第108話:なんじゃこりゃ~~~!! ―ロック国王陛下視点―

 ―― ロック国王陛下視点 ――


 話し合いをしていた教会を離れ、食事を取るためにシフォンと一緒にメイドの後をついていくと、珍しい建築物に案内された。


 エルフが好むと言われる異国の文化で、丸太を積み上げて構築される、ログハウスと呼ばれるものだ。


 他国の貴族の間で話題になったことがあり、人付き合いでピリピリした心を鎮めると言われる、癒し空間。この国の家屋とは造りが異なるため、興味はあったのだが。まさか野営地で体験することになるとは。


 しかし、先ほどはこのような建物を見なかった気がするが……気のせいか?


 僅かな違和感を覚えながらも、ログハウス内に案内されると、予想外の光景が目に飛び込んできた。


 シャンデリアをモチーフにした豪勢なランタンが室内を照らし、共鳴するかのように床が温かみのある光を反射する。緑色のカーテンはグラデーションになっていて、森の木々を連想させるだけでなく、ログハウス全体が木で作られているため、自然の香りが鼻に抜けていく。食器棚一つにしても、木目がデザインのように生かされ、ログハウスとマッチしていた。


 そして、野営先の食事など狼狽えるほどのことではない……はずなのだが、テーブルに並べられた料理の数々を見て、俺の心に動揺が走り、思わず駆け寄った。


 色合い、香り、見た目……全てにおいて、初めて見るものばかり。まだ即位して間もないとはいえ、国王である俺がこの国の料理を知らないはずはない。が、視界に入る光景がそれを否定する。


「ロック様。この場にはわたくしとアリーシャしかおりませんし、感情を押し殺さなくてもけっこうですよ」


 いつの間にか腰を掛けていたシフォンに戸惑いながらも、向かい合うように椅子に腰を掛ける。


「素直に問おう。いったい何が起きている? あの巨大な架け橋を見て以降、目に映し出されるものが非現実的すぎるぞ」


 ここで見た光景を思い出すだけで頭痛がして、俺は思わず額に手を添えた。


 どれほど大勢の人間が通ることを考慮して作られたのかわからない巨大な架け橋が、脳裏に焼き付いている。周囲の風景には全く馴染んでいなかったし、架け橋が時空を超えてやって来たのではないかと思えるほど、異彩を放っていた。


 考えないようにしていたが、隣に建築された教会も謎だ。外観だけでも受け入れられなかったが、内装に至っては、もはや神秘的な空間すぎる。神々が建築したのではないかと思われるほど、神聖な教会だったぞ。


 そんな不思議な光景を短時間のうちに何度も目の当たりにして、冷静でいられるはずがない。


「ミヤビ様に依頼をお願いしましたから、あれくらいが普通だと思います。それより、冷めないうちにいただきましょう。今後については、生産ギルドにも大きく関与しますので、慎重に話し合うべきだと思います」


 そう言ったシフォンは、手前のスープに手を付けた。黒い液体から細長い棒状のようなものを取り出し、ズルルルルルッとすすっている。


「久しぶりの醤油ラーメンはおいしいですね。このテーブルに置かれているのは、すべてアリーシャと副料理長で再現できたのですか?」


「提供できる状態に達した料理だけを作り、用意させていただきました。ラーメンに至っては、私が麺を担当させていただきましたが、スープは副料理長が担当しております。かなり難しいみたいで、まだ改良の余地があるとのことです」


「十分においしいと思いますが、副料理長も思うところがあるのでしょう。ミヤビ様が作ったものを知っている身としては、物足りない気持ちもわかります」


 おいしそうな笑みを浮かべてシフォンは食べ進めているが、品がない。音を立てて食事をするなど、貴族としてはあり得ないことだが……たまにはいいかもしれないな。


 あんな巨大な架け橋を見て、俺はおかしくなってしまったんだろう。食欲をそそる香りを放っているが、暗黒色のスープに浸るものに魅力を感じるなど、あり得ないことだ。透き通るような澄んだスープがおいしいというのは常識で――。


 ズルルルルルッ


 なんじゃこりゃ~~~~~!!!!!!


 今まで食べたことがない風味とコクをあわせ持つ塩味に、モチッとした独特な食感が新鮮だ。非常に食べやすく、喉にスーッと流れていくと、口全体に鳥の風味がうっすらと拡散されていることに気づく。もっと体が欲しているかのように、口内に唾液が分泌されるのは……、この暗黒スープの影響か!


