第9話 想定以上にやばい

 ヤバイやばい殺罵威(やばい)ー!

 お兄様がお姉様?! その衝撃もさることながら、後悔が一気にこみ上げてまいります。


 カカオお兄様はお美しいですが仮にも男性なので、もしラメーン様に後ろを掘られてもうっかり妊娠する恐れはありませんでした。でも実際は女性だったのです。


 どうしよう。

 本気(マジ)な既成事実を作ってしまいました!


 驚いたのは私だけではありません。ココアはハッとした顔のまま硬直していますし、カプチーノは卒倒しそうになって目眩を起こす始末。私はそんなカプチーノを助けようと、彼女に肩を貸そうとしました。と、その時。


 地面が急にくにゃりと柔らかくなり、私は足元を掬われてしまいます。同時に屋敷全体を揺るがすような地響きが。轟音と共に周囲の壁と天井が小刻みに揺れ動き、視界はあっという間に回転していきました。


 嘘でしょ。私、このまま生き埋めになってしまうの?!


 何のために庶民のような格好をして街へ繰り出し、汗臭いシャツを集めては誘拐までされて、挙句の果てに何となく苦手なオクラ王子とまで顔を合わすハメになったのか。これも全て、お兄様のため! お兄様が白豚マーガリンと結婚させられないようにするためです。このままでは、お兄様とラメーン様の密会をシーボウ家へ告発し、進み始めた婚約話を白紙に戻させるというミッションがオジャンになってしまいます。


 そんなの駄目よ、ダメ! 私、ティラミスはこんなところでくたばる女がじゃないわ!


 こういったことが走馬灯のように頭をよぎり、反射的に体内の魔力を放出いたしました。


「お姉様! もっと魔力を!」

「え?!」

「私が動揺したから、この場所が崩れそうになってるのっ!補強するの手伝ってぇ!」

「でも、どうしたら……」

「細かい制御は私がするっ! とにかくお主は儂に魔力をありったけ差し出すのじゃ!」


 こんな非常事態にも関わらず、ふざけるココア。もしこれにカカオお兄様やラメーン様が巻き込まれたらどうするつもりなのでしょうか。しかし、心配は杞憂に終わりました。


「助太刀は必要かな?」


 いつの間にか崩壊していた目の前の壁。その向こうには、震え上がって寝台の上で蹲るお兄様と、私達の前に堂々と立っているラメーン様。


 ラメーン様は、彼の魔力をココアへ向かって注ぎ込みました。魔力には薄らと色がついているので、流れを見ることができるのです。


「えいっ!」


 何かに耐えるかのように表情を歪めていたココアは、天井に向けて伸ばしていた両手をパチリと叩きます。すると、あら不思議。目の前の壁以外、物の見事に修復したではありませんか。


 でもこれでは、目のやり場に困ります。何しろ、視界には先程まで睦みあっていた男女が一組。パプリカは以前からお兄様が女性であることを知っていたらしく、冷静に階下の部屋からローブを持ってきました。


 ようやく全裸からローブ一枚になったお二人ですが、どちらにせよこの状況は気まずいことに変わりありません。


「えっと、その、あのですね。これには理由がありまして」


 このカップルを成立させたことについては全く後悔がありません。さすがに、私がお兄様のお相手になるなんて世間が許さないことを存じておりますから。でも、ヤるところまで追い詰めてしまったのは一生の不覚。お兄様がお姉様だったならば、いずれは両親や王城から正式に認められた上で盛大な結婚式を挙げて、その後に初夜を迎えたいとお思いになっていたはず。


 あーバカバカバカ!! 私のバカ!


 男性二人だったからこそ物珍しさに覗いていたのに、まさかノーマルな男女の営みだったとは。愕然として項垂れる私の頭にラメーン様が優しく手を添えました。


「どう? 見ていたのは途中からだったけれど、勉強になったかな?」


 ラメーン様は、私達が潜んでいたことに初めからお気づきだったご様子。そう言えば騎士様ですもの。人の気配には敏感なのでしょう。


「も、申し訳ござ……」

「いいんだよ。これが男だったら許していないだろうけどね」


 ラメーン様の目つきは鋭く、私は蛇に睨まれたダンゴムシの如く小さくなりました。


「で、どうだった?」

「えっと、あの、良い社会勉強になりましたわ」

「それは良かった。でもこういうのは、実技を交えないと身につかないものだからね」


 ラメーン様が一歩こちらへ踏み出します。私は少し怖くなって後ずさりしました。さらに、かろうじて握りしめていた蝋燭の燭台を取り落としてしまいます。パプリカの顔には「我存ぜぬ」と書いてありますし、カプチーノは先程倒れて気を失ってしまいました。ココアはマイペースにカカオお兄様へ何かを話しかけています。


 え、この事態を収めるのは私? 無理無理むりっ。

 次の瞬間、ラメーン様は私の冷えきった手を強く握りました。


「私は、こんな美しい女人が相手ならば、二人同時でも構わないよ?」


 ヤバイ。孕ませ現場をプロデュースしてコーディネートしてしまったばかりか、身内のエッチを目撃したこと以上にヤバイ。



 私、人選を間違えました。

 お兄様。あなたのお相手はたぶん、遊び人です。






 あぁ、このまま気絶して次に目を開けたら全てが夢オチでしたなんてことになれば、どんなに素晴らしいことか。私はそんなおまじないがなかったかしらと頭をフル回転させ始めましたが、そんな都合の良い代物などございません。


 そんな現実逃避をはじめた私は、ふと背後から悪しき空気が漂ってきたのを肌で感じて正気に戻りました。この感じは知っております。次の瞬間、パプリカの澄ました声が部屋に響きました。


「お帰りなさいませ、ご当主様」


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