第94話:響かない言葉
クレス王子が生産ギルドに近づいていくと同時に、クラフターたちが駆け寄ってくる。
「何とか言ってくれよ、クレス」
「ヴァイス様は見捨てないよね?」
「私たちはクレスくんを信じてるから」
クラフターたちは希望にすがるような目をしているが……、彼らが求める言葉を、クレス王子は持っていない。
「みんなの気持ちはわかるよ。でも、もう僕たちには生産ギルドに居場所がないんだ。代わりに商業ギルドに在籍させてもらえないか、ヴァイス様にお願いして、交渉してもらっている。今までと同じ仕事ができるとは限らないけど、クラフターとして生きていくなら、この厳しい現実を受け入れよう」
言葉を失うクラフターたちに対して、ギオルギ会長はニヤリと口を歪めた。
「今度は捨てるものが見当たらなかったのかね、クレス第三王子」
「九年という長い時間をいただけて、ギオルギ会長の心の広さには脱帽しますよ。おかげで、僕は決心することができた」
力強い瞳でギオルギ会長を見つめた後、クレス王子は大きく息を吸う。
「明日の早朝、僕は西門から出発して、ノルベール山の街道補修工事を始める。生産ギルドの協力を得ず、ヴァイス様と関りの深い仲間と共に、クラフターだけでやり遂げたい。商業ギルドにクラフターの有用性を示すためにも、協力してくれる人を募集する」
クレス王子の言葉は、クラフターたちに聞こえていたと思う。しかし、現実を突き付けられたばかりのクラフターたちの心には、まったく響かなかった。
ヴァイスさんもいない。生産ギルドも他の鍛冶師のバックアップもない。絶対にできないと断言できる作業に同意を求められても、安易に首を縦に振れるはずもなかった。
「フハハハハ、有用性を示せるほどのクラフターなど、この世にいるはずがない! 役立たず共が集まったところで、ノルベール山の土砂崩れに巻き込まれて終わるだけ。いっそのこと、その方が幸せかもしれないがな」
それだけ言い残すと、ギオルギ会長がギルドの中へ入っていく。最初にクラフターをなだめていた生産ギルドの職員も、申し訳なさそうな顔をして、中へ入っていった。
完全に決別する形になってしまったけど、こればかりは仕方ない。元々、俺たちは生産ギルドを説得しに来たわけじゃないんだ。街道整備をやり遂げ、クラフターたちの未来をつかむためにやって来たから。ヴァイスさんが商業ギルドに交渉してくれてるなら、今より扱いが悪くなることもないと思う。
しかし、詳しい事情がわからないクラフターたちは、取り乱してしまうわけであって……。
「クレス、寝ぼけてないよな?」
「ヴァイス様がいてくれても、半年以上はかかる過酷な作業だよ」
「私たちだけじゃ無理だって、クレスくんもわかるでしょ」
騒然としたクラフターたちがクレス王子に詰め寄ろうとした瞬間、護衛騎士が妨害するために割り込もうと動き出す。が、クレス王子は心配いらないと言わんばかりに、それを手で制した。
そして、ポケットに入れていた一枚の紙を取り出して、バッと広げてクラフターたちに見せる。それは、俺が書いた非常識なクラフト計画で作る完成予想図だ。
今回の大規模な雪崩を受けて、街道が危険な山道と認識されたのは間違いない。元通りに街道を復旧したとしても、通行人は激減するだろう。また同じことが起きるのも、目に見えている。それでも、国の繁栄に関わるほど重要な街道であるため、復旧工事をしなければならない。
それならば、いっそのこと壊れやすい街道は壊してしまえばいい。街道を作らなければ通れないなんて理屈は、クラフターには通用しないんだから。
「明日から一週間かけて、ノルベール山を整地し、街道の代わりに大きな架け橋を掛ける。クラフターの明るい未来に繋がる架け橋を、僕たちの手で掛けるんだ!」
俺の考え抜いた非常識なクラフト計画は、山を丸ごと採取して、高原に人工的なクラフト都市を開拓。そこから大きな架け橋を掛けることで、防塞拠点にもできる寸法だ。
九年前に『希望への架け橋』と呼ばれたクレス王子が、本物の架け橋を作るほど、最高のサクセスストーリーはないと思う。見た目で大きなインパクトも与えられるため、王族を象徴する建築物としても相応しい。
当然、そんなことを急に言われ、完成図の架け橋だけを見せられても、普通は夢物語にしか聞こえないだろう。しかし、クラフターたちは心のどこかで期待しているのも、事実だ。
生産ギルドを除名されても物作りをしたいと思い続け、悪い噂が流れてもクレス王子を信じている彼らに、いま救いの手を差し伸べよう。根こそぎミスリル鉱石を掘るという貪欲な思いが溢れる、悪魔のような人間がな!
馬車を飛び降りた俺は、非常識の世界へ彼らを導くために、インベントリから大量の原木を取り出す。
街中でいきなり目の前に原木がどどどどーん! と現れたら、心配や不安なんていう感情は消え失せるだろう。クラフターたちの現在の感情は、『は?』であり、『なんかおかしいやつがいる』という思いでいっぱいだ。
「材料はあるぞ。みんなで、橋、作るか?」
勢いに飲み込まれたクラフターたちは、少し間が開いた後、なんとなく首を縦に振るのだった。
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