251.後天性魔法覚醒施設の売り込み
俺たちが持ち込んだ技術……後天性魔法覚醒施設にもっとも驚きを隠せないでいるのは軍務大臣のようだな。
国でもトップシークレット扱いだし驚くのも当然か。
「後天性魔法覚醒施設……それはどんなものなのだ?」
マルティン王はこの半年ほど病……というか毒と呪いで静養されていたので知らないらしい。
代わりに口を開いたのはやはり軍務卿だ。
「はっ、その名の通り後天的……つまり生まれ備わった以外の魔法属性を宿すことができる施設と聞いております。実際、那由他の王家直轄領にはこの施設が多く作られて一般市民でも回復魔法を覚えているとか」
「……それは素晴らしい。いや、恐ろしいか?」
「爺さん。俺たちはこれを明日売り込む。それを受けるかどうかしっかり考えてくれ」
「というと?」
「この施設なんだがな。最初に覚えられるのは基本的に回復魔法なんだわ。最初はかすり傷だのあかぎれだのしか癒やせない。だが、熟練していけば骨折などの大怪我でも一瞬で治せる兵士を大量に用意できる。自前でな」
「……つまり、教会と完全に手を切らねばならぬと」
「そういうことになる。俺たちの国では勝手に破門状を叩きつけ大聖堂をぶっ壊し多数の被害者をだし帰っていったよ。国内ではうちの国にいた枢機卿どもはお尋ね者だ」
「ちなみに、回復魔法部隊の養成に何カ月かかった?」
「レベル3の回復魔法を使える部隊なら2カ月で形になったぞ? 騎士や兵士の訓練なんて生傷が絶えねえ。それを毎回回復してれば自然と回復魔法のレベルが上がってくってわけよ」
「ううむ……それで、その施設はどうすれば作れる?」
「悪いが作り方は教えられねぇ。代わりに持ち運びができるタイプの第六号後天性魔法覚醒施設を用意した。この国に供給できるのは全部で50個だな」
「その性能は?」
「俺らの国で使っているのはもっとも効率のいい第四号だ。それに比べると覚醒率は一割ほど落ちる。だがそれでも回復魔法を覚えるだけなら2回か3回くらい祈りを捧げればいけるはずだ」
「祈りを捧げる? 神に祈るのか?」
「ちげぇよ。祈るのは精霊にだ。あー、フート。『回復魔法と精霊についての考察』を持ってないか?」
「持ってますよ。5冊ほどあるので1冊差し上げましょう」
「頼む」
俺はアイテムボックスを開き新しい本を1冊取り出す。
……魔法学長に押しつけられた本が役に立つとは思わなかったよ。
「この本は?」
「回復魔法を使う際に精霊がどのような働きをしているかを調べた研究書だよ。それを読めば回復魔法の原理と後天性魔法覚醒施設で最初に覚えられるのが回復魔法なのがわかるだろう」
「ふむ。軍務大臣」
「是非に」
「簡潔な結論は序文にまとめてあるはずだ。そいつを読んでみてくれや」
「ほう。……ふむふむ、なるほど、一理ある」
「軍務大臣、そなたの見解は?」
「はっ。この本によりますと回復魔法は全属性の精霊による身体機能の修復、あるいは毒性物質の除去とあります。確かに回復魔法と一言で言えばたやすいですが、その効果は神秘に包まれていますな」
「ほほう。続けよ」
「後天性魔法覚醒施設というのはすべての属性の精霊の幼子を集める施設らしいです。そしてそれらの精霊たちが一度に力を与えることにより回復魔法が目覚めると書かれております」
「なぜ一度に全属性を与えられると回復魔法になる? ほかの属性にはならないのか?」
「申し訳ありません。そこまでは書かれていないのです」
あー、あの本って回復魔法の原理に特化した本なのか。
後天性魔法覚醒施設の原理には触れてないんだな。
「フート、補足してやれ」
「わかりました。回復魔法を使うには全属性の魔力が必要なのはその本に書かれている通りです。そして後天性魔法覚醒施設で最初にすべての属性を与えられ回復魔法しか得られないのは、それが精霊による経過観察なのです」
「経過観察?」
「はい。精霊たち、特に幼い精霊にとって魔法を使うというのは遊びのようなものらしいです。しかし属性魔法を与えていいかどうか、相性はどうかなどを調べる期間がほしい。そのために一度回復魔法だけを覚えさせて相性を調べると考えられています」
「それは君の推察かね?」
「いえ、フェンリル学校の魔法学科教師陣……後天性魔法覚醒施設の開発者たちと王宮魔術師たちの研究結果のはずです」
「……まあ、それでもいいけどよ」
「国王陛下?」
「ともかくそう言う理屈だそうだ。俺も回復魔法だけは追加で覚えてる。さあ、この技術買うか?」
エイナル王の問いかけにマルティン王は顎をさすりながら思案する。
少しばかりの時間をかけて導き出した結論は……。
「買おう。儂の治療の件もありこの国と教会の関係も破綻する。そうなれば回復術士が国内にいなくなるからな」
「毎度。どうだ、お試しってことで誰か試してみないか?」
「……ふむ、アンジェラ、サヴェリオ。お前たちが被験者だ」
「かしこまりました」
「はい……ですが私にできるでしょうか?」
「アンジェラ王女殿下。精霊たちは心の機微に敏感です。不安や悩みをかかえたままだとうまくいかない可能性が高まります」
「うぅ……」
「それで、どこに覚醒施設を展開したらいい? だいたい3メートル四方は必要だが」
「それならば後宮に向かう中庭を使おう。見られてはまずいのだろう?」
「なるべくなら今日は見られたくねぇな。フート、周りに気配を感じるか?」
「それなりの数を感じます。ただ、ルアルディ王国の護衛なのか別の組織の密偵なのかわかりませんね」
「わかった。軍務大臣、我々が後宮に向かう途中で護衛はすべて退かせよ。そうすれば、残りは別組織の間者だ」
「承知いたしました」
「ではいこうかの」
プライベートエリアから後宮への道程は……まあ、那由他と一緒の感覚かな?
