220.学校対抗戦前日
「おお、理事長がた。よく来てくださいました」
「わざわざギルドまで使いを出して呼んでくれたからな。何かと思って急いできたよ」
前回学校を訪れてから数日。
今日は学校対抗戦の前日となる。
一体どんな用事で呼び出されたのだろうか?
「いや、申し訳ありません。実は子供たちが理事長たちにも練習の成果を見てほしいと言い出しまして……」
「あら、この学校の生徒がですか?」
「珍しいわね。ここの生徒がそんなわがままを言い出すなんて」
「どうやら、理事長たちが明日の試合を観戦に来ることを聞きつけたらしく。先に一度、練習の成果を見てもらおうというわけです」
なんとも微笑ましい理由だな。
それだけなのかは疑問だが、学校長もそれ以上は知らないのだろう。
「わかった。子供たちはどこに?」
「はい。まずは馬術競技の訓練成果を見てもらいたいそうです。校庭へ向かいましょう」
俺たちが校庭へ向かうと、そこには馬上剣術の代表者スコットと馬上弓術の代表者リンがいる。
そして、馬上剣術の相手を務める教官も一緒にいた。
「スコット! リン! 理事長たちがお見えだぞ!」
「はい! 俺たちの訓練の成果をご覧ください!」
「よろしくお願いします!」
「ああ。ただし、怪我をしないようにな。本番は明日だ」
「「はい!」」
スコットとリンはそれぞれのライドホースにまたがる……というか飛び乗り、その首筋をなでる。
ライドホースはうれしそうに目を細めると、意思が伝わったかのごとくゆっくりと歩き始めた。
「まずは馬上剣術から! スコット前へ!」
「はい!」
スコットがライドホースにまたがったまま前に出る。
……やっぱり意思疎通ができているな。
スコットがライドホースに命令を出したそぶりがない。
「それでは、始め!」
「はぁッ!」
スコットはライドホースとともに大きく弧を描きながら教官へと肉薄する。
教官は慌てずに待ち構えて迎撃する姿勢だ。
そして、両者、まずは馬ごと激突してのせめぎ合いとなった。
「ヒヒィン!」
「ブルゥ!」
教官の馬は元々軍馬として育てられていたものが民間に払い下げられたときに買ったものだと学校長から聞いている。
つまり、あのライドホースは軍馬とも引けを取らない馬力があるわけで……。
「やぁ!」
「せぁ!!」
馬同士のせめぎ合いが続く中、騎乗者の戦いも始まった。
教官は片手で馬の手綱を握っているため、剣のみでの戦いになるがそれでもスコットに勝っている。
互いの剣が数回打ち合わされると、教官は手綱を引き馬を反転させた。
スコットもそれを追わずにゆっくりと息を整える。
そして、今度は教官が正面から一気にスコットへと迫り再度打ち合う。
それを数回繰り広げて模擬戦は終了となった。
「いかがでしたかな、理事長」
「すごいですね! 短い間にここまでできるようになるなんて!」
「本当よね。従魔を手に入れたのってまだ10日ほど前でしょう? よくここまで連携が取れるわね」
「いやぁ……先生方に頼んで学科の授業以外は乗馬の訓練をさせてもらっていたんです。おかげでこの子ともすっかり息が合うようになりました」
「それは結構。それに剣術も見事だったと思う。ただ、教官殿もだが……本番であんなに激しく馬をぶつけたら王立学院の生徒が落馬するんじゃないか?」
「「あ」」
「大丈夫ですぞ、理事長。落馬した場合、落ちた方が失格となります」
「いや、そうじゃなくて……もう少し王立学院にも活躍の場を与えよう。余計恨まれても困るし」
「わかりました。馬をぶつけるのは様子を見てからにします」
「済みません。スコットが上手に馬を扱うもので、つい荒い戦い方を教えてしまい……」
「構わないんだけどさ……うん、せめていきなり落馬で終わらせるとかはやめてあげよう」
「そうですね。わかりました」
国王陛下。
馬上剣術はどうあがいてもこちらの勝ちです。
「そこまでは考えておりませんでしたな。次、リン、前へ!」
「はい!」
リンはスコットと同じくライドホースにまたがっているだけで、何も指示せず俺たちの前までやってきた。
そして、そこで停止して一礼してみせる。
「リンが射貫く的はあちらになります」
「うん? ……馬上弓術の的って10個じゃなかったか?」
「リンの申し出により今回は20個に増やしてあります」
「はい! これから私の技をお見せいたします! よろしくお願いします!」
リンはまた一礼するとライドホースに乗ったまま最初の的まで移動する。
そして腰に下げた矢筒から矢を数本手に取り、そのうち一本を弓につがえてライドホースで走り出した。
「しっ!」
ライドホースは相応のスピードで駆け抜けているがリンはお構いなしに的を次々射貫いていく。
上体もブレず、まるで地面に立っているかのように見えるのは俺だけではないだろう。
やがて、20個目の的を射貫き終え、ライドホースに乗ったままリンは俺たちの前へと戻ってきた。
「いかがでしたでしょうか、理事長、奥方様方」
「お、奥方様……」
「はいはい、アヤネさんはいい加減奥様呼びになれましょうね。リンさん、とっても素晴らしい腕前でしたよ」
「ああ、見事な弓術だった。……だが、20個も射貫く必要はあったのか?」
「すみません、最近、10個だと物足りなくて……」
「あー、了解した。本番は10個しかないからそれを正確に射貫いてくれ。頼んだぞ」
「はい! 学校を代表して頑張ります!」
気持ちのよい返事を残し、再び的の方に歩いて行くリン。
今度はライドホースを並足で走らせて複数の矢をひとつの的に当て始めたな。
完全に曲芸の域であるが……まあ、いいだろう。
「……学校長さん、ほかもこんな感じでしょうか?」
「ですなぁ。次は……魔法的当てのミリアのところに向かいましょうか」
今日は第二魔法訓練場で練習をしているだろうということなのでそちらへと向かう。
そこには確かに先日見かけたミリアの姿があった。
だがそのほかにも、もうふたりの生徒の姿も見受けられる。
見た目からして年少組だが、彼らは?
