第110話:迷子属性、発動ッ!

 国王様と王妃様の部屋にベッドを設置した俺は、知らないメイドさんに経理担当者さんの元へ案内してもらい、金貨四百枚という大金を受け取った。


 以前、アリーシャさんが「王都の経理担当者は厳しい」と言っていたけど、意外に話がわかる人だったよ。国王様が即位したばかりで心配していたのか、俺が客人として招かれた影響なのかわからないけど、メイドさんが事情を話すと、アッサリ必要経費と認めてくれたんだ。


 金貨を一枚ずつ真剣に数える姿を見て、責任重要な役職だよなーとは思ったけど。


 そんなこんなで経理担当者に別れを告げ、風呂場に向かうために一人で歩いていく。が、どこを歩いているのかさっぱりわからない。


 来た道を戻ればいいかなーと思って、メイドさんの案内を断って部屋を出たのはいいものの……、そういえば、俺は迷子属性を持っているんだった。アンジェルムの街では、偶然出会った猫獣人のメルに何度か助けられたっけ。王都へ着いた途端に別の依頼で離れたし、王城の中ではさすがに会えないよな。


 通りがかりのメイドさんを捕まえて案内してもらおうかなーと思って歩いていると、角を曲がったところで、アリーシャさんにバッタリと出会った。


 知り合いのメイドさんに遭遇できて、思った以上にホッとするよ。王城で迷子は、不審者になりかねないから。


「ミヤビ様? どうしてこちらへ?」


「国王様との話し合いが終わった後、国王様と王妃様にベッドを販売することになったんです。今は販売を終えて、経理担当者さんに金をもらった帰りになります」


「それはすごいことですね。国王様がお使いになるということは、この国で一番良い家具になります」


「とても名誉のあることだと思いますが、荷が重いですね。取引相手が国王様なんて、生まれて初めての経験ですよ」


「フォルティア王国もクラフターから家具を購入するのは、初めてだと思います。国王様に至っては、即位されるまでクレス王子が作られたベッドを使用されていましたし、今回ばかりはクラフターを優遇したかったのかもしれません」


 王城に招いてくれるくらいだもんな。弟だけを特別扱いした場合、クラフターの扱いは何も変わらないと思うし、率先して俺と取引してくれたのかもしれない。


 単純にぐっすりと眠れただけ、という可能性もあるが。


「色々と考えてくださってるとは思うんですけど、二人で話し合うのはやめてもらいたいですね。目力が強くて、圧倒されてしまうんですよ」


「王城内でそのような発言は控えていただきたいですが、性格はクレス王子に似ていますから、悪くはならないと思いますよ」


 確かに、教会で話している時、年が離れているはずのシフォンさんに押されてる場面もあった。普通に話しても問題はなかったし、変な貴族や大臣よりも話がわかる人かもしれない。


 以前、街で一緒に買い物をしたときみたいに、アリーシャさんに失言させるわけにはいかないから、深くは聞かないようにしよう。


「それで、ミヤビ様はどちらに向かわれる予定ですか? この先に用はないと思いますが」


「実は……来た道を戻って風呂場に行こうと思ってたんですけど、迷子なんですよね。アリーシャさんが見つかってよかったです」


 ハハハッと誤魔化してはみるものの、アリーシャさんに呆れ顔をされてしまった。


 職務中にメイドの彼女がこういう表情を見せるのは、それだけ俺に心を開いてくれている証拠だと思う。迷子属性が好印象を与えているわけではないし、情けないとは思うけど。


「それでこちらに来られた、というわけですね。この先は女性専用の更衣室やメイド用の控え室があるだけですので、あまり男性は来られません。私以外のメイドと遭遇していれば、警戒されていたと思いますよ」


「最初から他のメイドさんに案内をお願いするべきでしたね。自分を信じて行けると思ったことが間違いでした」


「ミヤビ様は迷子になりやすい、そう覚えておきます。ご案内しますから、ついてきてください」


 なかなか恥ずかしい情報を覚えられたなーと思いつつ、俺はアリーシャさんの隣を歩き始める。


「ところで、今後はどうされるおつもりですか?」


「中途半端になりますけど、高原都市の建設は他のクラフターたちに任せて、仮拠点に戻ろうと思います」


「その方がいいかもしれませんね。ミヤビ様が作製するものは、圧倒されすぎてしまいます。クラフターの皆さんが作られたログハウスでさえ、国王様が驚かれていらっしゃいましたから」


