280.フローリカ姫救出後

 さて間一髪ではあったけど、フローリカ殿下の救出は間に合った。

 間に合ったのだが、この状況はなんだろう?


「はぁ、フート様の優しいにおい、落ち着きますわ」


「でしょ? フートのにおいってお日様みたいで落ち着くのよね」


「はぁ、ふたりとも変なところで意気投合していないでください」


ひとまず王太子潰れたカエルの部屋から出て廊下で国王陛下たちの到着を待つ。

その際、フローリカ殿下からお願いされたことは……。


「フローリカ殿下、あの……」


「…………」


「はあ。フローリカ、あの」


「なんでしょう、フート様!」


 ひとつ目がこの『フローリカ』呼びだ。

『殿下』とか『姫』とかつけるとそっぽを向いて反応してくれない。

 逆に名前だけで呼ぶと満面の笑みでこちらを見てくれるのだが。


「この体勢、フローリカはつらくないですか?」


「大丈夫ですわ。フート様こそ大丈夫ですか? 私、重くないです?」


「フローリカくらいなら普段から鍛えているのでなんとか」


 ふたつ目が、抱っこである。

 ドレスも無残に引き裂かれ、顔も腫れ上がっていたあたり相当ヒドイ扱いをされていたようだ。

 なので、この程度の甘えで落ち着いてくれるならお安いご用である。


 そうして王太子部屋の前で待つことしばし、戦闘音がこちらに近づいてくる。

 どうやら国王軍もこちらに駆けつけてくれたみたいだね。


「ええい、騎士隊! これ以上、この狼藉者どもを王太子様の寝所に近づけさせるな!」


「黒旗隊。向かってくる者は容赦なく切り捨てよ。フローリカ殿下誘拐の一味である」


 あれは黒旗隊……軍務卿と国王陛下だな。

 対するはヴィンス公国の騎士だが……完全に浮き足立っている。

 飛びかかれば確実に切り捨てられるし、王女誘拐の一味として不名誉の死を遂げるのは本望ではないということだろう。

 そういう意味では、あちらもギリギリの攻防というわけだ。

 わざわざあちらの戦いが終わるのを待つ理由もないし、手を出すか。


「リオン、アヤネ。こっちはいいからあっちを制圧してきてくれ」


「はいですにゃ。30秒で戻りますにゃ」


「あんたらもこっちに向かって歩きなさいよ」


「わかったよ」


 リオンとアヤネは先制して動き始め、敵騎士団を無力化する。

 それに気がついた黒旗隊も雄叫びをあげ、前面にいる騎士たちに襲いかかった。


「……25秒。十分な戦果ですにゃ」


「そうね。フートたちも合流したし、戻りましょう」


「ですにゃ」


 これから国王陛下との面談だけど、すんなりと行くかなぁ?