 スプーンでスープをすくい、口元にスーッと流し込むと……味が濃い! 暗黒色のスープに脂が浮いているにもかかわらず、不思議と重くなく、爽やかな印象を受ける。さらに、強烈な鳥の風味が口内に纏わりつき、いつまでも余韻が残り続けていた。


 そこへ、薄く切られたオーク肉を口の中へ放り込むと、味覚が異空間へと転移してしまう。


 煮込んだ野菜よりも柔らかいオーク肉など、初めてだ。オーク肉の旨味にスープが沁み込み、コッテリした脂身を感じさせない、計算されつくした絶妙な味わいになっている。濃厚なオーク肉の脂身が口内に留まり、ついスープを求めてしまうのが、ラーメンという料理の恐ろしいところかもしれない。


「お嬢様。ラーメンばかり食べられていては、試食になりません」


「それもそうですね。では、次は相性の良い餃子をいただきましょう」


 次の料理に箸を運ぶシフォンを見て、俺は追従する。同じタイミングで食べなければ、二人の視線がこっちに集まり、恥を晒しかねん。


 ましてや、義妹になるシフォンの前で無様な姿を晒すなど、クレスに悪い。誰も見ていない身内の会合のようなものでも、一人の兄として、動揺する姿など晒してなるものか!


「うーん……。芳ばしい印象が薄いので、もう少し焼いた方が良さそうですね。ミヤビ様の餃子は、もっと焼き色がついていた気がします」


 バカな! 餃子を噛んだ瞬間、凝縮された旨味がほとばしるだろう! 具材と皮の絶妙なバランスで一体感を出し、肉汁というスープが野菜の旨味と一緒に溢れ出してくる。


「んっ! から揚げという新作料理は癖になりますね。実用化できれば、騎士たちの人気を集めると思います」


 なにっ!? 鶏肉だけで肉汁が溢れ出すだと!? 独特なサクサク食感が芳ばしく、鶏の味わいが強烈に主張してくる。見た目のインパクトにも負けないこの肉料理は、騎士の騒ぎだけで収まるはずがない。冒険者が宿舎で騒ぐ未来が見える!


「照り焼きチキンサンドは、遠征の食事にすると喜ばれそうですね。片手でも食べられますし、手早くておいしいというのは、魅力的なポイントになると思います」


 ほぉ……これはまた趣向が違い、心が落ち着く味だな。同じ食材を使っているとは思えないほど、から揚げとは味が違う。優しい味付けと鶏肉の旨味がマッチして、シャキシャキッと新鮮なレタスでサッパリとする。そこへ、挟んでいたパンが中和するように合わさり、うまくまとめられていた。


 一見、子供っぽい味付けの料理に思えるが、奥が深い。男女問わず万人受けすると言っても、過言ではないだろう。今は書類整理の業務が蓄積しているし、俺が夜食で食べたいと思うほどだ。


「ロック様? 先ほどから無言で食べられていますが、大丈夫ですか?」


 ハッと気づいた時には、もう遅い。動揺を隠すことに必死で、会話することを忘れてしまっていた。


「無論だ。狼狽えるほどのことではない」


「義妹に強がらなくても大丈夫ですよ。国王に即位されたとはいえ、昔はクレスと一緒に遊んだ仲ではありませんか。兄弟姉妹がいない私にとっては、幼い頃から兄のような存在ですし、考えていることくらいはわかります」


 そう思うなら、もっと義兄を立てろ! クレスと婚約できるように、裏で動いてやったことくらいわかってるだろ!


「なかなか味わい深い料理の数々だが、クラフターの中に異国の者がいるのか? ログハウスから料理まで、この国では見たことがないものばかりだ」


 俺の質問を待っていたかのような不敵な笑みを浮かべたシフォンは、箸をおいた。口元をハンカチで拭き、グラスに入った水を飲むと、表情を引き締めて見つめてくる。


「停滞していた時間が流れ始めた、というべきでしょうか。こちらはすべて、クラフト料理を基に作られたものです。貴族から庶民まで、多大なる恩恵を与えるスキルに変化し始めたいま、高原都市の建設は大きな役割を持つと思います」


 どうりで見たことがない料理ばかりが並ぶはずだ。器用貧乏と言われていたクラフトスキルが、ここに来て変化しているとは。やはり、王族であるクレスが生産職に生まれたのは、大きな意味があったに違いない。


 世界中から注目を浴びるほどの、大きな意味が……。


「興味深い話だな。クレスが魔法学園に入学を決意してから、何かが動き始めたとは思っていたが、きっかけは先ほどの男か。現状の分かりうる情報だけで構わない。今まで見てきた新しいクラフトスキルについて、すべて話せ」


 この日、シフォンの話を聞いた俺の頭は、パンクした。

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