第50話:部隊リーダー

 のぼせたリズが落ち着く頃、正式に護衛依頼の手続きをするため、俺とリズは冒険者ギルドへ足を運んだ。すると、すぐにエレノアさんに声をかけられ、別室へ案内される。


 昨日はリズが冒険者ギルドを訪れて、事の経緯は説明したはず。貴族の護衛依頼とはいえ、別室で話し合いをする必要はないと思うんだが……。


「リズちゃん、ミヤビくん。どうしてこうなったんですか?」


 スーッと差し出された紙を見て、俺は衝撃を受けた。そこには、リズの趣味と思われるパーティ名が記載されていたんだ。『月夜のウサギ:リズ、ミヤビ』、と。


 随分ラブリーなパーティ名だが、『月詠の塔』を建設していた俺としては、ちょっと親近感が沸く。最初にパーティ申請をしたときには、もう決めていたんだろうか。


「おい、リズ。いつの間にパーティ名を決めたんだ?」


「ミヤビくん。知らなかったことには驚きますけど、今はそこが問題ではありません。書類とリズちゃんを、もっとちゃんと確認してください」


 エレノアさんに言われてリズを確認すると、完全に固まっていた。一点を見たまま、まったく動かない。


 不審に思って書類を読み進めていくと、一つだけおかしな場所を発見する。


「同行するのは、Aランク冒険者ですよね。それなのに、なんで部隊リーダーがリズになってるんですか?」


 初めてリズに出会った時、冒険者の暗黙の了解として、ランクの高い人が部隊リーダーをやる、と教えてもらったことがある。Aランク冒険者パーティ『赤壁レッドクリフ』の四人の名前と、Bランク冒険者のメルを差し置いて、Cランク冒険者のリズがやるのは不自然だ。


「お聞きしたいのは私です。Aランク冒険者パーティのリーダーが、このような形で依頼を変更されました。領主様の了解を得ているから、と。もう一つ、こちらもどういうことなのか気になっています」


 もう一つ紙をスーッと出されると、そこには俺の推薦状があった。推薦者は、ヴァイスさんだ。おそらく、Dランク冒険者の俺が貴族の護衛依頼を受けられるように、手を回してくれたんだろう。


 仕事を押し付けるところがなかったら、ヴァイスさんは良い人だからな。


「ちょっとした知り合いなんですよね。多分、気を利かせてくれたんだと思いますよ」


「むっ、ミヤビくんには後でお説教が必要ですね。大事なことはちゃんと報告していただかないと、私も守ってあげられません。ヴァイス様は人柄が素敵な方なので大丈夫だと思いますが、念のため、ギルドマスターが謝罪へ向かうほどには大変な事態になっています」


 ヴァイスさんはどれほど影響力のあるドワーフなんだよ。関わりを持ったといっても、本当に大したやり取りはしてないぞ。


 今となっては、借りを返してもらうという大義名分の元、領主様を紹介させるなんて外道みたいな行動を取ったことが怖くなってきた。絶対に内緒にしておこうと思う。


「ヴァイスさんって、そんなにすごい人なんですか?」


「おっしゃる通りです。ミヤビくんの受付対応していた私が何も聞かされていないため、冒険者ギルド本部に報告書を書く羽目になるほどには、すごい方です」


「それは……すいません。ヴァイスさんを侮辱するわけではないんですけど、本当に全然知らなくて、たまたま鍛治屋さんに足を運んで知り合っただけなんです。偉い人に顔が利くからおかしいなーとは思っていたんですけど」


 信じられない……といった呆れ顔をされたので、冒険者なら知っていて普通の人物なんだろう。別世界から来た俺としては、そんなの知るわけがないと言いたいとこだが、エレノアさんの仕事を増やしたのは事実だ。嫌われたくないし、素直に話して謝った方がいい。


 でも、短い期間とはいえ、リズの育ての親がヴァイスさんだったよな。


「リズちゃんにとってはヴァイス様が身近な存在ですし、同じパーティで過ごした結果、その影響を受けたということにしておきます。リズちゃんもミヤビくんも、血縁関係でも弟子でもありませんから、くれぐれもヴァイス様に失礼のないようにしてくださいね」


 育ての親といっても、ヴァイスさんの店で働く従業員と同じような扱いなんだろう。特別視されることはないみたいだ。


「同じ物作りの先輩ですし、なんだかんだで良くしてもらってますから、怒らせるようなことはしませんよ。多分」


 仕事を拒絶してるし、引き抜きは断ってるし、まだ武器を作って持っていってないし……、話せばエレノアさんに怒られそうなことはいっぱいある。でも、ヴァイスさんが怒るとは思えない。


「ミヤビくーん。私が冒険者ギルドをクビになったら、ちゃんと責任を取ってくれますか?」


「い、いいんですか? エレノアさんの気持ちが固まれば、俺はいつでも大丈夫ですよ。むしろ、お願いしたいくらいです」


「本気で照れられても困ります。ヴァイス様を怒らせる人と一緒になるつもりはありませんので、金銭を要求する形で動きますよ」


「それは悲しいので、怒らせないようにします」


「私に忖度はしなくて大丈夫です。頑張ってるうちは、ちゃんと面倒見てあげますから。リズちゃんも大丈夫ですよね?」


 一向に固まったまま動かないリズは、エレノアさんの言葉が聞こえていないのか、まったく反応しない。疑問に思って肩を叩くと、ビクッと反応して、意識を取り戻したようだった。


「大丈夫か、リズ。プレッシャーがかかる気持ちはわかるけど、ここは冒険者ギルドだ。エレノアさんもいるし、我を忘れるほど考え込まない方がいいぞ」


「うん、ごめん……」


 明らかに元気のない顔で書類を見つめているし、リズは何か嫌なことでも思い出しているように思える。チラッとエレノアさんを確認すると、同じように思ったのか、真剣な顔で頷きあった。


「リズちゃん、私もAランク冒険者と領主様が相手だと、どうしても口が出せなくなります。せめて、どういった経緯で依頼を受けたのか、詳しく聞かせてください。思い当たるような会話を領主様とされていませんか?」


 俺が現場にいたときは、経験が積めるとか、期待してるとか言っていたけど、Aランク冒険者を差し置いて部隊リーダーを任せられるのは、明らかにおかしい。国から推薦された冒険者を無下にしているようにも感じる。


 土地の契約のためにリズと別行動を取った時間があるし、あの時にリズは何か言われていたのかもしれない。


 俺とエレノアさんの緊張が高まるなか、リズは申し訳なさそうに目線を外した。


「……過保護なの」


 ん? 過保護? そう思ったとき、リズは大きく取り乱すように頭を抱える。


「護衛依頼で一緒になるAランク冒険者の人たち、亡くなったお父さんの知り合いで、私にすごい過保護なの。どうしよう、絶対に接待される護衛依頼になっちゃうよ~」

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