281.フローリカの決断

「ん……早く目が覚めてくれましたね。よかった」


 時間を見れば、まだ午前4時前、フート様たちは起きていない様子。

 今から行動すれば、まだ……。


「いくんですね、フローリカちゃん」


「……!?」


「声を出しちゃいけませんよ、フートさんたちまで起きてしまいます」


「ミキさん」


「決めたのですよね?」


「はい、決めさせていただきました。ミキにもご迷惑をおかけすることに……」


「そんなことはどうでもいいんですよ。ただ、一緒に支えてくれる仲間が増えてくれるのなら」


 ……かなわないなぁ。

 直感でそう感じてしまいます。

 なんでもお見通しというか、第一にフート様のことを想っていらっしゃるというか。


「さあ、お行きなさいな。自分の望む居場所を手に入れるために」


「はい。失礼いたします、ミキ様」


 向かいましょう、自分のいたい場所を手に入れるために。

 これからも一緒にいられるために。

 そう考えればとても勇気がわいてきました!


「姫様、もうお目覚めですか?」


「はい、アルマ。お父様たちはどうなさっていますか?」


「皆様、もう起きていらっしゃると思います。ヴィンス公国を急に離脱してきた関係上、いつ追撃を受けるかわかりません」


「それは……フート様たちにも起きていていただいた方が」


「フート様は最終手段のため、ギリギリまで休んでいてほしいということです。人間同士の争いに赤の明星を使うことは、本当に最終手段として考えておられるのです」


「……私の救出は最終手段のひとつだったんですね」


「そのようです。リオン様もかなりの数の騎士を倒したと聞きますし、ほかのお三方も相当数の敵兵を倒しているそうです」


「それはご迷惑を……」


「皆様、迷惑だなんて想っていませんよ。無事に助けられて安心していられるようです」


「そうですか? そうですね、それならば私ももっと胸を張っていかないと」


「その意気です。お部屋に戻られますか?」


「はい、この姿のままではお父様に会うわけに参りません。戻って支度をします」


「かしこまりました。それでは、お供いたします」


 ここからが勝負時です。

 絶対に負けられない勝負、確実に勝ち取ってみせます!

 ……ひょっとして、モンスターに立ち向かうときのフート様たちもこのような意気込みなのでしょうか?


**********


 服装をドレスに改め、髪も整え、お化粧も薄くではありますがしっかり施していただきます。

 まだ半人前にもなっていないとはいえ、女性の私にできる戦装束はこれですからね。

 もう一度、鏡に向かっておかしなところがないかを確認すると、私はお父様がいるというブリッジに足を運びます。

 ブリッジに到着すると……お父様のほかに軍務卿、外務卿、宮廷魔術師長、それにカルロス獣神国国王もいらっしゃいました。

 ですが、この程度のことで怯える私ではありません。

 お父様たちが特別な話をしていないことを確認し、皆様の元へと歩み寄ります。


「おう、来たか、フローリカ。想ったよりも早かったな」


「はい、早く目を覚ましました。なので、早めにお父様……いえ、国王陛下に許可をと」


「国王陛下にか。どうだ、エイナル王よ、娘を取られる感想は?」


「あー、もっとこう、なんだ、男としてこみ上げるものがあるかと思ったが……そうでもないな。俺の場合、その気になればいつでも会えるからか?」


「違うだろ? 素直に認められる相手だからと言ってしまえ」


「それはそれで悔しいじゃねぇか」


「……あの、お父様?」


「ん、ああ。フローリカ、お前とフートの結婚を許す。那由他国国王としてもお前の父親エイナルとしてもな」


「……え、それだけ、ですか?」


「それを言いにきたんじゃねぇのか? 昨日は妻のいる男と同衾したってのによ?」


「い、いえ! 私の目的はフート様との結婚のお許しをと考えてきたのですが……あまりにもあっけなく」


「いや、お前とフートの結婚は既定路線だったからな。政略結婚にならなくてよかったぜ」


「既定路線、ですか?」


「おう。結果はどうあれ、お前は一度さらわれてそれを助けたのはフートたちだ。一国の王女を助けたのに、褒美を取らせないわけにもいかない。それに、先ほど『ケルベロス』に連絡が入ったそうだが、法神国を取り巻く5つの国々。獣神国以外の2つの国が俺たちと同盟を組んでくれることになった。残りの2国は態度を保留したそうだが、少なくとも法神国との国交は取りやめるそうだ」


