第73話:寒い日は、寄せ鍋でしょう

 イライラするヴァイスさんの機嫌を治すため、机と椅子をセットした俺は、昼ごはんに『寄せ鍋』を取り出した。


 野菜と肉がドッサリと入った寄せ鍋は、醤油ベースの飽きない鉄板の味で、寒い時期には最高の食事になる。野菜や肉を入れる順番を気にする鍋奉行もいるかもしれないが、クラフトスキルには関係ない。二十秒ほど魔力を込めるだけで、すべての具材がベストなタイミングで生成されるから。


 これには、イライラしてたヴァイスさんもニッコリだ。


「ガハハハ、良い味を出してんじゃねえか。特にキノコがいいな」


 本当に機嫌がコロッと変わったヴァイスさんは、別人みたいだ。エノキ茸をおいしそうに頬張った後、取り皿のスープをクイッと飲み干し、プハァーッと息を吐く姿は、酒飲みのオッサンみたいである。


 同じくごはんで上機嫌になるリズも、スープを飲んだ後にプハァーッと息を吐いているが。


「やっぱりヴァイスおじさんはグルメだなー。私なんて、複雑すぎて何味なのかわからないよ。体が温まるし、おいしいんだけどね」


「今までワシが食べてきた料理の中でも、上位に食い込むぜ。このスープのせいで、野菜がうめえんだ」


「わかるなー、白菜がたまらないんだよね。無限に食べられるんだもん」


「若い人間が野菜ばっかり食ってんじゃねえよ。肉を食え、肉を。冒険者は肉を食わねえと、体力がつかねえぞ」


 そう言って、鍋奉行の雰囲気をチラつかせて、ヴァイスさんはリズによそってあげていた。本当の親子みたいに仲睦まじい雰囲気だ。


 一方、同じく付与魔法で疲れていたカレンは、違う意味で機嫌が変化していた。


「師匠! どこからどこまでクラフトスキルでできるのですか!」


 恥ずかしがり屋のカレンと仲良くなる分にも鍋は最適な料理かなーと思ったんだが、鍋をつつく前に心を開いてくれた感じがある。取り出した椅子や机を興味深そうに眺めて、テンションが上昇しているんだ。


「取り出したものは、全部だな。料理も意外に簡単で、キッチンに立ったらレシピが出てくるんだよ」


「えぇ~! 料理版の作業台なのですか! 今までそんな経験はないのです~」


 恥ずかしがり屋の設定がどこへいったのかと思うほど、カレンは騒ぐ。食事中に忙しなく動いてると思ったら、ヴァイスさんに鍋をよそってもらい、泣きながら食事を始める始末。だが、誰よりもおいしそうに食べてくれて、ちょっと嬉しい。


「椎茸が罪深いスープを吐き出してくるのです。これが付与スープ魔法なのですか……」


「いや、それはただのシイタケだ。さすがに料理に付与魔法を施したら、食べるのが怖くなるぞ」


 白菜を食べたカレンがハフハフする姿は、なんでこんなにおいしそうに見えるんだろうか。鍋を食べられる幸せが、体から溢れて出てくるような印象を受ける。


 きっと醤油自体が初めてで、感動しているに違いない。ヴァイスさんも初めて食べるみたいだったし、今までは塩味の効いた野菜スープが鍋の印象だったんだと思う。その証拠と言わんばかりに、ヴァイスさんは野菜と一緒にスープを飲み、じっくりと味わっていた。