よくわからないことは確かだ。
「ここでなら問題ないか?」
たどりついた中庭の一角、そこは建物の窓から完全に死角となっており覚醒施設を広げるのに都合がいい。
「ここなら問題ねぇな。フート、気配は?」
「全員が立ち去りましたね。時間差がありましたから護衛が退いたのを察知して自分たちがあぶり出されるのを嫌ったんでしょう」
「よし。じゃあ、お前に頼んでおいた第九号をだしてくれ」
「構いませんが……あれ、意味あるんですかね?」
「……正直、俺も魔石の無駄遣いだと思う。ただデモンストレーションには便利だ」
「わかりました。では皆様、お下がりください」
俺はアイテムボックスからひとつの宝玉を取り出してそっと地面に置く。
そしてそれに魔力を込めると宝玉が大きくなっていき、最終的にはひとつの建物になっていた。
「これが魔法覚醒施設かね?」
「まだ研究段階の第九号後天性魔法覚醒施設だ。……ああ、覚醒の成功率は第六号と同等なのは証明されてるから安心してくれ」
「いや……まあよい。それで我々はどうすればよいのだ?」
「そこの入り口から中に入って少し歩くと中央に台座のある部屋に出る。その台座の上に乗って祈りを捧げてくれ。回復属性は……」
「五色すべての色が光ったらですよ」
「おお、そうだった。体が光を帯びたら成功だ。続けて何回祈っても意味はないから一回祈ってだめだったら今日は諦めてくれ」
「わかった。まずはサヴェリオからだ。行ってこい」
「わかりました、父上。では」
サヴェリオ王子が自信満々といった表情で中に入っていく。
……うーん、謙虚さも必要だと教えた方がよかったか?
実際、王子が出てきたときはなにも起こらなかったと言っていたし。
「ふうむ。次、アンジェラ」
「は、はぃ」
「お前はもう少し自信を持て。失敗しても文句は言わん」
「わ、わかりました。行って参ります」
周囲の精霊密度は……そこまで悪くないな。
初めてできた施設に興味津々で集まってきている節も見えるし。
さて、どうなるかな?
……そう思い待っているが普通なら1分もあれば結果はわかる。
しかし、アンジェラ王女はなかなか出てこない。
彼女が中に入ってから5分経ち10分経過して様子を見に行くか話し合い始めたとき、ようやくアンジェラ王女が出てきた。
しかも普通に歩いて出てきたのではなく泣きながら歩いてきたのだから穏やかではない。
「アンジェラ、なにがあった?」
マルティン王も心配そうに声をかける。
すると、アンジェラ王女は泣いたままの顔で答えてくれた。
「は、はい。祈りを捧げると、私の体が五色の光に包まれました。もしやと思い、自分の爪で皮膚を薄く傷つけて回復魔法を使ってみたのです。すると怪我がみるみるうちに治って……そうしたら嬉しくなってしまいしばらくその場で泣いていました」
「……自分の肌を傷つけたことをしかるべきか、回復魔法を覚えたことを喜ぶべきか。悩むな」
「傷跡が残ってないんなら結果オーライってことにしとけ爺さん。残ってたらフートが治すしよ」
「傷跡は残っていないようだ。だが、我々のような王族が回復魔法を鍛えるにはどうすればいい?」
「メイドたちを集めて片っ端から回復してやれ。大抵はあかぎれだの腰痛だのをかかえているから感謝される。こっちも回復魔法を鍛えられてみんなハッピーだ」
「その自由な発想は那由他らしいな。だがその案、採用させてもらおう」
そのあとサビーネ王女も後天性魔法覚醒施設に入って覚醒できるか試し、回復魔法に目覚めることができたようだ。
サヴェリオ王子は悔しそうな顔をしていたが……仕方がないから今日は諦めてほしい。
そして俺たちが帰ったあと、早速マルティン王たちはサビーネ王女とアンジェラ王女の離宮に勤める侍女を集め回復魔法を披露したらしい。
微弱な回復魔法であっても簡単な治療はできるのでとてもありがたがられたそうだ。
行動が早いね、この国の王様も。
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