第123話:本拠点と猫ハウス

 三時間ほど経過して、終着駅にたどり着くと、リズが放心状態になっていた。


 一度はとんこつラーメンで現実逃避したものの、やっぱりダメだったらしい。未だかつてない速度で走る乗り物の中から見える光景は、想像以上にインパクトがあったみたいで、律儀に黄色い線の内側で正座待機して、ジッと外を見つめ続けていたよ。


 光源ブロックの明かりだけで照らされた地下トンネルは、殺風景な景色が続いているだけで飽きそうなものだが……、異世界人にとっては、ジェットコースターみたいな感覚なんだと思う。車掌役のメルは、高速で走る仮拠点から眺める景色が好きで、地下鉄を使うときは必ずついて来ようとするんだ。


 今回も放心状態に陥ったリズの隣に座って、嬉しそうに尻尾を揺らしながら、一緒に眺めていたよ。


 そんなこんなで、仮拠点にストッパーを設置した後、俺たちは仮拠点から下りて、螺旋階段を上がっていく。が、半分腰が抜けてしまったリズは、まともに歩けていない。すぐに治ると思うし、ひとまず肩を貸すけど……、おばあちゃんを介護しているような気持ちになるよ。


 階段を上りきった先にあるのは、王都と同じような小さな小屋の中だ。ガチャッとドアを開けると、アンジェルムの街でレンタルしている、うちの土地に繋がっている。


 ここまで来れば、さすがにリズの足腰も落ち着いたけど……、また心がやられたらしい。魔法学園に通う半年間の間に、再び現代の生活に戻ってしまったことで、今まで培われていたクラフトスキルの順応能力が失われているに違いない。


 今のリズがこの景色を見るのは、刺激が強すぎるみたいだ。半年間で建築を進めて、随分と拠点っぽくなったから。


 まず、拠点の入り口に建設されたメルの猫ハウスは、可能な限り猫で統一されていて、可愛さしか存在しない。丸いドームに猫耳がぴょこっと生えた外観に、座った猫をモチーフにしたドアがあり、肉球の窓ガラスが猫っぽさを強調する。ポストはアクビをした猫の顔で、夜は光源ブロックで作った猫の街灯が輝く。


 そして、猫ハウスに負けずと気合いを入れたのが、本拠点だ。


 白い石材と紺色の屋根が特徴的な、三階建ての屋敷になる。パーティ名『月夜のウサギ』をモチーフにしているため、ところどころ三日月と星マークを入れて、夜空を演出。二階に設置したベランダでは、優雅なティータイムと日向ぼっこが満喫できるような、プチ贅沢も楽しめる。


 本拠点においては、全体的に猫ハウスのような子供っぽさよりも、大人っぽいオシャレな屋敷に仕上げてみたよ。以前作った風呂場に渡り廊下を繋げて、新しくサウナもアップデートしたし、住み心地は抜群だ。


 なにより、敷地内に設置した花壇に綺麗な花が咲き誇り、見た目が美しい。


 この素晴らしい光景を目の当たりにして、順応能力が失われたリズは頭を抱えているけど。本当に数時間でアンジェルムの街に着いた、という信じられない思いが交差して、現実を受け入れらないでいるのは、明らかである。


「こっちが新しく建設した本拠点で、あっちはメルの猫ハウスだ。中にはぬいぐるみとベッドしかないから、けっこう本拠点に遊びに来てくれるぞ」


 簡略化した情報を伝えてみると、リズがウルウルとした瞳で俺を見つめてきた。


「正直に答えてほしいの。領主邸と、張り合ったよね?」


 しばらく会わないだけで、リズも人聞きの悪いことを言うようになったな。この世界でいくら非常識と言われようとも、俺は元々社会人だ。目上の人に対する最低限のマナーを持っている……つもりだ。


「よく見てみろよ。大きさは負けておいた。ギリギリで」


「デザインで勝ってるじゃん。王都にある貴族の屋敷よりも装飾が豪華で、総合的には勝ってるよ。そこはね、絶対に勝っちゃダメなところなの」


「えっ? そ、そう? べ、別に勝ってるとは思ってないんだけどさ」


「嬉しそうにしないでよ。あのウサちゃんのポストなんて、めちゃくちゃ可愛いじゃん」


 早くも気づいちゃったかー。メルに作った猫ポストが可愛くて、対抗してウサギのポストを作成したことを。でも、もっとオシャレなこともやってるんだぜ?