「おお、フローリカ。無事だったようだな」


「はい、フート様がギリギリ間に合ってくださったおかげで、無事でしたわ」


「うん? ギリギリだと? フート、どういうことだ」


「えーと、今回の騒ぎを起こした首謀者はこの国の皇太子? 王太子? まあその人です」


「うむ、それは調べがついておる。して、ギリギリとは? ……まさか」


「はい、フローリカおう……フローリカを無理矢理手篭めにするつもりだったようですよ?」


「なんだと……フローリカに手を出しただと? 軍務卿! 今すぐその愚か者を連れて来い!」


「はっ! フート殿、してその馬鹿者はいまはどこに?」


「自分の寝室で壁とキスをしてるんじゃないかな? 死なない程度の治療しかしてないし」


「助かる! 行くぞ!」


 軍務卿は黒旗隊二名を引き連れて王太子の寝所へと向かう。

 その様子を見ていると、ふいに首に回されていた手が強く襟元をつかんできた。


「フローリカ……って、なにをなさっているんですか、国王陛下」


「いや、なに。乙女の顔をしているフローリカの顔を見たくてな?」


「お父様……」


「まあ、ともかくよくやったぞ、フート。できる範囲で最善の行動を尽くしてくれた。礼を言う」


「たいしたことはしてませんよ。……それよりも今後はどうなるんですか?」


「今後? ああ、同盟は破棄だ。こんな国と同盟を続けても害悪しかないからな」


「そうですか。それならばよかったのですが」


「おう。それともうひとつの今後だが……」


「お父様!」


「……そっちは落ち着いたらフローリカからきちんと説明が入るだろ。ともかく、ご苦労だった。『白夜の一角狼』はこのままフローリカを連れて『鳴神』へ戻れ」


「あの、よろしいのですか? 私という『物証』がなければ襲われたという証拠がなくなりますが……」


「そいつは心配ねぇ。別の証拠を固めてあるからな。それよりも、フローリカにはすぐにでも休んでもらいたい」


「わかりました。お心遣い感謝いたします」


「うむ。では頼んだぞ」


「はい。フローリカ、しっかり捕まっていてな」


「はい!」


 俺たちはトップスピードで王宮を脱出、そのまま『鳴神』へと帰還した。

『鳴神』でもフローリカがさらわれたことは伝わっていたようで、彼女の姿を見て安堵する騎士や仲間に伝えに行く騎士などさまざまな姿がある。

 愛されているんだな、フローリカは。

 そして王室専用フロアに戻ると……弟子やミリアたちが心配そうに駆けつけてきた。


「フローリカ様、大丈夫でしたか!?」


「はい。フート様のおかげで事なきを得ましたわ」


「よかった……フローリカ様になにかあったら大変だものね」


「そうですね。ミリアさんも心配してくれてありがとうございます」


「本当に心配したんですよ! 王女様に何かがあったら『鳴神』のみんなが悲しみますからね」


「ミーシャさんもありがとうございます。そうですわね、私はもっと自分を大事にすべきですわね」


「フローリカ様。ご挨拶が終わりましたらお部屋に戻りましょう。お風呂の準備もできております」


「あ、はい。それでは皆様。名残惜しいですが、これで失礼いたしますわ」


 フローリカは専属の侍女に連れられていってしまう。

 俺たちも解散ということになり、それぞれシャワーを浴びるなどして寝ることになった。

 だが、その夜、俺たちの部屋をおとずれるものがいた。


「失礼いたします。アルマです。フート様、起きていらっしゃいますでしょうか」


「ああ、みんな起きてる。なにかあったのか?」


「それが……フローリカ様が皆様と一緒に眠りたいと」


「何かあったのか?」


「それはフローリカ様から直接お聞きいただく方がよろしいかと」


「わかった。通してくれ」


「はい。……フローリカ様、どうぞお通りください」


「ありがとう、アルマ。申し訳ありません、皆様。こんな夜更けに」


「夜更けだから来なくちゃいけない理由があったんですよね、フローリカちゃん?」


「ミキ様はお見通しですね。……その、先ほど襲われた場面を何度も夢に見てしまうのです。なので皆様と一緒なら大丈夫かと思い……」


「かわいらしい理由じゃないですか。断りませんよね、旦那様?」


「ああ。でも、フローリカ。異性と同じベッドで寝るっていうのは王女として外聞が悪いのでは?」


「それも解決する道が見えております。ですので……」


「わかったよ。まだまだフローリカは子供でいいんだ。俺たちのベッドにおいで」


「はい。端のほうで……」


「あら、そんな場所はだめですよ? フローリカちゃんの寝場所は私とフートさんの間です」


「え、私とフートの間じゃないの?」


「抱きつき魔」


「わかりました」


「あの、それでは失礼いたします」


「ええ。あなたがゆっくり寝付くまで私が様子を見ていてあげます。安心してお眠りなさいな」


「はい。ありがとうございます」


 そのあと10分ほどすると、フローリカは規則的な寝息を立てるようになった。

 うなされている様子もないし、これなら大丈夫かな?


「フートさんも先に休んでください。フローリカちゃんの様子は私がみますので」


「……いいのか?」


「女の子って男の人に寝顔をじっと見つめられると恥ずかしいものですよ?」


「わかった。それじゃあ、俺も眠らせてもらうよ」


「はい、おやすみなさい」


 俺もまた10分ほどで眠りに落ちる。

 なんだかんだ、気を張り詰めていたからな……。


「フローリカちゃん、あとはあなたの勇気次第でその場所はあなたのものですよ?」

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