第72話:親子の絆

 シュルツットの魔法属性理論が使えると判明したため、付与魔法の指導にリズも加わってもらった。今はヴァイスさんの魔力操作をリズに見てもらっている。


「ヴァイスおじさん、焦らないで。無理に魔力を流した分は停滞するし、一定量を超えると繊維から溢れて、コントロールしにくくなっちゃうよ」


「そうは言うがよ、これぐらいの些細なことを気にしてたら、頭がおかしくなっちまうだろ」


「さっきもそうやって強引にして、結局失敗してたじゃん。すべての繊維に魔力を流そうと思えば、頭がおかしくなるくらい丁寧にやった方がいいの。何度も強引にやるから、魔力にムラができて、徐々に難易度が高くなるんだよ」


 緊迫した戦闘で魔法を使うリズのアドバイスは、説得力が違う。何度も魔法チャージで試行錯誤してきて、同じように苦しんだ経験があるから、伝えられる言葉でもあるんだと思う。


 育ての親であるヴァイスさんに臆することなく物を言うリズは、いつもより当たりが強い気はするが。なんだかんだで、本当の親子みたいな関係に思えてくるよ。


 一方、クラフター同士で練習する俺とカレンの方は、順調すぎるくらいだ。シュルツットの魔法属性理論を取り入れただけで、カレンの成長は加速していた。


「師匠、こ、こんな感じでどうなのですか?」


 隣でヴァイスさんが苦戦するなか、早くも木ブロック全体に魔力を浸透させたんだ。大きなムラもなく、付与魔法が完成しているとも言える。実用できるレベルではないが。


「付与魔法自体は悪くない。でも、いったん魔力を散らしてくれ」


「ふぇ~! ここまで頑張ったのに~!」


「ヴァイスさんの工房を火事にしたいなら、やってもいいぞ。付与した魔力が強すぎて爆発しそうだから、俺が避難した後に頼む」


「散らすのです~。生産ギルドから追放されたくありませ~ん」


 半泣きになったカレンが魔力を散らすと、ハァ~と大きなため息を吐いた。付与できなくて悲しいというより、疲れているだけのように見える。


「カレン、魔力が多少違う程度なら、途中で修正しようとしなくてもいい。最後まで魔力を浸透させてから、後でまとめて修正をかけよう」


「どうしても気になるのです。一歩ずつ前に進まないと、失敗しそうな気がして」


「魔力を均等にすることを意識しすぎて、最後まで集中力が持たないと、結果的に付与できなくなるぞ。まずは効率を重視しよう。商品に付与できるほど余裕が生まれたら、自己流でやればいいんだ」


「はいなのです。あと、流す魔力は強かったですか? 抑え目にしたつもりなのですけど」


「素材にもよるかな。木材や服、布みたいな燃えやすい素材であれば、さっきの半分くらいの魔力じゃないと発火する。仮にさっきの石ブロックにそのまま付与していたら、こんな感じになるぞ」


 俺がインベントリからポンッと取り出した石ブロックは、パッと見た限りでは何の変哲もない。が、明らかに熱を持っているとわかるほど、熱気を放っている。


「あの、かなりの熱を持ってるのです?」


「温度が下がらないし、肉がこんがりと焼ける程度の温度だな。手は置かない方がいいと思うぞ」


「置かないのですよ~! 変なフリはやめてくださ~い」


 試しに水をかけてみると、ジュワ~ッ! と一気に音を立てて、水蒸気に変わってしまう。青ざめたカレンが絶句するほどには、衝撃的な光景だったみたいだ。


 おそらく、付与魔法が便利な技術程度だと思っていたに違いない。家具や建築がメインのクラフターは、好戦的な性格を持つ人は少ないと思う。俺も戦闘は苦手だし、恥ずかしがり屋のカレンは誰よりも大人しい性格になるはずだから。


 正反対のドワーフはやる気満々というか、親子喧嘩みたいな感じになってるけど。


「名誉会長さーん、カレンちゃんに負けちゃってるぞー」


「ハンディみたいなもんだろうが! 今までどれだけ付与魔術をやって来たと思ってるんだ!」


「心の乱れが武器に反映されるって、いつもヴァイスおじさんが言ってるんでしょ。お弟子さんに示しがつかなくなるよ」


「付与魔術なんていうのはな! 最後は強引に押し通せば、何とかなるもんだよ!」


「そんなことばかり言ってるから、カレンちゃんに逃げられたんじゃないかなー。いい機会なんだし、もう少し付与魔術の苦手意識を無くそうね」


「苦手じゃねえ、嫌いなだけだ!」


 いくら親子みたいな関係とはいえ、リズが煽るもんだから、ヴァイスさんが怒ってるじゃん。こんな姿をエレノアさんに見られたら、とんでもない雷が落ちるだろうな。


「もうダメだ、もう一回休憩するぞ! メシでも食わんとやってられん!」


 ズカズカと椅子に歩き進めたヴァイスさんが、ドカッと座ってクールダウンを始めた。荒々しく呼吸する姿を見ると、さすがに身の危険を感じるよ。思わず、俺はリズに近づいて小声で声をかけるほどには、怖い。


「リズ、大丈夫か? あまり言いすぎると、後でエレノアさんに怒られるぞ」


「私だって、好きで言ってるんじゃないもん。ヴァイスおじさんは我慢強い性格で、放っておいた方が大変なの。昔も武器が思ったように作れなくて、工房を壊したことがあるんだから。その時に、危ないと思ったら作業の邪魔をしてくれって頼まれてるんだよね」


 さすが一緒に住んでいただけのことはあるな。集中した作業で失敗を重ねると、イライラが爆発して八つ当たりをするタイプなんだろう。いくら鬱憤が溜まったとしても、義理の娘みたいなリズの前では、グッと堪えて押さえ込むしかないんだと思う。


「その役目、リズに任せるわ。俺、絶対にやりたくない」


「心配しなくても大丈夫だよ。ヴァイスおじさんは仲間のことを絶対に悪く言わないし、思いやりのある人だからね。あと、あまり知られてないけど、けっこうグルメで食事をするとコロッと機嫌が治るの」


 リズにポンポンッと肩を叩かれたため、何が言いたいか俺は理解した。休憩のタイミングはリズが判断してくれるけど、機嫌取りは俺の役目らしい。


「ヴァイスさん、クラフトスキルで料理作ってみたんですけど、味見してもらってもいいですか?」

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