295.ミリアの養子縁組
「ここが宮廷魔術師長さんのお家なの?」
「お家というかお屋敷だけどな」
「さすが、宮廷魔術師長というべきですにゃ」
「ミキの言うとおり、車で来て正解だったわ」
「せっかく、晴れ舞台なんです。学園専用車もあることですし、使わない手はありませんよ」
今日はミリアと宮廷魔術師長……ランダルさんとの養子縁組の日だ。
ミリアには両親がいない。
そのため、俺たちが親代わりとして立ち会うことになっている。
「ふわー、大きなお屋敷だねー」
「そうだな」
「現実逃避はやめましょう?」
「そうですにゃ。そろそろお屋敷の敷地内に入りますにゃ」
宮廷魔術師長のお屋敷に入り、車止めに車を止める。
こういう場所では、車はしまわないのが礼儀だそうな。
「フート理事長、ミキ理事、アヤネ理事、リオン理事。ようこそおいでくださいました。その子供がミリア様ですか?」
「はい、私がミリアです」
「ふむ、元気で結構。緊張しているかと思いましたが、そんなことはなかったようですな」
「すみません、礼儀関係は慣れていなくて」
「お気になさらず。主人も礼儀にはうるさくない……といいますか、自身も礼儀がなっておりませぬ」
「それは……」
「そういうわけですので、礼儀作法については、これから習っていけばよろしいかと」
「礼儀作法は苦手……」
「ああ、ミリアちゃんもフローリカ殿下のマナー教室を受けていたんでしたね」
「我が家では、そこまでかしこまったことはいたしません。さて、立ち話もなんです。屋敷に入りましょう。おっと、私の自己紹介がまだでしたな。家宰のジャヴィと申します。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いします。ジャヴィさん」
「ええ、よろしく」
ジャヴィさんのあとをついていき、正面玄関を開ける。
そこで待っていたのは、屋敷の使用人たちであった。
「「「ようこそおいでくださいました。フート様、ミキ様、アヤネ様、リオン様、ミリア様」」」
ああ、こういうあいさつって本当にするんだなぁ……。
わりとどうでもいいことに感心していると、ひとりの女性がやってきた。
歳は30前後くらい、ブロンドヘアーがしっかり結わえられている。
おそらく、この屋敷の女主人、つまり、ランダルさんの妻だろう。
「ようこそおいでくださいました。私はランダルの妻、ナスターシャと申します。フート様方にはお忙しいところ、時間をとっていただき光栄ですわ」
「身寄りのない学園生のためですからね。できることはやりますよ」
「……本当に、王立学院の教師陣にも見習ってほしいですわね」
「はは……」
「奥様、その話はまた後ほど」
「ええ、そうでしたわね。どうぞこちらに。主人も奥の部屋で待っております」
「ランダルさんが? 今日はお休みですか?」
「あの人が望んで養子縁組を行うのですもの。立ち会うのは当然です」
うーん、この奥様はあまり今回の養子縁組に賛成ではないのかな?
普通に考えて、貴族がスラムの子供を養子にするとか思えないのだが……。
「ああ、余計な心配をさせてしまいましたか。私も今回の養子縁組には賛成しております。非常に優秀な魔力を持つ学生でそれ以外の授業態度も真面目、性格も問題ない。裏も調べさせていただきましたが、とくになにもありませんでした」
「……なにもない?」
「はい。不自然なほどになにもないのです。種族を考えればなにかあって当然なのですが……」
「奥様、旦那様の待つ応接室につきました」
「……フート様、この話はまた後ほど」
「はい。俺も気になっていたことなので」
応接室の扉が開かれると、宮廷魔術師長ランダルさんが待っていた。
その顔は普段の厳格な宮廷魔術師長のものではなく、ひとりの男性のものであったが。
「やあ、よくきてくれたね。ミリアちゃん」
「ランダルのおじちゃん。こんにちは」
「ああ。フート様方もお手数をおかけします」
「いえ。……それで、養子縁組の手続きってどうすればいいのでしょう? ほとんどなにも知らないのですが」
「そこのところは吾輩が知っているのにゃ。事務方の部分は吾輩が引き受けるので、気になる部分だけフート殿たちは質問すればいいにゃ」
「こう言うところでも頼りになるわね、ネコ」
「にゃはは。という訳なので、養子縁組の書類はまず吾輩が読ませていただきますにゃ。かまいませんかにゃ?」
「ええ、どうぞ。正直、私どももフート様方がこういう貴族的なやりとりをできるか心配でしたので」
「というわけで、フート殿たちもすべてが片付いたら貴族のやりとりを覚えるにゃ。めんどくさくても必修にゃ」
「了解した。頑張らせてもらうよ」
養子縁組についての契約書を読み始めたリオンであったが……その顔が段々険しくなってくる。
そんなに難しい内容が書いてあったのだろうか?
