246.襲撃犯と外交官を巡る混乱
「なにをあんなに揉めているんだ?」
国王陛下の近くで身辺警護にあたっていたリオンに様子を尋ねる。
「にゃ。まずは襲撃犯の引き渡し。これについての権利をお互い主張して譲りませんのにゃ」
「それは……我が国としても譲れませぬな。狙われたのは国王陛下と王女殿下。そして賊を捕らえたのも我が国の同行者。ルアルディ王国に引き渡す理由がひとつもないでしょう」
「そう言っているのにゃがあちらも折れないにゃ。ルアルディ王国で起きた問題だからルアルディ王国で始末をつけると言い張っているにゃ」
「ふむ、困ったな。どうしたものか」
「フート殿、口を挟んできてはどうにゃ?」
「俺がか? 国同士の問題に横やりを入れたくないんだが」
「……いえ、それはいいアイデアかも知れませぬな」
「ランダルさん?」
「賊の魔の手から王族を守ったのも賊を捕らえてきたのもフート殿の従魔です。なので国ではなくフート殿が権利を主張すればよろしいかと」
うーん、かなり無理筋な気もするんだが。
その線で割り込むしかないのかな?
「なに、私もお手伝いしましょう。フート殿が権利を主張し始めれば我が国はフート殿の味方に付くはずです。まずは襲撃犯どもの身の振り方、それを決めてしまいましょうぞ」
「わかりました。ではいきましょう」
俺と宮廷魔術師長のランダルさんが話し合い……というか揉め合い? になっているところに近づくと、これ幸いとばかりに外務卿や軍務卿が道を空けてくれる。
そしてその円の中央ではテラがどっかりと座り込み襲撃犯を踏みつけて周囲を威嚇していた。
「テラ、ご苦労さん」
「ガフゥ」
「む、なんだそこの少年。兵士ども、なにをしている、つまみ出さぬか」
「いや、あの少年は……」
「ほう? 我が国の同行者をつまみ出せとはずいぶんとえらくなったものだな、ルアルディ王国の外交員は」
「な……それはとんだご無礼を」
「無礼だなんて思ってないさ。それに、これ以上この問題で足止めをされるのがいやでここに来たんだからな」
「なんですと?」
「テラ、見張りご苦労。奥に連れて行ってくれ」
「ガゥ!」
テラは俺の命令を受けるとすぐさま襲撃犯5人を咥えて歩き出す。
ルアルディ王国の人間たちが止める間もなく俺と軍務卿の間を抜けていってしまった。
「なにをするか貴様!」
「ふん。あのときの襲撃で守ったのも襲撃犯どもを捕まえてきたのも俺の従魔だ。俺の好きにして問題があるか?」
「問題があるに決まっている! 即刻、あの者どもを引き渡せ!」
「断る。元を正せばそちらの不手際だろう? それを棚に上げて襲撃犯だけ引き渡せと言われてもなあ?」
「確かに、フート殿の言うとおりだ。我々も襲撃犯の権利を主張してきたが、フート殿が身柄を要求するのであればそちらに渡すべきだな」
「私もそう考えます。陛下、いかがしますか?」
「ふむ……フートよ。お前に任せてもよいのだが、尋問はできるのか?」
「できますよ? なんだったらこの場でやって見せましょう」
俺はテラが連れ出した襲撃犯の元に行くとテラに命じてひとりだけを咥え上げさせる。
さて、王女殿下も見ていることだし柔らかめにやるとするか。
「始めましょう。起きろ」
「ガフッ!?」
俺が命じると同時にテラが襲撃犯の男に電流を流す。
男は気絶していたのか狸寝入りか知らないが強制的に目覚めさせられたわけだ。
「よう、お目覚めの気分はどうだ?」
「……なんだお前は?」
「貴様らの尋問を担当させてもらう者だ。まあ、よろしく」
「ふん、死に損なったとはいえ簡単に口を割ると思うか?」
「思わないよ? だから挨拶代わりの一撃だ」
俺はアースニードルを発動して男の四肢を貫く。
男は一瞬痛みにもだえるが……次の瞬間にはなにが起こったかわからずに自分の体を見ていた。
「な、なんだ? 俺の体は貫かれたはず……なんで服が破れただけで傷跡がないんだ?」
「んー? 単純に傷つけると同時に回復しただけだけど?」
「なに? なにを言っている? 回復だと?」
「ああ、俺は魔法のスペシャリストだからな。攻撃魔法も得意だが同じレベルで回復魔法も扱える。……心配するなショック死すら許さないから」
「ひっ……」
一瞬で引きつった男をみて俺はクスクス笑う。
……この程度で怯えてもらっちゃ困るんだけどな?
「さて、それじゃ、次、行ってみようか?」
「な、なにをっ!?」
「テラ」
「ワフ」
テラは俺の意思を感じとり男を空高く放り上げる。
舞い上がった男に対して俺はさまざまな属性、レベルの魔法をぶつけその都度回復する。
最後はストーンブロウで地面に叩きつけて終わりだ。
「う……ぁ……」
「どうかな? 死ぬほどの痛みは一瞬感じる。でも一瞬でその痛みは消え、気絶すら許されないというのは? なかなか苦痛だろう?」
「あ、が……」
「ふむ、ちょっとやり過ぎたか? テラ、次を……」
「待て! もういい!!」
もうひとりぐらいなら見せしめにしてもいいかな。
そう思っていたところに待ったをかけたのはルアルディ王国の外交員だという男だ。
「君が尋問できるのはわかった! 襲撃犯どもも君の好きにしてくれて構わない!! だからもう止めてくれ!!」
「……まあ、いいですけどね。子供に見せるものじゃない」
王女殿下は目を背けているかと思ったがしっかりこちらを見ていた。
肝が据わっているのか、これも王族の勤めなのか。
「……フートよ。その男たち、どうするのだ?」
軍務卿が聞いてくるが……軍務卿、ちょっと引いてませんか?
