296.ミリアの身辺調査結果
ナスターシャ様に連れられて、2階にあるテラスルームに移動する。
そこで出ていってしまったランダルさんを除いた皆でお茶会だ。
「せっかくのお茶会ですし、何回か席替えをしましょうか。最初は……ミリアちゃんとフート様とミキ様、ご一緒願えますか?」
「ええ、構いません」
「うん、いいです」
まずは俺たちがナスターシャ様のお相手だ。
ミリアも一緒ということは、そこまで踏み込んだ話はしないのだろう。
残りのふたり、アヤネとリオンは別の席でいろいろと話をしているな。
「ミリアちゃん、今日はマナーのお勉強はなしでいいわ。それはまた今度、ゆっくり行いましょう」
「はい。わかりました」
「さて、ミリアちゃん。ミリアちゃんは今日からこのお屋敷の子供になるわけだけど、なにかほしいものはある?」
「ほしいもの?」
「ええ。例えば、ドレスとか宝飾品とか」
「うーん、そういうのはいらない。よくわからないし」
ミリアは本当に困った顔をしている。
いきなりドレスや宝飾品の話をされても困るだろうな。
「そういうわけにもいかないのよ。ミリアちゃんは今年で9歳でしょう? そうなると、来年は10歳。まだデビュタント……と言ってもわからないわよね。社交界デビューは早いけど、貴族の子供は10歳になるとお披露目があるの。そのときには、しっかりと飾り付けをしてもらわないといけないのよ」
「そうなの、フート理事長、ミキお姉ちゃん?」
「そう言うものがあるとは聞いたな。10歳を迎えると、国王陛下にお披露目をするとか」
「はい。あくまで貴族内でのお披露目とは聞いています。でも、そういうイベントはあるはずですよ」
「むう……じゃあ、そのときはきちんとした服装でマナーもしっかりしていないと、ランダルおじさん……じゃない、ランダルお義父さんやナスターシャお義母さんのご迷惑になるんだね?」
「え、ええ、私たちへの迷惑なんて考えなくてもいいわ。ただ、あなたが恥をかかないか心配で……」
ナスターシャ様はいきなりお義母さんと呼ばれて、少し驚いたようだ。
慣れていくうちに呼んでほしいと思っていたんだろうな。
「あれ、私はあまり気にしないよ?」
「あなたが気にしなくとも、私たちが気にするのです。私たちは伯爵家とはいえ、それを理解していない子供の多いこと」
「子供でもなにかあるの?」
「いえ、貴族の子供は貴族位を賜っていない限り、貴賤の差は基本的にありません。ですが、親の身分を笠に着て好き勝手をする子供も多く困っているのです」
「そうなんだ。でも、ちゃんとした人もいるんでしょ?」
「もちろんです。国防都市を守る侯爵家などはその筆頭ですわ。あの家は『常に紳士淑女たれ』と言い続けておりますので」
「国防都市ですか。確か、学校対抗戦の武技戦で最後まで残っていた王立学院代表者も国防都市の三男だとか」
「ええ、その通りです。彼は文武両道、その上で剣も魔法も修めている優秀な人材ですわ。あれだけの逸材、なかなか王立学院ではお目にかかれません」
「ナスターシャ様も厳しいですね。ランダル様やナスターシャ様の母校でもあるのではないでしょうか?」
「昔の王立学院はとても規律に厳しく、授業内容も王立の名に恥じない内容でしたわ。今のような腑抜けた連中とは違います」
「そんなにダメだったかなぁ?」
「ミリアちゃんは魔法的当てだったからわからないでしょうが、それ以外の競技では差が歴然としてましたのよ? 魔法的当ても差がつきましたが」
「うーん、わりと簡単な的だったと思うんだけどなぁ」
「それにすらついていけないのが現状ですわ。もっとも、その現状にも大規模な改革が入るようですが」
「そうなの?」
「多くの貴族方が見守る前であれだけの恥をさらしましたもの、現在の教師陣は熱心なものを除きほとんどがクビだそうです。その上で、指導経験豊富な古強者たちを講師として送り込むそうですわ。来年以降、学校対抗戦で恥をさらさないようにね」
「来年、ですか」
「アグニの件がありますので、来年の開催は難しいでしょう。ですが、再来年以降は確実に勝つという意気込みのようですわ。それから、王立学院に入学する生徒の年齢も成人済みの15歳以上から、12歳以上まで引き下げるという案も出ていますの」
「それはまた。かなりの改革ですね?」
「後天性魔法覚醒施設による研究成果がすべてですわ。年若いものほど魔法属性が増えやすいのでしたら、若いうちから入学させた方がよいのではないかと」
「理にかなってるね。でも、もっと早いほうがいいと思うよ?」
「ミリアちゃん、それは陛下やほかの皆様も承知ですよ。でも、そう簡単に物事が運ばないのが貴族社会の面倒なところです」
「むぅ……難しい」
「ふふふ。ミリアちゃん、これからいろいろ覚えていってくださいね?」
「はい、ミキお姉ちゃん!」
「さて、そろそろ席替えをしましょう。今度は……ミリアちゃん、ミキ様とアヤネ様のふたりと話してきてくれる? 私はフート様とリオン様に大事な話をしますから」