「では、同盟国が増えるのですね!」


「まあな。で、さっきの話に戻るんだが……元をたどると獣神国が同盟入りしたのも、ほかの4カ国の人質を救出できたのもフートたちの手柄なのさ。そんなフートたちには、なにかしらの褒美を与えなくちゃいけねぇ。かと言って、金銀財宝のようなものは望まないだろうからな。それならば、王家との関係強化も含めてフローリカとの婚姻を……ってなった訳だ」


「本当ですか!」


「ああ、本当だ。もちろん、正式な婚姻はお前が成人する8年後までお預けだが、それまでは正式な婚約者だ。堂々とあいつらに会えるぞ?」


「……ありがとうございます、お父様」


 その後はお父様とともに、どのタイミングでフート様に言うのが効果的かを考えました。

 そんな様子を見ていた獣神国国王は『似たもの親子だな』とつぶやいていましたが……気にしませんよ?


**********


「つーわけだ。フート、お前にはフローリカの夫になってもらう。これは俺の命令じゃなく、フローリカの願いだ」


「はい! フート様、よろしくお願いしますわ!」


 結局、朝食を食べ終えたあと、全員揃っている場で発表するのが一番効果的そうだとなりました。

 実際にその場で切り出されたフート様は、とても驚いた顔をしていらっしゃいます。

 アヤネ様やミーシャさんも同じですね。

 ただひとり、ミキ様だけはニコニコと『よくできました』と言わんばかりの笑顔でしたが……。


「あの、国王陛下?」


「ちなみに、ミキ奥方には許可をもらっているらしいぞ? 女同士の話し合い、と言っていたから詳しく聞かなかったが」


「ミキ?」


「はい。私は許可しました。フローリカちゃんはとても真面目でけなげな女の子です。このまままっすぐに育ってくれれば、私たちとはまた違った側面からフートさんをサポートしてくれるはずです」


「しかし……7歳と婚約って……」


「貴族なら珍しくないそうですよ? そもそも私たちだって16歳ですよね? 年の差は9歳しかないんです。今は大人と子供ですが、10年もすればたいした問題じゃなくなります。もちろん、今から手を出してはいけませんよ?」


「いや、手を出すつもりはないんだが……」


 フート様は本当に紳士です。

 でも、私としては少しくらい手を出してほしいな、と感じたり。


「ミキ様。せめて、キスくらいは許してもらえませんか?」


「フローリカちゃん?」


「私も15歳になるまで、一緒に暮らしたりとかそういうことは我慢いたします。なので……」


「はぁ。キスだけですよ。それから、フートさんは那由他に戻ったらフローリカちゃんに婚約指輪を贈ってください。7歳の女の子がつけても問題がない、かつ、王女様が身につけても問題のない気品がある品です」


「わかったよ。それって、ニネットさんを頼れってことじゃないか」


「私たちにアクセサリーの知識はないのですから当然です。……ミーシャさん、あなたにはまだ早いですからね?」


「そんなぁ……」


「あなたはもうしばらく勉強してもらう必要があります。……とはいえ、那由他に戻ったらどうしましょう? パールが教育係でもいけそうですが……」


 む、これはよくない流れです。

 このままでは、ただでさえフート様と過ごせる時間の短い私が、ミーシャさんより更に後れを取ります。

 それならば……。


「ミキ様。ミーシャ様はしばらく私が教育いたしましょう」


「フローリカちゃんがですか?」


「はい。ミーシャ様や私が役に立てる面は戦闘などではなく社交。ならテーブルマナーや那由他の一般常識、貴族や上流階級での風習も覚えていただきませんと」


「ふむ、一理ありますね。エイナル国王陛下、カルロス国王陛下、よろしいでしょうか?」


「俺は構わねぇ。ミーシャがどの程度マナー教育を受け入れられるかわからんが、少なくとも戦闘じゃ役に立たないのは事実だしな」


「俺も構わん。おそらく、フローリカは自分の離宮で引き取るつもりだろうしな」


「はい。もちろんですわ。一般教養から貴族教育までしっかり施してみせます」


「そんなぁ……」


「ミーシャさん。それができたら、あなたもフートさんの婚約者に認めてあげます。頑張ってくださいね」


「はい! 頑張ります!」


「……現金な性格ですね」


 ですが、これで私もあと8年待てばフート様たちの元で暮らせます。

 昨日の夜みたいに、暖かい空間で過ごせるんですね。

 楽しみだなぁ……。

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