしてくれて、俺は嬉しい。急ピッチで作った甲斐があったよ。だいたい三時間程度でアンジェルムの街に着くし、それまではゆっくりしようぜ」
「早くない? 確かに、家の速度は速いけど。……何? 家の速度が速いって」
「でも速いからな、この家」
「あぁー……うん、そうだね。言葉として間違ってないよね。でも、家にぶつかる空気の音が怖いよ。ゴォーッて唸ってるんだもん」
それは安心してほしい。かなりのスピードが出ていても、レールと仮拠点は魔力で結びつけられているし、このトンネルを通る人は誰もいない。アンジェルムの街まで一本道で、仮拠点も耐久性を向上させてあるんだ。
「そのうち慣れるし、安全だから気にするなよ。さあ、昼ごはんを食べよう。そのうちメルみたいに、乗りたいだけでついてくるようになるぞ」
「……仮拠点の成長を見届けた」
グッ! と親指を立てるメルと一緒に、俺たちはラーメンを食べ始める。放っておいても、リズはすぐに順応してくれるから。
「まあ、いいや。ミヤビが関わってることだもんね、考えてもわからないよ。さっ、私もとんこつラーメンを食べよーっと」
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