第11話 ギャフンと言わせてみせますわ

 確かに。お兄様は長年次期当主になるためのお勉強や準備に励んでいらっしゃいました。ですが、お嫁にいってしまうとパーフェ家を継ぐ人がいなくなるのです。


 そこで、私ぃっ?!


 唖然とする私をよそに、お父様は言葉を続けます。


「ココアは親の目から見ても常軌を逸した変態なので後継としては絶望的だろう。となると、お前しかいない。もしカカオを今の後継としての役目から解放したいのならば、自ら後継としての器があることを私に証明してみせるのだな!」


 そこへ、お兄様が口を開きました。


「お父様。もしティラミスが次期当主として認められたとしても、私のことは何も解決しません」

「そうだな。しかし、手が無いことは無い」


 お父様の作戦はこのようなものでした。


 まず、カカオお兄様は病死したということにする。一方で、お父様の隠し子としてカカオお兄様は世間に再登場。もちろん、令嬢としてです。そして、ラメーン様のご実家であるコームギー公爵家と縁を結ぶというもの。これは、お兄様がこれまで社交界にほとんど顔を出したことがなかったことが奏を功した形ですね。


 なるほど。それならば、実現できるかもしれませんね!思わず私は、カカオお兄様やココアとハイタッチしました。


「それではお父様。私は何をすれば後継として認めてくださるのですか?」


 はしゃぐ私を前に、お父様は悪い笑みを浮かべます。


「三つある。それらを全てクリアしろ」


 私は前のめりになってお父様の話の続きに耳を傾けました。


「一つ。パーフェ家の領地へ私の代理人として出向き、何らかの成果を上げて来い! あそこは辺境の森にもほど近く、未開の土地が多くある。新たな事業を始めるも良し。地味に内政を効率化するのも良し。領地を観光地として仕立てあげるも良し。あらゆる可能性が詰まったあの地でお手並み拝見と行こうか」


 つまり、この王都のお屋敷から私を追い出しておしまいになるということですね?お父様も考えましたね。体の良い厄介祓いと来ましたか。あは良くば、私を領地に縛り付けてこの約束を反故にしようという魂胆かもしれません。良いでしょう。その余裕ぶった顔を驚愕の色に染めて差し上げますわ!


「二つ。相手のラメーン様は節操なし疑惑がある。聞くとお前にまで手を出しかけたそうではないか」

「あれは冗談ですよ」


 すぐさまラメーン様が口を挟みますが、目が笑っていないので信じられません。お父様は咳払いして、それを無視しました。


「とにかく、カカオの相手としてまだまだ不安がある。安心できるのは家柄と騎士としての腕だけだ。そこでティラミス、お前がラメーン様をパーフェ家と縁付くに相応しい男に育てるのだ!」


 え、育てるって、ラメーン様は既に成人男性。しかも私には乳母の経験もございませんし、何をどうすれば良いのでしょうか。しかも、こころなしかラメーン様がニヤついているのはなぜでしょう。不安が押し寄せてまいります。しかし、お父様の言い分はご最も。ラメーン様には、カカオお兄様以外の相手には二度とたたなくなるぐらいの洗脳が必要かもしれません。


「三つ。次期当主はさらなる後継を残すことも欠かせない。正当な方法で行くのならば、結婚して子を生むのだな。有り体に言えば、パーフェ家を名乗るに足りる男を私のところへ連れて来い!」


 婚姻?! 私もそろそろ年頃になってきました。同年代では既に許嫁がいらっしゃる方も多数おります。ですが、これまでカカオお兄様一筋だった私が別の殿方と一生を共にする覚悟などできるでしょうか。


 ですが、私が一言「無理です」などと申し上げた暁には、お兄様の運命はお先真っ暗。私にできる返事なんて「はい」と「イエス」と「がってんしょうち!」の三択ぐらいしか初めから残されていないのです。


 私はカカオお兄様の方を振り向きました。お兄様は祈るようにしてこちらの様子を見守っています。


 私、お兄様が好き。お兄様がお姉様であっても、私の愛は色褪(あ)せません。むしろ、以前よりも増して愛おしく感じているぐらい。病弱でお忙しい身でありながら、ずっと私のことを大切にしてくださったお兄様。今は本当の性別を明らかにしたからなのか、女性ならではのたおやかさや華やかさで溢れています。


 あぁ、お美しい。

 私、カカオお兄様を守りたい。お兄様の願いを叶えたい。

 だから、お兄様のために……



「お父様。その条件、全て飲みますわ。このティラミスにお任せください!」


 そしてギャフンと言わせてみせますわ!

 そこへお兄様が駆け寄っていらっしゃいました。


「お父様。私もお父様の隠し子として、精いっぱいお役目を務めさせていただきます!」


 お兄様の決意表明。それ自体は悪くなかったと思うのですが……


「隠し子ですって?!」


 突然開かれるお父様のお部屋の扉。そこには鬼の形相のお母様の姿が。長時間お部屋に篭ってらしたせいなのか、燃えるような真紅の豊かな髪が猛獣のように逆立っていて、その凄味は言葉で表すことができない程です。


「いや、お前。これには理由があって……」


 子ども達には怖いお父様ですが、お母様にはタジタジで言葉が続きません。こんなことでは、余計に疑惑が深まりますわよ?


「ガトー、話があります」

「ショコラ! 違うんだ!」


 お母様はお父様の首根っこを捕まえると、ずるずると引きずってお部屋を出ていってしまいました。私とお兄様がせっかく今後の命運をかけた決意表明をいたしましたのに、なんとも締まらないラストです。


 ふと壁際の時計を見ると、針は夜中三時を指しておりました。こんな時間に妙な一家団欒をする家庭は貴族庶民関わらずパーフェ家ぐらいのものでしょうね。


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