第107話:国王様との話し合い

 国王様に呼び出された俺は、教会の一室に訪れて、椅子に腰かけていた。この場所は新郎新婦の控え室であり、話し合いで使うような場所ではないんだが……。


「弟が世話になったな」


 面接試験のような重い雰囲気を漂わせて、机の向かい側に国王様が座っている。


 何も悪いことしたつもりはないけど、どことなく目線を外したくなるくらいには、国王様の目力が強い。さすがに一国の王なだけあって、オーラが違うよ。


 新郎新婦の控え室で思うことじゃないけど。


 そんな奇妙な状況のなか、国王様の隣にシフォンさんがいてくれるのは、非常にありがたい。護衛騎士がデートに同行していた影響か、クレス王子と一緒に教会内をサッと見学した後、同席してくれていた。


 ちょっと可哀想な気もするけど、助け舟を出してくれる人がいないと、この状況は厳しい。飴と鞭みたいな両極端な視線を浴びているからね。


「こちらこそ、クレス王子には良くしていただいております」


 失礼のないように丁寧な対応を心掛けて会釈すると、国王様が大きなため息を吐いた。


「そのような上辺だけの挨拶は不要だ。今回は非公式の場であるため、気遣いなどいらん。余程のことがない限りは不問にする」


 社会人を経験してきた身としては、危険な発言はしないと思う。でも、相手は国王様だ。どれくらいのレベルで対応したら適正なのか、まったく判断ができない。


 早速、チラッとシフォンさんを見て、助言をいただく作戦に出る。


「身内の話し合いにお呼びしたようなものですから、いつも通り過ごしていただければ構いませんよ。明らかな敵意があった場合は、それなりの対応をすると思ってください」


 だいぶシフォンさんも緩い雰囲気だし、普通に接しても問題はなさそうだ。


「お言葉に甘えようとは思いますけど、どうして俺が呼ばれたんでしょうか?」


「思い当たる節がない、とでも言うつもりか? 聞きたいことは山ほどあるぞ」


「なんとなくわかるんですけど、パーティメンバーからも非常識だと怒られるので、期待に応えられるかはわかりません。個人的には、シフォンさんとクレス王子に聞いていただいた方がわかりやすいと思いますが」


「弟以外のクラフターと話す機会など存在しない。ただの興味本位だ」


 国王様の目力が強すぎる影響か、とにかく圧がすごくて、刑事さんに追い詰められているような気持ちになる。別に逃げたいわけではないけど、クラフトスキルについては、この世界の住人と価値観が違いすぎて困るんだよなー。


 特に初めて出会う人だと、分かり合えそうにない。シフォンさんがフォローしてくれれば、大丈夫だとは思うけど……。


「ロック様はこうおっしゃってますが、クレスが作ったものを見たいと、ここまで無理やり来ています。純粋にミヤビ様が気になるだけだと思いますよ。平然としていても、橋のインパクトが頭から離れないんでしょう」


「余計なことは言わなくていい」


 シフォンさんに茶化された国王様は、照れを隠すように口元にグッと力が入る。その反動で目元が緩んでしまったのか、動揺が隠せていないだけなのかわからないけど、力強い目力が失われてしまった。


 国王様とクレス王子は十歳ほど年齢が離れているように見えるけど、兄弟で仲が良いんだな。クレス王子が幼い頃に王位継承権を放棄しているし、変な争いが起きなかったのかもしれないけど。


 でも、照れなくてもいいのに。王族が兄弟で仲良しなんて、滅多にないことだと思う。


 余計な話を吹き飛ばすかのように、ゴホンッ! と大きな咳払いをした国王様は、真剣な表情で俺を見つめてきた。


「王都の近辺に新しい都市を作ろうと画策して、何を考えているか聞かせてもらおう。橋の維持程度であれば、都市を建設する必要はなく、毎月点検するだけでも構わないはずだ」


 その話は待ってほしい。広範囲にわたってノルベール山を整地した後でする話ではないだろう。


 すべての責任をヴァイスさんに押し付ける予定とはいえ、クレス王子とシフォンさんにノルベール山の開拓は許可を取ってもらったはず。


「ロック様。騎士団の派遣要請をした際、好きにやれ、そうおっしゃいましたよね? 忙しそうでしたので、用意しておいた報告書を渡しましたが、ちゃんと目を通されましたか?」


