第77話:不遇職

 作業部屋の椅子に腰を掛けると、予想以上にしゅーんっと落ち込んでしまったカレンが、【ハンドクラフト】で手袋の修正を始めた。向かい合う場所に椅子を取り出し、俺はセーターに付与魔法を施す。


「クラフトスキルでアイテムを作るときは、いつもハンドクラフトで手直ししてるのか?」


「多かれ少なかれ、修正は必須なのです。手袋みたいな左右セットで作るアイテムは、同じサイズになったことがありません」


 確かにカレンがクラフトした手袋は、左右で大きさが違う。でも、ハンドクラフトの作業は手慣れていて、どんどんと修正されていく。毛糸を自由自在に操る技術が巧みで、俺より器用かもしれない。


 毎回クラフトしたアイテムを修正していたら、修理業務はうまくなるはずだ。付与魔術もヴァイスさんが認めるほどだし、今まで頑張ってクラフトを続けてきたんだろう。


「クラフトで作るベース部分が悪いと知っていたら、修正したとしても、やっぱり商品の価値は下がるよな」


「最初からハンドクラフトで手作りしたとしても、鍛冶スキルの方が仕上がりも使い心地もいいのです。安く手に入れたい庶民用の家具しか作れない割に、手間暇がかかりすぎるのです」


 簡易的な机や椅子なら手作りしやすいけど、ガラス扉付きの食器棚やタンスみたいな家具を手作りしようとしたら、ハンドクラフトだと難しい。あくまで、手で作れるほどの小さなアイテムを作るスキルだから。


 それに【ハンドクラフト】は初期スキル扱いで、経験値がほとんど入らない。クラフトスキルのレベルが上がらず、カレンが手袋作りでつまずくのも、ごく自然のことだ。


「需要は大きいのに、頑張って手作りしたとしても、安く買い叩かれてしまうのか。土台をパッと作れるクラフトスキルのイメージが先行すれば、クラフターの依頼料が安く見積もられても不思議じゃない」


「はいなのです。本当は修正作業に時間がかかるし、小さいインベントリでやりくりするため、建築作業もブロックをポンポンと取り出せません。でも、力仕事がない分、楽だと思われてしまうのです」


「意外にブロック系のアイテムは、体積が大きくて場所を取る。建築作業もあちこちに素材を取りにいかないと、満足にできないよな。でも、カレンはヴァイスさんの店で付与魔術の業務をしてるなら、金には困ってないんだろう?」


 ちょうど手袋の修正作業が終わったカレンは、申し訳なさそうな笑みを作った後、作業台の前まで歩いていった。


「恥ずかしいのですが、貴族でもないのにアクセサリーが好きで、宝石に目がないのです。うまく付与魔術を施すと宝石の輝き方が変わるから、ヴァイス様の元で頑張って勉強してました、えへへへ」


 作業台の上にジャラジャラと取り出されたのは、部屋に入る太陽光で輝く宝石の数々。大きさも種類もバラバラだが、この世界でも高価なのは間違いないだろう。


「女の子が小物やアクセサリーに興味を持つのは、普通のことだと思うぞ。恥ずかしがることはない。ヴァイスさんもそれを知った上で、仕事を与えてくれてたんだろう?」


「ヴァイス様は応援してくれてて、お世話になっているのです。最近はハードな業務ばかり回されるので、やめてもらいたいのですけど。せめて、ドラゴン素材はヴァイス様がやるべきだと思うのです」


 俺も同意見だが、カレンの成長に必要だと思ったら、ヴァイスさんは間違いなくやらせてくると思うぞ。頑張ろうとする生産職を応援してくれるようなドワーフだからな。


「ドラゴンを素材にした武器を修理できるなら、宝石を加工してアクセサリーを作れると思うんだが……、カレンは付けてないよな。自分で作りたくて買い集めてるはずなのに、ハンドクラフトした形跡が一つもないぞ」


「私も作りたいと思っているのですが、宝石の加工は感触が違って、何度やっても失敗してしまうのです。でも、宝石の付いたアクセサリーを作る夢が諦められなくて……。装飾師さんに聞いてもクラフターとは作り方が違うから、詳しい原因がわからないのです」


