第11話:クラフター

「外で温かいパンが食べられるって、幸せだよねー」


 ほんわかした表情を浮かべたリズは、小さな口ではむはむとパンを食べている。


 街で買った焼き立てのパンを、時間経過の止まるインベントリに入れておいたんだ。芳ばしい小麦の香りで食欲がそそられるだけでなく、ピクニックのように自然を感じられる外での食事は、一層おいしく感じる。


「陽の光を遮るものもないし、暖かくて最高だよな」


 太陽光でじんわりと体が温まり、風もほとんど吹かない穏やかな午後。近くにある川からは水の流れる音が聞こえてきて、本当に癒される。


「それで、インベントリはどのくらい入るの?」


「リズはインベントリの話が好きだな。さっきの落とし穴が百個は作れるくらい、まだまだ余裕があるぞ」


「そっかー。意味がわからないから、いったん聞き流すね」


「聞き流すようなことじゃないだろう。インベントリの容量は、スキルレベルに比例して大きくなるんだから」


 元々、VRMMOの初期機能としてインベントリが実装されていたものの、クラフトシステムがアップデートされたときに仕様が変更された。


 大量の素材を採取する必要があるため、採取スキルを使い込むと【インベントリ拡張】スキルを覚えて、徐々に容量が増えていく。最終的に【インベントリ最大化】のスキルを覚えるんだが、通称『クラフトガチ勢スキル』と呼ばれ、歩く巨大倉庫のような状態になるんだ。


 といっても、VRMMOとまったく同じ仕様かわからないし、詳しいスキルの内容は避けたい。異世界から来たと伝えたところで、信じてもらえるはずもないだろうから。


「スキルレベルって、なに?」


 早速、墓穴を掘ったみたいだ。スキルという概念はあったとしても、スキルレベルを調べる方法はないらしい。まあ、ゲームではない現実世界なんだから、当然だよな。


「クラフトスキルを使い込めば、インベントリが拡張されるってことだよ。毎日採取に行って色々なものを作製してたら、自然とインベントリの容量が増えるんだ」


 パンをじっくり噛みしめたリズは、納得がいかないのか、う~ん、とうなり始める。


「私のクラフターのイメージなんだけど、鍛治や裁縫スキルに比べると、製作物の品質が落ちるし、幅広く活用できる分、器用貧乏だと思うの。防壁の修繕や家具の修理や作製ばかりで、給料が低くて儲からない。生産職のなかでも、恵まれてないと思うんだよね」


 確かに、クラフトスキルは幅広い活用法があるけど、建築や家具をメインに作製するスキルになる。現実に仕事として生きていくなら、家具を中心に作って販売する必要があるし、鍛治や裁縫の領域まで手が回る人は少ないだろう。ましてや、そういった上位スキルがあるなら、出番はない。


「山にこもって生活ができるミヤビは違うかもしれないけど、普通は護衛に冒険者を雇わないと採取にも行けないでしょ? すぐにインベントリがいっぱいになるし、素材を置いておく場所や倉庫を借りるお金もない。一般的には、街の近辺で拾える程度の行為を、採取って言うと思うの」


 現実的な採取方法を聞かされて、俺は悟った。過ごしてきた環境が違いすぎる、と。


 VRMMOの世界では、クラフトサーバーから採取場所まで、NPCにワープしてもらって移動ができる。魔物が出現するエリアは決められていて、素材採取に没頭しても危険はない。最初は素材採取場所を拠点にして、クラフト生活を送るくらいだし、わざわざ街に帰る必要もなかった。


「じゃあ、街の防壁や冒険者ギルドみたいな大きい建物は、どうやって作ってるんだ。大量に素材が必要になるだろう?」


「生産ギルドがまとめて素材を管理してるから、必要な分を購入する感じかな。クラフターの建築は早くて安いし、私は好きだけど、貴族の高額依頼は出番がないよ。高品質のアイテムを作る鍛治師が行うから」


