第93話:生産ギルド、ギオルギ会長

 一週間後、非常識なクラフト計画が完成する頃、王都の南門に到着。貴族が乗車しているため、門兵さんが優先的に手続きをしてくれることになった。


 すっかり定位置となった、アリーシャさんの隣に腰を下ろしながら、俺はその光景を眺めている。


 護衛依頼の初日が終えた後も、俺は御者台で馬車を運転するアリーシャさんの隣に座り続けた。ノルベール山の地形や崖が崩れた場所など、依頼に関わりそうな情報を教えてもらうためだ。


 付き合ってもらったアリーシャさんには、御者台が狭い分、迷惑かけた部分もあっただろう。でも、快く迎え入れてくれて、かなり仲良くなれた気がする。


 メイドらしく丁寧に話してくれることが多いけど、たまに口調が崩れて素に戻るときがあったり、屈託のない笑顔を向けてくれたりして、とても楽しいドライブデートだったよ。もう少し王都が遠かったらいいのに、と思ってしまうくらいに。


 王都の門を通り抜け、青春の終わりを感じながら街を眺めていると、言い合いをするような声が聞こえてくる。その声の方に馬車が進んでいくと、大きな建物の前で十数人の男女が騒いでいた。視線を上げると、大きな看板に鉄床かなとことハンマーの絵が描かれていて、こう書かれている。


 生産ギルド、と。


 見過ごせない状況だったのか、目的地の一つだったのかはわからない。でも、アリーシャさんは馬車を止めた。


「生産ギルドに除名されたクラフターたちが、抗議を続けているのでしょう。ヴァイス様が見捨てるはずはないと信じて、依頼を渡しに向かったクレス王子の帰りを待っているのです。いまは悪い夢を見ているだけ、そう信じたいのかもしれません」


 アリーシャさんが言いたいことはわかるけど、思ったよりも人数が少ないな。王都ほど大きな街で、十数人しか抗議に参加しないなんて。


 もしかしたら、クラフターとして生きられないと悟り、他の仕事に切り替えた人が多いのかもしれない。抗議をしているクラフターは、不遇扱いされたとしても、物作りをして生きたい人たちなんだろう。


 生産ギルドの職員がクラフターたちを必死になだめていると、一人のおじいちゃんが外に出てきた。


 数週間前、ヴァイスさんと言い争っていた白髪のおじいさんだ。嫌そうな顔をしているし、クラフターを追い出そうとしているのは、この人で間違いない。


「毎日しつこい連中だな。何度来ようとも考えは変わらぬ。王都を中心にして、この国の生産ギルドは徐々に街道整備から撤退する。今後も同じ仕事がやりたければ、自分たちで国と掛け合ってくれ。ワシらが率いて補修作業を行うには、もう限界なのだよ」


 この国の生産ギルド、そう言ったな。生産ギルドという組織が世界規模で展開されていても、国ごとで運営者の意向が異なるのかもしれない。それなら、今のところクラフターの除名が行われたのは、この王都だけだ。


 仮に他国へ移動したとしても、一度でも除名処分が下されれば、再登録できるとは思えない。だから、物作りの仕事に携わりたいクラフターたちは抗議しているんだと思う。


「ギオルギ会長! 何も除名する必要はないじゃないですか。俺たちだって簡単な修理依頼はできるし、日用品くらいならクラフトできます」


 抗議者の男性に、ギオルギ会長と呼ばれたおじいさんは、大きなため息を吐いた。周りからは「そうだ、そうだ」と、抗議する男性を後押しするような言葉が聞こえてくる。


「君たちはそれでいいかもしれんが、生産ギルドに利益はない。クラフターは多くの素材を消費して粗悪品を作製し、修正作業でまた素材を消費する。限りある資源を無駄遣いされては、他の生産職に迷惑だ。この中に、品質の良いアイテムを納品して、生産ギルドに貢献してくれた人はいたのかね?」


 一気にシーンとするクラフターたちは、思い当たる節があるんだろう。街道や防壁の修理業務に携わり、生産ギルドに貢献してきたという思いがあっても、生産職らしい功績やアイテムを残した、という思いはないんだと思う。


「師がいない鍛冶師や裁縫師の見習いが受けられる簡単な依頼を、クラフター共に食い潰されては、我々も頭を悩ませるところだ。今までは、街道整備という大きな仕事をこなしてきた君たちの活躍があったため、黙認されてきただけにすぎない」


「じゃあ、俺たちはどうしたらいいですか! 急に職がなくなったら、生きていけるはずがない!」


「クラフターという人種は、頭まで粗悪品なのかね? 国と交渉するなり、他の仕事に就くなり、冒険者になるなり、生きる方法はいくらでもある。わざわざ生産ギルドが、貴様らの我が儘に付き合う必要はないのだよ。それとも、尻尾を巻いて女に逃げた、崩れかけの架け橋にでも頼るかね」


 その言葉を向けられた先には、馬車から下りたクレス王子がいる。九年前にクラフターの除名を邪魔した人物、そう思われているのは間違いない。


 互いに因縁を持った相手だとわかるくらいには、二人の鋭い視線がぶつかっていた。

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