 ああー……なるほどな。装飾師がいれば、貧乏になりやすいクラフターが手を出す領域じゃなくて、情報が出回ってないんだな。一部の高価な素材は特殊設定があって、普通にハンドクラフトをすると砕け散る設定があるはずだ。


「付与魔法と同じ要領で無属性の魔力を浸透させると、宝石みたいな割れやすい素材は保護される。今のカレンなら、普通に加工できるんじゃないか?」


「ふぇ? ほ、本当なのですか!?」


「責任は取れないけど、宝石はガラスと同じ扱いに分類されるはずだし、ガラスで実験してみるか。ちょっとかまどに火をつけるぞ」


 期待に満ちた目でカレンが見つめてくるなか、俺はかまどに入れておいた薪に火魔法を付与して、火を付ける。かまどの起動を確認した後、インベントリにある砂を使い、ガラスの塊をどーんっ! と作り出した。


「師匠、自然とやってますけど、普通はクラフターがかまどに火をつけられないのです。そもそも、自分の作業台を持つクラフターは多いのですが、自分のかまどを持つクラフターはいません。私も使う必要があれば、ヴァイス様の鍛冶屋で借りてるのです」


 何だと!? クラフターの必須アイテムとも言えるかまどを、所持していない!? こんなことで非常識みたいな扱いをされるなんて、夢にも思わなかったぞ。


 でも、戦闘職と生産職が使う魔力は違うとリズが言ってたから、カレンの言い分には納得ができる。小さなインベントリに自分だけで使えないかまどを入れて持ち運ぶなんて、普通はおかしい。


「付与魔法を自由自在に扱えたら、カレンもできるようになるよ。それで、少し変なことを聞くと思うんだが、作業台とかまどを使った時って、クラフト作業に違和感を覚えないか?」


「当たり前なのです。本来は、鍛冶スキルの領域なのですから。魔力が不安定になりやすく、素材が無駄になることが多いので、どうしても自分で作る必要があるときだけ使うのです」


 じゃあ、かまどを使ったクラフト作業は経験が少なく、経験値が入っていないと推測できるな。カレンが付与魔法でバテやすいのも、魔力消費を節約するスキルを覚えていないからだ。


「でも、鍛冶師も同じ生産職で魔法は使えないだろ? それなのに、どうして鍛冶スキルの領域だと断言できるんだ?」


「ヴァイス様が言ってましたけど、鍛冶スキル持ちが火と向き合い続けていると、急に火魔法が使えるとわかるときが来るのだそうです。裁縫師は風魔法、装飾師は土魔法を覚える傾向にありますけど、どうしてクラフターだけは覚えないのでしょうね。不遇すぎますよ~」


 大きなため息を吐くカレンの前に立ち、俺はガラスの塊が見えやすくなるように、目の高さに持ち上げた。


 鍛冶師や裁縫師といった専門職とは違い、クラフターは何でも作れる曖昧な職になる。属性魔法が覚えられないだけで、不遇職と判断するのは、まだ早い。魔力操作に長けていて、付与魔法ができると発覚したばかりだ。


 カレンだけで言えば、かまどでクラフト作業を続けるだけでも、クラフト精度が飛躍的に向上するはず。少なくとも、手袋を作る程度の簡単な作業なら、失敗はなくなる。そこまで頑張れば、クラフトの世界が変わり始めるだろう。


 同じクラフターとして、カレンに脚光を浴びせたいと思い始めた俺は、ガラスの塊に魔力を浸透させる。そして、慣れた手つきでガラスの加工をシュバババッ! と高速で行う。たちまちガラスの塊が変化していく姿を見たカレンが、ぽっかーーーん! と大きな口を開けるくらいの、とんでもないスピードで!


 見ておくがいい、カレン。これがVRMMOで『月詠の塔』を作成した際、幻想的な輝きを手に入れようとして、宝石のカット方法を勉強した男の末路だ!


 本来であれば、ダイヤモンドの加工に使う技術、ブリリアントカット。ダイヤが綺麗な輝きを見せるために計算され尽くした、五十八面体のガラスを作り出した俺は、最高のどや顔を決める!


「付与魔法と宝石の加工の練習が同時にできるんだが、ちょっと練習していくか?」

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