幕間:グラウンドシープの討伐(リズ視点)

 ―― リズ視点 ――


 私はいま、冒険者の禁忌を犯した。群れで行動するグラウンドシープにちょっかいを出すという、愚行を働いてしまったのである。


 これは、冒険者ギルドで晒され、パーティを追放されてもおかしくない禁忌行為。Bランク冒険者パーティでも奇襲する魔物を、私は誘き寄せてしまったの。


 どうしてこうなったかと言えば、隣で腰に手を添えて立つ、ミヤビのせいと言っても過言ではない。猛スピードで落とし穴を掘り進めて、「これで大丈夫だろ?」と、どや顔を見せてきたから。


 言いたいことはわかる。勝ち目があるのもわかる。でも、向こうは魔物屈指の突進攻撃を誇るグラウンドシープだよ。絶対に舐めてかかってはいけない魔物なのに……勢いに流された私は、魔法で攻撃してしまった。


 なんてあやまちを犯したのよ、私! 前衛がいないサポーターとの二人パーティで、格上の魔物を同時に三体も相手にするなんて、バカにもほどがあるよ!


 当然、獰猛なグラウンドシープが見逃してくれるはずもない。私たちの存在に気づいたグラウンドシープは、猛スピードで突進してくる!


「メエエエエエエエエエエエエ!」


 怖ーーーい!! 今すぐこの場から逃げたくても、周りに落とし穴があって動けない。自分の身を囮にして狩りをするなんて、正気の沙汰とは思えないよ。


 どうしよう、正面と左右に分かれて、三方向からグラウンドシープが襲ってくる。もうやだ、地面が揺れてる。逃げなきゃ……、今すぐ逃げなきゃ。落とし穴で逃げられないけど、逃げなきゃやられちゃう!


 ぎゃあああ! グラウンドシープの顔が怖くて足が震えるー! 神様、お願いします。どうか助けてください。グラウンドシープ様、本当にちょっかい出してごめんなさい。どうか許して―――。


 ドドドドドッ バキバキッ


「ンンッ、メエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 落ちたーーー!! まったく気づく気配もなく、すごい勢いで大地に飲み込まれたーーー!!


 ……いや、グラウンドシープを飲み込む落とし穴って、なに? 魔法よりも不思議な光景を目の当たりにして、頭が追い付かないよ。


 でも、まだ現実を注視した方がいい。挟み撃ちにしようとするグラウンドシープが、まだ二体もいるんだもん。本能だけで行動するゴブリンと違って、知能が高いグラウンドシープは察するはず。ここに落とし穴があるって。


 どうしよう、回り込んできてるグラウンドシープがいま、首を動かして確認した! 消えた仲間と大きな穴を見て、ここに落とし穴があると確信―――。


 バキバキバキバキッ


「ンンッ、メエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「ンンッ、メエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 落ちたーーー!! よそ見してる間に大地に食べられたーーー!!


 ……いったい私は何の光景を目の当たりにしているんだろうか。三体のグラウンドシープが生息する危険地帯に、すべてを無に帰す原始的な罠が設置されたのは間違いない。でも、魔法使いにトラウマを植え付けると言われたあのグラウンドシープが、古典的な落とし穴の餌食になったなんて考えられないよ。


 それなのに、下からメエメエと鳴き声が聞こえるなんて、どうしたらいいの!


「嘘じゃん。私、こんなの知らない!」


「これは落とし穴って言ってな、予め掘った穴に敵を落とす罠の一つで……」


「それくらいは知ってるから!」


 落とし穴の規模じゃないことが問題なの! それに、一番意味がわからないのはミヤビだよーッ!


 ザクザクザクザクと落とし穴を掘ってさ、どういう気持ちで私が眺めてたと思ってるの?


 スコップの二刀流なんて初めて見たよ。使いにくそうなのに、穴を掘るスピードが加速し続け、掘った土が虚空へと消えていくんだもん。どういうことか詳しい説明をお願いしたいくらいだよ。


 先にグラウンドシープを討伐しないと危険だから、後回しにするけど。


「どこまでが地面で、どこからが落とし穴なの?」


「よーく見たらわかるぞ。魔力で加工したところは、ちょっとだけ草の生え方が変わるんだ」


「あっ、本当だー。言われてみると意外にわかるー。あはははって、わかるか! どこが境界線かちゃんと教えて!」


 もうーーー! 私のペースが乱されちゃう! 安全に依頼が遂行できるから文句も言いにくいし、落とし穴を覗いたらグラウンドシープが瀕死になってるじゃん。どういうことなのか理解が追い付かないけど、落とし穴を作ってくれて本当にありがたい思いでいっぱいだよ!


「ねえ、後で大事な話があるんだけど、聞いてもらってもいい?」


「出会って二日目なのに、そんな……」


「愛の告白じゃないよ! どう考えてもこれはおかしいでしょ、もう! トドメを刺すから、少し離れてて」


 魔法でグラウンドシープを討伐しながら、異常な行動を取り続けるミヤビについて考える。その結果、私は二つの可能性にたどり着いた。


 あり得ないほどの巨大インベントリを持っているか、スコップを使って土を食べる新種の人間のどっちかだよ。多分、ギリギリで前者だと思う。


「はぁ~。なんで三分でこんなに大きな落とし穴ができてるんだろう。グラウンドシープにトドメを刺すだけでいいなんて、頭が追い付かないよ……」


 落とし穴を下りていったミヤビがグラウンドシープをインベントリに入れると、掘った穴を土で埋め始めた。


 これで新種の土食い人間説が本人によって否定され、巨大インベントリを持つ者と断定してもいい。インベントリの容量は、重量や体積で決められるはずだから、かなり大きい人でもグラウンドシープが一体入ったらすごいのに。


 同じパーティとしては心強いけど、強烈な視覚情報にめまいを起こしそうだよ。頭に入ってくる情報が常識外ばっかりなんだもん。


 ほらっ、まただよ。落とし穴があったとわからないくらいに整地されたら、今までの出来事が幻覚だったかなって思っちゃうじゃん。魔法チャージの疲労感があるから、ギリギリ現実だとわかるくらいで。


「さっき、グラウンドシープを三体ともインベントリに入れたよね?」


「討伐した魔物を持ち運ぶのが、サポーターの仕事だからな」


「そうだね。サポーターとしては満点だと思うよ。でも、巨大な落とし穴を掘った大量の土を入れて、グラウンドシープまで入っちゃうインベントリって、なに?」


「……インベントリだろ。自分で言ってるじゃん、インベントリって」


「いや、確かにそうなんだけど。でも、インベントリの容量が……まあいっか。とりあえず、休憩してパンでも食べよう」


 頭がパンクした私は、考えることをやめた。戦闘の手助けをしてくれたミヤビは悪くないし、難易度の高い依頼が楽に終わったんだから。


 私の精神的疲労は半端ないけど。

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