第70話:苦戦する付与魔法

 工房の奥に木ブロックを二つ設置して、ヴァイスさんとカレンにそれぞれ付与魔法を練習してもらっている。その状況をリズが興味深そうに見守るなか、木ブロックに触れて魔力を読み取る俺がアドバイスをしていく。


「ヴァイスさん、力みすぎですね。力を入れても入れなくても、魔力の流れは変わりませんよ」


 ドワーフの特性なのか、うまくいかなくなると、力で解決しようとする節がヴァイスさんには見られる。世間では伝説の職人と言われているが、意外に脳筋タイプみたいだ。


 ちなみに、付与魔法の的確なアドバイスができているか、俺にもわからない。でも、自分が付与魔法を施す場合と比較して、気になるところは指摘するようにしている。


「わかってるんだがよ、魔力のバランスを取ろうとすると、自然と体に力が入るだろ」


「そういえば、ヴァイスさんの弟子も息を止めて作業してましたね。そういうところを改善しないと、精神的な疲労以外にも、肉体的な疲労も蓄積しやすくなって、集中力が切れやすくなります。この機会に直しましょうか」


「耳の痛えことを言ってくれるじゃねえか。何十年とやってきた作業を、この年で見直すことになるとは。今までゴリ押しでやってきたが……仕方ねえ。直すとするか」


 ハァーと大きなため息を吐いたヴァイスさんは、いったん全身の力を抜き、もう一度木ブロックと向かい合う。


 ドワーフはもっと頑固なイメージだったけど、臨機応変に対応してくれて、ありがたい。見た目が十五歳の俺は、生意気なことを言ってると思う。ヴァイスさんの弟子よりも俺が年下であることを考慮すると、心の広さに脱帽するよ。


 一方、ヴァイスさんが認める腕前を持つカレンは、早くもその片鱗を見せていた。魔力を浸透させるコツを早くもつかんだみたいで、魔力のムラが少ない。その反面、作業ペースはかなり遅いが。


「カレンは慎重すぎるかな。木ブロックを使って魔力を流す練習をしてるんだし、もっと大雑把でいいぞ。まずは作業に慣れることを考えてくれ」


「ふわあっ! ち、緻密な魔力コントロールは、ゆっくりじゃないとできないのです!」


「最初から完璧に付与しようとしなくていい。ヴァイスさんができないほどの技術に挑戦してるんだし、うまくいかなくて普通なんだ。まずはこの作業に慣れることだけを考えよう」


「は、はいなのです!」


 まだ俺に緊張しながらも、カレンは素直に言うことを聞いてくれて、魔力の流すスピードを上げた。二人が真剣な表情で作業する姿を見て、俺は少し疑問を抱く。


 こんなに難しかったっけ? と。


 木ブロックに集中して見守る限り、ヴァイスさんは繊維を正確に捉えきれてなくて、手探りで作業している雰囲気がある。カレンは繊維を捉えているけど、魔力の流し方が悪くて、うまく浸透させることが難しいみたいだ。


 普段から仕事で付与魔術を使い、魔力の扱いになれてるはずなのに、どうしてここまで苦戦するんだろうか。俺が付与魔法をゲーム内でやってた頃は、魔力の扱いに慣れてない初心者だったのに。


 もしかしたら、ゲーム内では補助システムが働いていたのかな。自然と最善の方法で魔力が流れるように、裏で設定されていたんだ。異世界転移でスキルを継承してきた俺は、【魔力操作】のスキルレベルが高くて気づかないだけで、普通はもっと魔力の扱いが難しいに違いない。


「ヴァイスさん、ひとまず俺が薄く魔力を流して、誘導できるかやってみます。ゆっくりやるんで、魔力の通し方を覚えてもらってもいいですか?」


「魔力を流す順番みたいなものがあるのか?」


「いえ、目印を作って魔力を流した方が、感覚がつかみやすいかなと思いまして。見よう見まねでやるより、最初だけでも補助があったら楽な気がします」


「確かに、まだ手探り状態でまったくコツがつかめねえし、一回やってみてくれ。感覚に違いが生まれるかも知れねえ」


「わかりました。道しるべ程度の微量な魔力にするので、集中して感じ取り、上書きしてください」


 あくまでヴァイスさんの付与作業を邪魔してはならないため、見本の線を薄く引くような気持ちで、丁寧に薄い魔力を流していく。これで細かい繊維を感じ取れるようになればいいんだけど。


 かなり集中して俺が薄い魔力を張り巡らせていくと、ヴァイスさんの作業スピードが向上する。全体的にも魔力のムラが減っているため、ヴァイスさんがうまくいかない理由は、魔力を流す場所がわかっていないだけだと判断できる。


「へっ、確かに魔力を流す感覚が全然違うな。もっと明確に素材の繊維を意識しねえと、こうはならねえってわけか」


「慣れない状態でポカポカクッション作ろうとしたら、針の穴に糸を通し続けるような感覚でやらないと難しいですね」


「そんなことは裁縫師でも装飾師でも言わねえぞ。あいつらは割りと細けえがな」


「残念ながら、クラフターは言うんですよね。鍛治師とクラフターで感性が違うのかもしれませんが、カレンはしっかりと繊維を認識できています。魔力の流し方がうまくいかずに、苦戦していますけど」


「どうりでカレンは付与魔術が上手いわけだ。難しい仕事を任せ続けた甲斐があったか」


「ふえっ!? やっぱり意図的に回していたのですか~! ヴァイス様は鬼畜なのです~」


 それはヴァイスさんの愛情表現みたいなもので……と言いかけて、俺はやめた。


 不遇扱いされるクラフターのカレンに、何か一つでも特化させた能力を持たせ、生産職として生きられるようにしようと、ヴァイスさんは考えたに違いない。元々クラフターは防壁の修理依頼が多いと言っていたし、魔力を使う作業になるはず。鍛冶屋で働くことがなくても、クラフターとして生きていく限り、付与魔術の経験はどこでも活きてくると思うから。


「仕事場を紹介してやった仲介料みたいなもんだろうが」


「首輪が付いてるだけだと気づいてるのです~」


「ガハハハ、ワシの店で修業したお前が悪い」


 ……照れ隠しだと思うぞ。ヴァイスさんは弟子を大事にするタイプだからな。……多分。

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