「今まで自由に作れなかった反動で、クラフターたちも気合いが入り過ぎた感じですかね。自分で思い描いたものが作れるようになって、みんな今が一番楽しいと思いますよ」


 あの時みんなに声をかけて、国王様が一晩過ごす家を作ったのは、正解だったな。出来栄えの良いログハウスを作製して、クラフターたちも自信に繋がったと思う。


「一番楽しそうに建築されていたのは、ミヤビ様でしたけどね。圧倒されすぎて誰も気づいていませんが、街道整備の依頼で教会を建設するのは不自然です」


「クレス王子に作れと言われた気がして、勢いでやっちゃったんですよね。誰か管理してくれる人がいなければ、壊してもらえばいいかなーって」


「壊せないほど神聖なものを作られても困りますよ。下手なことをすれば罰が当たりそうですし、架け橋と同様に騎士が管理する方向で動くと思います」


 貴族の結婚式で使えるなら、それなりの利益は出ると思うし、けっこういいと思うんだよな。クラフターが作ったとなれば、庶民も使いやすくて、新婚旅行気分で来てもらえるかもしれない。最初に使うのは、クレス王子とシフォンさんであってほしいけど。


 こうしてアリーシャさんと二人でノルベール高原のことを話していると、王都に帰ってきたことも影響しているのか、妙にしんみりとしてしまう。大きな仕事をやり遂げたと、実感するから。


 似たようなことを考えていたのか、アリーシャさんもどことなく寂しそうな表情をしていた。


「短い期間でしたが、今回の依頼は内容が濃く、とても思い出深いものになりましたね」


 この世界で初めて大きな建築物を作る仕事に関わることができたし、俺もクラフターとして、大きな一歩を踏み出せたかな。これから何十年、何百年と残り続けるあの架け橋は、多くの人々が利用することになって、国を発展させてくれる。その未来を思い描いただけでも嬉しくなるよ。


 この世界で暮らすクラフターたちが幸せに過ごすためにも、みんなには頑張ってほしい。


「私は今までと同じ生活に戻るだけですが……、寂しくなりますね」


「そうですね。今回は大勢の人と関わりを持ちましたし、毎日賑やかでしたから」


「最初は随分と暗い印象があったクラフターの皆さんも、今ではスッカリ元気になられました。近くで見てきた私にはよくわかりますが、ミヤビ様の影響はとても大きくて……、本当に素敵だと思いましたよ」


 ドキッと俺の鼓動が加速するなか、顔を赤くしたアリーシャさんが立ち止まる。


「少々変なことをお聞きしますが、リズ様とはどのような関係ですか? パーティメンバー以外にも、何かあったり……とか」


「ど、どのようなと聞かれましても、親子関係に近い……みたいですね。寝過ごしたリズを起こしに行くと、お父さんって呼ばれるんですよ」


「そ、そうですか。親子関係に近い、ですか。リズ様もそうおっしゃってましたし、本当に、そういう関係なんですね」


「変、ですかね」


「いえ、おかしいとは思いません。あの、このようなことをお伝えするのは、個人的にとても恥ずかしいですし、ミヤビ様も困惑されるかもしれませんが……」


 両手をギュッと強く握り締めるアリーシャさんは、まっすぐ俺の瞳を見つめてくる。決して目線を逸らすことなく、ただまっすぐと。





「私も親子関係になりたいです。パパとお呼びしてもよろしいですか?」





 想像していた斜め上からの告白をされて、俺の動揺は違う意味で止まらない。それは確かに恥ずかしいことだし、間違いなく困惑してしまう。


 ……えっ!! 今までの展開は、正式なパパルートに入るためのイベントだったんですか!? 本格的な驚きが少し遅れてやってくるほどには、頭で理解できませんよ!


「ごめんなさい。リズにも呼び名はミヤビでお願いしていますし、本当の親子ではないので」


「そうですか、とても残念です。私もパパっ子でしたし、たまにパパと呼びそうになる時がありますから、リズ様の気持ちはわかります。男性とパパとの間の存在と言いますか、六割方パパと言いますか……」


 四捨五入したら、認識がパパになるじゃん。正式にパパのお願いをされたのは、生まれて初めてだよ。いや、普通に愛の告白をされても困るけど。


 なんだかんだで、気になるやつがいるし……。


 アリーシャさんのパパ告白イベントが終わると、俺たちは歩くことを再開。一時的に変な展開になったものの、互いに心の距離が開くこともなく、そのまま風呂場に到着した。


 すると、風呂場の前でクラフターたちが集まっていて、様子がおかしいことに気づく。俺が離れて一時間は経過しているのに、誰も風呂に入った気配がなく、挙動不審のままなんだ。


 アリーシャさんと顔を合わせて首を傾げていると、一人のクラフターが近寄ってきた。俺の顔色を伺うように低姿勢でヘコヘコとしている。


「隊長より先に入るのは、悪いかなって……」


 お前ら、良い奴等じゃねえか!! 打ち解けきれてないと思ってたけど、くっ……泣かせやがって!


 この日、俺はようやくクラフターたちと本当に仲良くなれた気がする。目から溢れ出てくる友情は、頭を洗って誤魔化すことにした。

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