「ランダル殿? この養子縁組内容は本気ですかにゃ?」
「ええ、本気も本気。すべてその内容通りにさせていただきますとも」
「ナスターシャ様もこの契約内容はご存じですかにゃ?」
「もちろん、目は通しました。その上で、私もサインしております」
「にゃー。これは困ったにゃー」
「リオン? そんなにまずいことが書いてあるのか?」
「まずいこと……ではないのですにゃ。ミリアが一方的に有利な内容となっていますにゃ。これでは夫妻はよくても、周りの反感を買いますにゃ」
「そこまでか?」
「はいですにゃ。まず、貴族の養子になる以上、その貴族の子供……姓名が与えられますにゃ。ミリアの場合、ミリア = コリンソンが正式な名前になりますにゃ」
「それはわかる。それ以外は?」
「屋敷にミリアの部屋が用意されますにゃ。これもまあ、貴族の娘になるのだから当然ですにゃ。ここから先が問題にゃ。平日の間はミリアをフェンリル学校に通わせ、休日はこの屋敷で宮廷魔術師になるための勉強をさせるとなっていますにゃ」
「それはそれは。スラムの子供が宮廷魔術師なんて、サクセスストーリーですね」
「ミキ殿、そんな簡単な話ではないのですにゃ。ただでさえ、ミリアの魔法学理論はフェンリル学校でも飛び抜けていますにゃ。そこに宮廷魔術師向けの英才教育が加わったら……」
「ああ、大変な事になりそうだな」
「フート殿は気楽すぎますにゃ!」
「そうは言われてもなぁ。ミリア、宮廷魔術師になりたいか?」
「うん! 宮廷魔術師になって、いろいろ研究したい!」
「それがよろしいですな。宮廷魔術師は、実戦より研究が主な役目。実際の戦闘にも赴きますが、研究がメインです」
「だってさ。本人の希望とあっているなら、今のところはいいんじゃないのか?」
「うーん。ランダル殿、場合によっては無駄になりますにゃよ? それでもよろしいのですかにゃ?」
「そのときはそのときです。彼女には正確な魔法研究理論が必要でしょう」
「うーん、確かにその通りですにゃ。あと、毎年フェンリル学校に一定額の寄付というのも……」
「あら、スラムの子供たち以外の入学生は学費を取っていると聞きましたわ。それならば、貴族家に養子入るミリアも学費を納めねば」
「反論の余地がありませんにゃ……」
リオンもどうやら反論を諦めたらしい。
契約内容に不備がないかだけをチェックし始めた。
結果、とくに問題がないということで、ミキもチェックを行い俺の手元にまわってくる。
俺もチェックを行って、最後にミリアに確認を取って署名すれば正式な養子縁組となった。
「よし! これで、晴れてミリアは私の娘だ!」
「あなた。まだ、私たちには貴族名簿にミリアの名前を載せるという仕事が残っていますよ?」
「う、うむ。忘れてなんかいないぞ?」
「どうでしょうか……」
「よし、善は急げだ! この養子縁組契約書をもって貴族名簿にミリアの名前を登録してくる!」
ランダルさんは止める間もなく駆け出していってしまった。
そんなにミリアが娘になったことが嬉しいのだろうか?
「ごめんなさいね。あの人ったら、この歳になって自分の研究内容を引き継いでもらえるだけの逸材と、可愛い娘の両方を迎え入れることができてはしゃいじゃって……」
「ああ、なるほど」
「私たちは、あの人が戻ってくるまでお茶にでもしていましょう。二階のテラスでね」
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