「……まだ即位して間もなく、多忙な日々だ。生産ギルドのいざこざも大事だが、隣国の動きも気になる。九年前の因縁がある以上、信頼できるクレスに任せようとしただけだ」


「わたくしが用意した報告書は見ていなかった、ということでよろしいですね?」


 国王様の確認不足が確定した瞬間である。ぐうの音も出ない、と言わんばかりに口籠くちごもっている。


「俺よりもクレスは聡明な男だ。しかし、あんな巨大な架け橋を短時間で作り上げるなど、予測できん。さっき報告書にも目を通したが、高原都市を作る目的は書かれていなかったはずだぞ」


 だから、俺が呼ばれたのか。国をまとめる王としては、早急に聞きたい案件だったのかもしれない。


 でも、ほとんどがノリと勢いなんだよな。特別に大きな目的があるわけでは……。


「正直なところ、今後の予定は特にありません。クラフターたちが物作りを楽しめる都市があればいいかな、程度にしか思っていませんでした。街の運営に関しては、冒険者に防衛依頼を出して、商業ギルドに商品を販売してもらえれば、問題はないと思います」


「上に立つ人間としては、簡単に許可できるものではない。弟に、好きにやれと許可を出した反面、このようなことを言うのは情けないが、想像を遥かに超える技術だった。一人の兄としては喜びたいが、国王としては頭を抱えている」


「その辺りは、ミヤビ様に詳細を教えていただいた時点で、わたくしがいくつか案をまとめております。高原都市についても、存続させるべきです。最悪、有事の際には前線基地にも切り替えることができますから」


「問題はそこだ。国家として、都市を作らなければならない明確な理由が必要になる。良くも悪くも架け橋の出来栄えを見れば、軍事施設を兼ね備えていると思われるかもしれん。最悪、都市が発展する前に戦争が起こるぞ」


 国王様の言い分は、もっともだな。今回の架け橋と王都の光景を比較しても、明らかに不自然だと感じるほど、近代的な印象を受ける。一国の王都よりも立派な建築物を建てて、普通に生活するとは考えられない。最初から前線基地として作られた、そう考えた方が自然だ。


 でも、実際に戦争が起きるかと言われれば、答えはノーだろう。


「わたくしは大丈夫だと思います。一見、国王様のお考えは正しく聞こえますが、大きな国益を損ねるだけでしょう。商業ギルドと連携することで、隣国との関係も好転するかもしれません」


「俺も同感ですね。商業ギルドとクラフターが手を結ぶのであれば、商業都市かリゾート地を目指した方がいいと思います。王都に滞在する他の生産職にも刺激を与えられますし、王都も活性化しそうです」


 頭にハテナマークが浮かんでいる国王様には悪いけど、ここから先の話はクレス王子とシフォンさんに任せようと思う。国の政治に冒険者である俺が関わるべきじゃない。


 クレス王子もクラフターに対する法整備を進言すると言っていたし、この場所が軍事的な都市にならないと思う。あくまであの橋は、希望への架け橋だから。


 クラフターが作る高原都市は、平和の象徴になると決まっている。


 おそらく、国王様はまだ知らないはずだ。クレス王子が魔法学園で何を学び、どうやって生産ギルドに対抗しようとしていたのか。そして、街道整備だけでは終わることのない、クラフトスキルの可能性を。


 その証拠を見せてくれるかのように、部屋をノックして、アリーシャさんがやって来た。


「失礼します。食事の準備が整いました。少々量が多くなりましたので、御足労いただいてもよろしいでしょうか」


「構わないが、どういうことだ? あまり食材は持ち込んでいないはずだが」


 不敵な笑みを浮かべるシフォンさんを見れば、クラフターであるクレス王子の立場を良くしようと、独断で動いていたことがわかる。あえて、今までクラフト料理のことを報告せずに、架け橋と同時に見せて、衝撃を強く与えようと思っていたんだ。


 ここに、クラフターたちが作り終えたであろう国王様が滞在する家を見せれば、高原都市の許可はアッサリと下りるはず。


 国王様の理解が追い付くかどうかは、別にして。


「好きにやれ、そうおっしゃったのはロック様ですよね。わたくしはベルディーニ家の次期当主として、当然の行動を取ったまでですよ」

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