第83話:静かに怒るエレノアさん
ヴァイスさんの一言で落ち込んだリズが、昼ごはんを控え目に食べ終えると、大きな声でこう言った。
Aランク冒険者になるためには、ここで立ち止まるわけにはいかないわ! と。
表向きな理由は立派だが、『グウタラ生活の影響で太ったから、ダイエットのために依頼を受けたい』という、運動不足の中年男性みたいな悩みを持つのは間違いない。体重の話題は女の子に対する最大の地雷だと知っているため、気づいてない振りをするけど。
この地雷を踏めば、パーティにとんでもない亀裂が入るし、依頼にソッと付き合うのが吉。数日前に雪遊びで動きまくっていたとはいえ、さすがに一日で痩せるのは難しいよな。
そんなこんなで冒険者ギルドにたどり着くと、ちょうどギルド職員さんが一枚の依頼を掲示板に貼ったところだった。内容を確認してみると、『緊急:スノーバードの群れの討伐依頼』と書かれている。
場所は街から一時間ほど離れた街道で、依頼報酬が金貨二十枚。確認したスノーバードは三十体か。他の依頼と比べても、緊急性が高いわりには報酬が安いから、あまり危険な依頼ではないんだろう。
「ミヤビ、スノーバードの討伐依頼はどうかな?」
「いいな、羽毛が欲しい」
「私は肉が欲しい。よし、これにしよう」
痩せる気があるのかないのかわからないリズが、依頼の紙をベリッと剥がし、一緒にエレノアさんの元へ持っていく。
「私たち、今日からまた依頼を受けようと思います」
依頼書と冒険者カードを凛々しい表情で差し出すリズは、大きな決意が見られる。まるで、ダイエットの宣言をしないと始められない人みたいだ。
「冒険者ギルドとしては、ありがたい限りです。依頼は、北の街道に出現したスノーバードの討伐ですね。先ほど救援依頼を受けた冒険者たちの連絡係が帰還して、発生した依頼になります。こちらは明日までに討伐していただければ、問題はありません」
「そこまで急がないなら、物資に被害が出ないように、救援者たちは迂回して進む形を取ったのかな。雪が残る街道や平原で戦うのは避けたいし、討伐隊を待つほどの障害じゃないと思いますから」
「おっしゃる通りです。ところで、依頼書に書かれている通り、三十体ものスノーバードを確認していますが、二人だけで依頼を受けても大丈夫ですか? 冒険者ギルドとしては、魔法使いと弓使いが二名を含む、四名以上の冒険者パーティを推奨していますが」
外を飛ぶ魔物を撃ち落とす必要があると考えれば、遠距離攻撃を持つ職が攻撃して、それを護衛する人が必要だろう。魔物が三十体もいるようなら、人手は多い方が安全だ。
「大丈夫です。ミヤビがいるんで」
戦えないサポーターを戦闘職にカウントしないでくれ。頑張って投擲ナイフを投げたとしても、さすがに鳥には当たらないと思うぞ。
「いや、俺はスノーバードなんて見たことないけど、本当に大丈夫か? 久しぶりの討伐依頼で、三十体もいるんだぞ」
「大丈夫だよ。鳥系の魔物は得意なの。ミヤビがいてくれたら、もっと楽に討伐できると思うんだよね」
ダメだ、無駄に信用されすぎていて、完全に戦闘職扱いになっている。最悪、地面の下に逃げる形で対処するとしよう。
「リズちゃんが言い切るのであれば、きっと大丈夫なのでしょう。それは別にして、二人のことですから、新鮮な鳥肉を食べたいとか、クラフトで羽毛が使えるとか、不純な理由で受けるはずがないと思いますし、このまま依頼処理をさせていただきますね。私は、森に棲む魔物の討伐依頼が素敵だと思いますが」
目が笑っていないエレノアさんの不敵な笑みを見て、俺は悟った。
以前に、パーティを解散しないためには、実績を作った方がいいと言っていたはずだ。長期間にわたって依頼を受けていない分、冒険者としての実績が必要になってきたに違いない。休んで英気を養っていた分、難しい依頼に挑戦してほしかったのが本音だろう。
そんなことを知らないリズは、恐ろしいほど真顔になっているが。さすがに可哀想なので、助け舟を出すとするか。
「リズ、明日は森に行こうって話してたよな」
「……うん。森の魔物討伐、私、大好きだし」
木で魔法が妨害されるから、本当は苦手だと思うけど。
「まあっ! それでしたら、明日の依頼は私が厳選しておきますね」
キラキラと輝くエレノアさんの笑顔に見送られ、俺とリズは冒険者ギルドを後にするのだった。明日からの依頼はダイエットに効きそうだな、と思いながら。
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