305.逆戟の領主

「ふむ、国王陛下からは比類なき武人と聞いていたのだが……普段は周囲に溶け込んでいるな」


 えーと、品定めにでもきたのだろうか?

 目的がいまいちよくわからない。


「おっと、そんなに警戒しないでくれ。警備任務を邪魔しにきたわけじゃない。先に一目会ってみたくてな。それじゃ、お邪魔したな」


 きびすを返し、スタスタと歩いて戻っていくシュラム侯爵。

 いったい、本当になにが目的だったのか?

 一応、変な呪術の類いがかけられていないか確認してみたが、問題は一切なし。

 本当に、なんだったんだ?


**********


 シュラム侯爵との邂逅からしばらくして、フローリカとミリアの準備が終わったため部屋の中に入る。

 フローリカもミリアも、今日は最大限のおめかしをして登場だ。


「フート様。似合いますか?」


「ああ、よく似合っているよ。髪型とか、普段はアップにしないから新鮮だ」


「ありがとうございます。ミリアちゃんも慣れてくれればよかったんですがね……」


「まだ慣れてないってことか」


「はい。今まではスラムの孤児だったのですから仕方のないことでしょう」


「そうだな。少しずつ慣れてもらうしかないな」


 ともかく、フローリカとミリアのお化粧が済んだことで今日の予定を再確認する。

 ……と言っても、今日はもう簡単な事前会議……顔合わせ程度しかできないらしいが。


「そういえば、さっき廊下で警護しているときにシュラム侯爵を名乗る男がやってきていたんだが」


「シュラム侯爵がですか? 一体なんのようで?」


「わかりませんのにゃ。吾輩たちを確認したら、すぐに帰っていってしまったのですにゃ」


「それは……よくわかりませんね。お父様たちなら、なにか知っているかも知れません」


「特に理由があっての行動じゃない気もするけどな……」


「それはそれでたちが悪いですけどね」


 ともかく、全員の支度が調ったということで、国王陛下たちと合流する。

 あちらもすでに全員揃っていた。


「きたか。ところでフート、お前らのところにシュラム侯爵を名乗る男がやってきたか?」


「お父様、それをどうして?」


「さっき、シュラム侯爵自身がやってきて嬉しそうに話してやがったんだよ。『娘にいい護衛をつけている』ってな」


「って、ことはさっきの人が本当にシュラム侯爵だったのか」


「だな。公の場以外ではかなり……というか、本人が非常にフランクな性格だから咎められやしねぇよ」


「それっていいんですかにゃ?」


「本人の特徴だからなぁ……」


 国王陛下も困り顔だ。

 あれは何回か注意したけど直らなかった、そんな様子だな。


「ともかく、今日からこの後、顔合わせの会談だ。シュラム侯爵自身が来るはずだから気を抜くなよ」


「はい」


「わかりました」


「了解ですにゃ」


 こちらの全員が揃ったことで迎賓館の会議室へと移動することになる。

 迎賓館の会議室で待っていたのは……先ほどの偉丈夫を初めとする、逆戟の面々だった。


「待たせたかの? シュラム侯爵」


「いいえ。私たちも最終確認の時間がとれたので願ってもないことです。それでは、早速ですが打ち合わせ……いや、顔合わせを始めましょうか」


「うむ。どちらから始める?」


「まずは逆戟側から行うのが礼儀でしょう。では、まずは逆戟の魔術師長ヤナ = クリール」


 逆戟側の末席に座っていた女性が立ち上がり一礼をした。

 見た限り、20代後半にも届いていないような年齢だけど……相当な実力なのかな?


「次は……」


 その後は、衛兵長、総括騎士団長の紹介がされた。

 総括騎士団長というのは、陸側の第一防壁と海側の第二防壁のふたつを統括する総司令官みたいな役職らしい。

 なお、各防壁の騎士団長は不在。

 俺たちを軽んじたわけではなく、奇襲を受ける可能性を考慮してということである。


「最後に私の子供たちだな。長男がハラルト、次男がローラント、三男はマゼルだ。長男は第一防壁の副長、次男は第二防壁の副長、三男は王立学院に通っているため不在だ」


「三男のマゼル君というのは、学校対抗戦の武技戦において最後まで立っていた生徒ですか?」


「お、さすがだな。フェンリル学校のフート理事長。その通り、最後まで生き残れたのがマゼルだ。実戦だったら1対5であっさり討ち取られていただろうが、フェンリル学校の生徒たちもなかなか粋がわかってるようだな。ほかの連中を倒した後、余計な手出しをせずに見守ってくれるなんてよ」


「それは生徒の自主判断ですから」


「それはそれですげえよ。……さて、自己紹介が遅れたな。私がこの逆戟の領主シュラム侯爵だ。穏便に頼みますよ、国王陛下?」


 やっぱりどこか食わせ物な気がするなぁ。

 その後はこちらのメンバーを紹介して顔合わせは終了した。

 まるで、お姫様のように飾り付けられたミリアがフェンリル学校の所属で、精霊魔法のスペシャリストであることには驚いたようだけど。

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