 人の観察ばかりしていないで、俺も食べよう。早く肉を食べないと、ヴァイスさんが回収して、リズとカレンに分配されてしまう。


 ワイワイしながら食べ進めていくと、ヴァイスさんは何かに気になったのか、鍋の底を眺めていた。その視線の先には、平たい温熱ブロックが入っている。


 鍋敷きと鍋の間に、温度が下がらないように温熱ブロックを一枚かませてあるんだ。これによって、机の上で食べるだけでも、鍋の温度が下がることはない。


「火魔法を付与しただけで、予想以上に便利なブロックに変わるな。火がなくても、熱々スープを楽しめる。護衛依頼でも重宝したんじゃねえのか?」


「ベッドと一緒に大活躍しましたね。温度調整は面倒ですけど、うちの拠点は火魔法を付与した木ブロックで建築してるおかげで、ずっとポカポカですよ」


「随分と面白そうなことを言うが、気の遠くなる作業だ。一生かかってもできる気がしねえ」


「慣れるまでの辛抱ですね。なんだかんだで、ヴァイスさんなら作りそうですし」


 ヴァイスさんの店も付与魔法で変わり始めるかもしれないなー、と思う俺とは裏腹に、ヴァイスさんは真剣な顔で首を横に振った。


「いや、それだけはできねえと断言できる。長年にわたって生産職の技術を見てきたが、稀に他職がマネできないような、ややこしい技術があるんだ」


「付与魔法はクラフターにしかできない、っていうことですか?」


「間違いねえ。鍛冶師や裁縫師が手を出せないほど、難易度が高い。普通の鍛冶師なら、何をやってるのか理解できていねえだろうな」


 よく考えれば、ヴァイスさんが苦戦するほどの作業なんて、滅多にないだろう。ドラゴンの牙を使ったメアの剣も、リズが使うミスリルの杖も、付与魔法より難易度が高くてもおかしくはない。


 昨日、初めて付与魔法したときに気づいたから、クラフターのカレンに声をかけたのかな。


「臨時とはいえ、ヴァイスさんの店で仕事をしてるなら、カレンもドラゴン素材で修復作業をやった経験があるよな? あれと付与魔法と、どっちが難しく感じる?」


「えぇ~! ど、どっちも難しいのですけど、付与魔法の方が楽に感じるのです。ドラゴン素材はトラウマ案件ですからね~」


 頬が引きつるカレンの表情を見れば、ヴァイスさんが言うことにも納得できる。おそらく、職補正が働いているんだ。


 素材と魔力を組み合わせて瞬間的に作り上げるクラフトスキルは、魔力との相性がいいんだろう。そのため、他の生産職に付与魔法の技術はマネできないけど、クラフターだけができるようになっているのかもしれない。


「じゃあ、なんでヴァイスさんは挑戦をやめないんですか? 途中で鍛冶師は無理と気づいたのなら、カレンに任せてもいいと思うんですけど」


「まだ現役を引退する気はねえが、鍛冶師として、後世に残る武器を作りてえんだ。その可能性が付与魔法にあると、座布団を燃やした時、直感的に気づいちまった。こうなるとドワーフっていう種族は、自分を止めることができなくなるんだよな」


「何十年とやってきた自分のやり方を捨てて、娘みたいなリズに教えてもらうことになってもですか?」


「当たり前だろ。それだけの価値がある」


 ニカッと笑うヴァイスさんを見れば、できるようになるまでやるという、固い決意が見られた。


 幸いにも、俺が魔力を薄く流して補助はできるし、魔力の扱いに長けたリズもいる。付与魔法を教える約束はしたし、最後まで付き合うとするか。きっとリズも同じような気持ちなんだろう。


「ヴァイスおじさんは、ずっとこんな性格だからね。鍛冶仲間が作った剣を徹夜で眺めて、体を壊したこともあるの。剣を片手に酒を飲むなんて、普通は考えられないよ」


「剣に込められた思いに打たれて、感傷に浸ってただけだ。最近は少ししか徹夜しねえぞ」


「はいはい、もういい年なんだから、徹夜しないように練習を始めるよ。どうせ夜も一人で練習する気なんでしょ」


「ガハハハ、何を言ってるのかわからねえな」


 息の合った親子のように立ち上がる二人を見て、俺は大きなため息を吐いた。


 この二人には敵わないなー……という思いではなく、今からが寄せ鍋の最後の楽しみですけど、という思いである。


「確かに、何を言ってるかわからないですね。寄せ鍋の〆と言えば、卵とじうどんですから」


 インベントリからうどんを取り出し、スープだけ残った鍋に入れる。その間に卵を割り、茶碗でかき混ぜていると、二人は着席した。


「実は、ちょっと物足りないって思ってたの」


「肉が足りねえんじゃねえのか、肉が。最後はやっぱり、卵とじ肉うどんだろ。うどんって何だか知らねえが」


 知らんのかい! と心で突っ込みながら、俺は得意げに卵とじうどんを仕上げる。


 その結果、ヴァイスさんがうどんにドはまりした。付与魔法の練習初日、まさかのうどん争奪戦が行われたのである。


「オイッ! お前らはもっと肉を食え! ワシがうどんを食べる!」

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