 つまり、安価な値段で働く依頼しか回ってこず、戦闘スキルを持たないクラフターが気軽に素材採取へ出かけることはない。防壁や家具の修理ばかりしていて、クラフトの経験値が得られず、スキルレベルは自然に止まる。


 仮に素材を大量に買い取って建築しても、売れなければ赤字になって、リスクが大きい。ここが現実世界である以上、適当な場所に建てるわけにもいかないし、土地を購入する金もない。


 魔物がいるような世界では、不遇職になるしかないってわけか。気の毒だけど、どうにかしてやれる立場じゃない。俺はいま、自分のことだけで精いっぱいだ。


「まあ、どんな仕事でも、金を稼ぐって大変だからな。リズが護衛依頼の寒さで嘆くのと同じだよ。温かい部屋のなかで仕事できる分、クラフト作製もありがたいことはあると思うぞ」


「確かにね。冒険者なんて、死亡率が一番高い仕事なのに、富と名声を得られる人は一握りだもん。現役で活動できる時間は限られてるし、私も頑張らないと」


 十六歳でCランク冒険者だったら、頑張ってる方だと思う。昨日の護衛依頼だって、年上の男性冒険者を差し置いて、リーダーをやってたんだし。


 また墓穴を掘ったら嫌だから、口には出さないけど。


「ところでリズ、一つだけお願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいか?」


「どうしたの?」


「グラウンドシープの羊毛をもらえると嬉しいんだ。借金している身で言うのもなんだけど、リズにも還元できるようにクラフトするからさ」


 ここが現実世界である以上、何体も討伐して無限に素材を採取できることはない。季節や気候で採取できるものが変わるし、周囲の魔物や繁殖状況によっては、手に入らなくなる可能性がある。


「好きに使っていいよ。毎日一体ずつ狩って、主要部位だけギルドに卸そうかなって思ってただけだし、羊毛は元々処分する予定だったから」


「助かるよ。やっぱりリズは優しいよな」


「いや、それでも意味がわからないほどの利益が出るだけだよ」


 そういえば、エレノアさんが生産職のサポーターが減ったと言ってたし、スキルレベルが低ければ、インベントリに入りきらないか。普通はグラウンドシープを討伐した場所で解体して、冒険者ギルドへ一部の素材だけを持ち帰るんだもんな。


「グラウンドシープの角は薬の材料に使われるし、爪と骨は武器や防具に加工されるの。食用の肉も大量に納品すれば……、過去最高の利益になると思うんだよね」


「ちなみに、まだまだインベントリには余裕があるぞ」


「巨大な落し穴を掘ってたぐらいだもんね。それなら、今年は早めに贅沢できそうだなー。明日から大浴場のある宿に変えてもいいかも」


「おっ、寒い時期だし、風呂があるのはいいな。依頼が終わって宿に戻った後、ゆっくり体が温まるまで浸かりたいよ」


 昨日泊まった宿には、風呂がついていなかった。温かい湯を桶に一杯もらい、寒い思いをしながら体を拭くだけ。これ以上冷え込んでくると、さすがに厳しい。リズは冷え性だし、風呂への思いが人一倍強いんだろう。


「……ミヤビ、しばらくはパーティ解消できないよ。お金を返してもらっても、昨日の約束は生きてるから」


 風呂つきの宿に変えるため、もっと魔物の素材を運んでほしいと言われた気がする。もう少しオブラートに包んで、一緒に頑張って依頼をこなそうね、みたいな形で言ってもらえると嬉しかったよ。


「昨日知り合ったばかりのリズが助けてくれて、俺は本当に感謝してる。山から降りてきたばかりで何もわからないし、これからもよろしく頼むよ、リズ」


「……ごめんね。打算的なことを言っちゃって」


「そうやって素直に反省できるとこ、俺は好きだぞ」


 いま食べてるパンも、川の水を汲んだ革袋も、実質はリズの奢りみたいなものだ。一回の荷物運びで活躍したくらいで、俺は天狗になるような人間じゃない。


 せっかく新鮮な羊の肉が手に入ったんだし、ジンギスカンが食べたいなーと思うくらいには強欲だけどな。

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