本当にやり過ぎたのかな?
「どこか牢屋はありませんか? ルアルディ王国の手の届かない場所に」
「鳴神に牢屋がある。そこに繋いでおくといい。場所は案内させる」
「わかりました。テラ、すまないが牢屋まで連れて行っておいてくれ。牢屋にこいつらを入れたらそこで待機。俺が行くまで牢屋内に誰も近づけるな」
「ウォフ!」
俺の命令を聞いたテラは騎士と一緒に鳴神内へと姿を消す。
尋問とかめんどくさいから裏技でさっさと終わらせてしまおう。
誰にも見られなければ問題ないし。
「……オホン。さて、外交官よ。襲撃犯どもの件は片付いたな。それで我々はどちらの案内に従えばいい?」
どちらの案内?
どういう意味だ?
状況を把握できないでいると近くに来た王女殿下が説明してくれる。
「実はですね。ルアルディ王国の外交官ですが、二組きているのです」
「二組? どういう意味でしょう?」
「私にもわかりません。おそらくはあちらの政争が関係してると思いますが……」
まーためんどくさい話だ。
なんでこの国はこうもめんどくさいのかね?
「……めんどくさいですよね。私も面倒だと思います」
「ははは……」
乾いた笑いを上げるしかないが王女殿下の言葉は続く。
「フート様。先ほどの尋問ですが……初めてですか?」
「もちろん初めてですよ? おかげで手加減がわかりませんでした」
「本当よ。あんなのやられたら私だってきついわ」
「……きついだけなんですか、アヤネ様」
「きついだけです。モンスターとの戦いは一瞬の大怪我と回復の繰り返しになることがありますので」
「想像以上に過酷なのですね、ハンターというのは」
「いえ、私たちが過酷な道を歩んでいるだけです。一般ハンターが同じことはできませんよ」
「それでもです。王族にできることなどたかが知れているのに……」
アヤネと視線だけで会話するが、どうにも自己嫌悪に陥っているらしい。
拷問の様子を見てショックを受けたわけではなさそうだけど……。
「フート様が本気で魔法を行使されたところを初めて拝見しました。いままでエイス兄様や私に教えてくださったときはわかりやすくするために非常に遅く丁寧に魔法を使っておられたのですね」
「それが指導というものですから。……あれを見せられてもわけがわからないでしょう?」
「ええ、まあ。ですが本気の魔法というのも見せてもらいたかったですわ」
「……王女殿下、あれでもまだフートにとっては本気じゃないですよ?」
「そうなのですか、アヤネ様」
「ええ。本気になってしまうと回復以前に消し炭としてしまうので本気になれないんです。ね、フート?」
「余計な事を言うな、アヤネ」
「……そういえばおふたりはモンスター狩りが本職でしたね。人間相手では相当手加減しないとだめですか」
「そうなります。加減を間違えれば即死させてしまうので……」
「もしあの者どもを死なせてもお気になさいませぬよう。王族を暗殺しようとしたのです。死罪は免れません」
「はい。……ですが、王女殿下が言うお言葉でもないかと」
「いえ、これも王族の役目です。守っていただいた以上、けじめははっきりとつけなければ参りません」
「わかりました。可能な限り情報を引き出してみせましょう」
「ご無理はなさらないでくださいね? ああ、でも。あちらはなかなか解決しませんね」
「そのようですね」
俺たちが話している間も外交官二組のやりとりは続いているようだ。
なぜそこまで躍起になるかね?
「困りましたわ。これではこのあとの会談もできません」
「そうですね。……誰かこちらにやってきます」
「あれは……フート様、失礼いたします」
王女殿下が大慌てで駆け出していく。
ゼファーはその横にぴったり付き添い、アヤネは少し後を警戒しながら移動していた。
俺も持ちうる限りの手段で周囲の気配を探るが怪しい気配は特になし。
さてさてあれは誰なのかな?
「アイーダ王太女殿下、お久しゅうございます」
「フローリカ王女、久しいな。息災だったか?」
「はい。このたびは……」
「よい。どう考えてもこちらの不手際だ。……いまの状況を含めてな」
アイーダ王太女殿下か……。
写真などは渡されていなかったから顔がわからなかったけどあれが次期女王陛下ね。
風格も備わっているし周囲の兵士を見る限り人望も厚そうだな。
「アイーダ王太女。この騒ぎはどういうことか?」
「申し訳ありませぬ、ナユタ国王。襲撃犯についてはお詫びのしようもなく……」
「そちらについては我が国に力を貸してくれている赤の明星、フートが対応してくれた。詫びと礼はそちらにしてもらおう」
「力を貸している、ですか? 国の所属ではなく?」
「フートの所属はハンターギルドだ。我が問いたいのは外交官どもの話だ」
「……そちらも申し訳ありません。私が直接ご案内いたしますので会談の場で釈明させていただければと」
「わかった。では案内してもらおう」
「はい。こちらでございます」
「よろしい、では向かうぞ皆のもの」
国王陛下のお言葉に従い、大臣以下主要人物が歩き始める。
俺たち『白夜の一角狼』も国王陛下たち王族の護衛なのでそれに付き従い進んで行く。
この次は会談となるのだろうが……俺は休んでいちゃだめですか?
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