「おや、レイとシルバもここにいたのですな」
「あ、学校長!」
「学校長と……理事長ですか?」
「ああ。理事長のフートだ」
「うわぁ。フェンリルさんに乗せてもらって以来だぁ。えっとレイです。よろしくお願いします」
「シルバです。今回は魔法演舞の学校代表を務めさせていただきます」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だぞ。魔法演舞は王立学院が絶対的に有利なんだ。お前たちが楽しんでくれればそれで満足だよ」
「そうなんですね! よっし、シルバ君! 早速、新しい魔法の練習だよ!」
「ちょ、待って、レイ!」
レイはシルバの袖をつかんで走り去ってしまった。
向かった先はおそらく第四魔法訓練場だが……大丈夫かな?
そんな俺の心配が顔に出たのか、学校長から声がかかる。
「あの子たちにも専属の教官がついております。心配はないかと」
「じゃあ、大丈夫か。それで……」
「はい、私が魔法的当て担当のミリアです。よろしくお願いします、理事長がた」
「はい、よろしくお願いしますね」
「無理はしないように……ってこの的、前に来たときよりも複雑になってない?」
「どんな的でも撃ち抜けるように魔法学科の先生方に協力してもらい作りました。いまから練習をお見せします」
そう言ってミリアは短く詠唱をする。
すると周囲に五色の光の玉が浮かび上がり、それが少しずつ大きくなっていく。
「行きます。マルチバレット!」
「おお!」
簡潔な命令で発動した魔法。
それは五色の光、すなわち五属性を意味する力の象徴からショットとバレット魔法を撃ち出すものだったようだ。
同時発射はできないようだが、一発一発が別属性を持つ魔法の弾丸は確実に的を射貫いていく。
やがて、最後の的に魔法をあてると同時に五色の光も消えてなくなった。
すべてをやり終えたミリアの額にはうっすらとだが汗が浮かんでいる。
あの歳でこれだけの魔法を使うには桁外れの才能と努力が必要だっただろう。
そんなミリアは一息つくとこちらに駆け寄ってきた。
「あの、理事長、私うまくできましたか?」
「ああ、すごかったぞ」
俺のそばまで来て何かをねだるように見上げてくるミリア。
……なんとなくだが、頭をなでてほしがっている犬のように見えてしまい、つい頭を軽くなでる。
「えへへ……ありがとうございます」
「あ、フートさんずるい。ミリアちゃん、頑張りましたね」
「ええ。頑張ったわね、ミリア」
「うあ。うーん、温かい……」
ミキに抱きしめられ、アヤネに頭をなでられるミリア。
最初はうれしそうに目を細めていたが、ゆっくりと力が抜けていき寝息を立て始めた。
どうやら完全に寝入ってしまったようだな。
「あら、眠っちゃいました」
「気が張り詰めていたのでしょうな。ここしばらく、魔法の練習にばかりかまけて来ましたから」
「どうしましょう。どこかに運びましょうか?」
「担当教官に任せれば大丈夫でしょう。おい、頼んだぞ」
「はい。お任せを」
こちらも優しげな笑みを浮かべた女性教官はミリアをだいて学校の中へと入っていった。
うん、幸せそうな寝顔でなにより。
「それでは次をご案内いたしましょう」
その後視察した場所では、魔法戦と武術戦の代表者はそれぞれ仮想敵役の生徒と激しい戦いを繰り広げていた。
今回の魔法戦と武術戦はそれぞれ従魔の持ち込みを許可されているため、ほぼ全員が従魔持ちという豪華な内容だ。
このふたつの試合で従魔の持ち込み許可を申請してきたのは王立学院らしいので、あちらも従魔持ちが代表なのだろう。
そして、最後の魔法演舞だが……これはレイがかたくなに反対したために見学できなかった。
なんでも本番を楽しみにしてほしいとのこと。
この辺はやっぱり微笑ましいなと思いつつ、今日の視察を終える。
余談だが、この数日間で夜中に学校内へと忍び込もうとした人間が何人かいたらしい。
それらの人間は防犯設備ですべて撃退され、翌朝憲兵に引き渡されたが……やはり防犯設備を作って正解だったようだ。
物騒な防犯設備だけど。
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