「ウサギポイントはポストだけじゃない。こっちに来て見てくれよ」


「なになに? どうしたの?」


「じゃーん! ガラスにウサギを描いてみたんだ。しかも、見る角度によってイラストが変わるんだぜ」


「えーっ! すごーい! ウサギがジャンプして遊んでるみたーい。見て、いま向こうのガラスでもウサギが飛んでたよ! やっぱりウサギは飛んでるところが可愛いよね」


「……向こうに猫バージョンもある」


「うそー! 見たい見たーい。絶対に可愛いやつだもん、それ。ちょっと見に行こうって、もぉぉぉぉぉ! ダメッ! 貴族に勝つのは、ダメッ!」


 怒涛の勢いで反発するリズだが、けっこう苦労して作ったんだぞ。クラフトスキルでガラスと樹脂を合成して、【ハンドクラフト】で丁寧に一枚ずつ手作業で仕上げたんだ。家の中から見える外の景色に干渉しないように、何回も作り直したよ。


 この屋敷のこだわりポイントの一つでもあるし、ここは褒めてほしい部分なんだよなー。現実を受け入れてもらうためにも、一つだけアドバイスをしておこうと思う。


「いいか、リズ。よく考えるんだ。俺たちはいま、この街の領主であるトレンツさんと仲良くしているし、次期当主のシフォンさんとも親交が深い。その婚約者であるクレス王子や、伝説の鍛冶師と呼ばれるヴァイスさんとも仲が良い。怯える必要は、ないんじゃないか?」


 そう、俺たちは出世した。普通の貴族よりも強力なコネクションを手に入れている。Aランク冒険者ではないにしても、唯一無二の冒険者であるのは間違いない。よって、領主邸に配慮さえすれば、多少のことは許される……と思う。


 悪魔の囁きともいえる言葉を耳にしたリズはいま、己の理性と戦っているだろう。再び頭を抱えて、悶え苦しんでいる。


 やりすぎると問題になるとわかっているけど、魔法学園でシフォンさんと一番仲良くしてきたのは、リズだ。クレス王子とも仲が良く、障害になりそうな人物は、意外にも味方ばかり。何か問題が起こったとしても、シフォンさんの別荘ということにして、やり過ごせばいい。


「じゃあ、いっか。こんな立派なパーティ拠点を持てる機会なんて、滅多にないと思うし」


 その結果、リズは現実を受け入れた。心にあったモヤモヤを吹き飛ばし、満面の笑みを浮かべるほどに。


 早速、住宅見学みたいな雰囲気を出して、リズと一緒に本拠点の中へ入っていこう。


 内観に至っては、仮拠点の備品もいくつか引き継いでいるんだ。『月夜のウサギ』のデザインが組み込まれたスリッパもあれば、新しくデザインを入れ直した玄関マットがあり、初めてでも住みにくくはないと思う。


「見た目以上に中は広々としてるね。なんか、空気がヒンヤリしてるし」


 リズが拠点に入った瞬間に気づくくらいには、外と中に気温差が存在する。


 仮拠点で実現した冬季限定ドリーム空間、ポカポカハウスの夏バージョン、夏季限定ヒンヤリハウスは、日陰のような涼しさで快適な空間となっている。クーラーのように冷えた風が直接当たらないため、体調を崩しにくいのが特徴だ。


「壁の一部に氷魔法を付与しておいたんだ。過ごしやすい程度にしてるけど、風邪を引いたら元も子もないし、寒いなら言ってくれ」


「うーん、このくらいなら大丈夫そうかな。夜は布団をかぶって寝るし、昼間はひざ掛けがあれば、冷えにくいと思うんだー」


 実際に過ごしてみないとわからないと思うが、夏のクーラーで冷えが促進する人は多い。極度の冷え性であるリズの末端冷え性が悪化しないように、床に付与魔術を施すのはやめておいた。もし冷えがきついと感じたなら、一部の床を温熱ブロックに変えて、ポカポカスポットを作ってもいいかもしれない。


「ちなみに、使うかどうかわからないけど、作戦会議室も作っておいたぞ。雰囲気を出すために、地下に用意したよ」


 誰もが一度は憧れる冒険者の夢が、パーティ拠点で作戦会議らしい。商業ギルドで土地を借りるとき、リズにそう教えてもらったんだ。


「ミヤビはわかってるなー。地下で作戦会議をすると、秘密感が出ていいよね」


「難易度の高い依頼を受けない限り、使わないと思うけどな」


 やっぱり子供っぽい発想だよなーと思っていると、メルがリズの裾を引っ張り始めた。そして、風呂場の方を指で差す。


 最近のメルのお気に入りは、サウナで精神統一をすることなんだ。水をコップに入れて持ち運び、風呂場に向かう姿をよく見る。


「……お風呂に修業場ができた。行こう」


「なにそれ、気になる。せっかく実家に帰ってきたし、早くお風呂に入りかったんだよね」


 実家じゃなくて、パーティ拠点だぞ。仮拠点で生活していたことはあるけど、本拠点は初めてだし、急に順応能力を取り戻されても困るよ。


 風呂場へ仲良く向かう二人の背中を見て、俺は思った。


 キンキンに冷えたミルクを二つ用意しておこう、と。一気飲みして、プハーッと息を吐くまでが一連の流れなのだから。

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