「うん、わかりました。行こう、ミキお姉ちゃん」
「はい。それでは、フートさん。またあとで」
ミリアとミキがアヤネたちの席に行き、代わりにリオンが俺たちの席にやってくる。
ここからが、俺たちにとっての本番だろう。
「フート様、リオン様、お待たせいたしました。私どもで調べたミリアの経歴についてお話いたします。……あまり話せることがないのですが」
「ナスターシャ様、本当ですかにゃ? 飛行艇で聞いたスリークオーターエルフというのが事実ですと、かなり重い過去があるはずなのですがにゃ」
「はい。ミリアを養子に迎えるという案は、諸国歴訪の前から出ておりました。なので、私どもの家で総力を挙げ彼女の過去を追いましたが……赤子の頃にスラムで拾われたというところまでしか調べられないのです」
「調べられない? 父親や母親、あるいは誰かがスラムに彼女を置いていった、あるいは預けていったとか捨てていったとかも?」
「はい。彼女はスラムの顔役のひとりに育てられました。そこでぷっつりと糸が途切れてしまうのです。その顔役も、ミリアを誰かから預かったのか、どこかで拾ったのか覚えていないという具合に」
「フート殿、おそらく記憶操作の魔法がかけられていますにゃ」
「だろうな。俺たちが行って再調査するか?」
「おそらく無意味ですにゃ。記憶操作をされてから数年は経っていますのにゃ。そうなれば、記憶操作の魔法を解除しても、なにも思い出せませんのにゃ」
「うん? つまり、ミリアが赤子の頃からスラムにいたのも記憶操作による嘘の可能性があると?」
「赤子の頃からいたかどうか、という点は怪しいですにゃ。少なくとも2歳くらいまでには預けられてるはずですにゃが」
「うーん、こうして考えるとかなり経歴の怪しい子供なんだな」
「はい。ですが、本人はいたって純真無垢な少女です。なので、受け入れるには問題ないと主人と話し合って決めました」
「そう言ってもらえると助かります。……あとは、ミリアの足取りを追うかどうかですが」
「吾輩は賛成しませんにゃ。あまりしつこく調べると、蛇が出てくる可能性がありますにゃ」
「飛行艇で聞いたエルフの話、か」
「はいですにゃ。エルフの追っ手が来てない以上、何らかの防衛手段が講じられているはずですにゃ。それを破るような真似は、できる限り控えるべきですにゃ」
「エルフ……エルフか。そういえば、この国にもエルフの里があるのか?」
「この国にエルフの里はありませんにゃ。ただ、エルフのコミュニティは存在していますのにゃ」
「そこが寛容という可能性はございますか?」
「その可能性も否定できませんにゃ。ミリアは学校対抗戦の魔法的当てでひたすら目立ちましたにゃ。それなのに、なんの接触もないということは、気がつかれていないか気付かれていて見ないふりをしているかですにゃ」
「そこはエルフのコミュニティ次第か」
「はいですにゃ。うかつにエルフの国へ連れて行くなどをしなければ問題なさそうですにゃ。ただ、フェンリル学校の外では護衛がほしいですにゃ」
「そこは心得ております。ひとまず、ミリアは大丈夫そうですか?」
「そう判断するべきでしょうにゃ。これ以上の詮索はしないほうがいいでしょうにゃ」
「そうですね。先ほども言いましたが、下手に過去を詮索しすぎてエルフの追っ手が襲ってくることが一番の問題です。今は無理をせずに身辺警護だけを考えましょう」
「わかりました。あのレッサーフェンリル2匹は、まだ戦力にはならないでしょうか?」
「いえ、もう十分な戦闘能力を持っています。ただ、主人をかばって戦闘不能にされる恐れもありますので油断はできません」
「わかりましたわ。主人が戻ったら伝えます」
「よろしくお願いします。そういえば、ミリアはこのあとフェンリル学校に戻してよいのでしょうか? 必要でしたら、しばらくこのお屋敷に慣れさせる時間を与えますが」
「できれば数週間で構いません。お屋敷で過ごさせていただけますか? 家の者にも顔を覚えてもらいたいですし、最低限のマナー教育などを施したいですわ」
「わかりました。ミリアの意向も聞きますが、理事長としては許可します。元気が有り余っていると思いますので、苦労をおかけするかも知れません。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。可愛い娘をご紹介いただき感謝がつきませんわ」
そのあとはたわいもない話をして再度席替え。
今度は女性4人で話をしてみたいらしい。
俺とリオンは今後の打ち合わせをして時間を潰し、お茶会はお開きの時間となった。
お茶会のあと、ミリアの部屋に案内してもらったが、ミリアが部屋の広さにびくついていた以外は問題なさそう。
ミリアには慣れてもらうしかないな。
頑張れ、ミリア。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます