98.テイマーギルドの大騒動 中編

 さて、この人だかりの中を歩いて行くわけだが、やはりというべきか注目はテラとゼファーに注がれている。

 そのせいで二匹とも落ち着きがなく、周りをキョロキョロと見渡していた。

 人見知りは大分収まってきたが、他人に対する警戒心が強いのは変わっていないのだ。


「さて、本日お集まりの一同諸君。我々はついにテイマーギルドの歴史が変わる瞬間に立ち会えるぞ!!」


 マルガの煽りに一斉に沸き立つ場内。

 テラたちの警戒心も最高潮に達し、俺にすり寄ってきた。


「我々テイマーギルドの研究は多岐にわたるが、そのうちの主要部門のひとつが『レッサーフェンリルからフェンリルへの進化の謎を解明すること』だった! そして、今日は進化の謎はわからずともレッサーフェンリルがフェンリルになったことの証明を見届けることができる!!」


「「「オオー!!!!」」」


「さて、その進化したフェンリルだが……フート殿、テラたちはどうしてそんなに萎縮しているのだ?」


「大きな音とか大人数の視線に当てられたんだよ。多分フェンリル化すれば大丈夫だと思うけど」


「なるほど。レッサーフェンリルは警戒心が強い生き物だから当然か」


 マルガのこの言葉に、客席の端の方で自分たちのレッサーフェンリルを連れてきていたテイマー仲間がうんうん頷いていた。

 よく見れば、そばにいるレッサーフェンリルたちも一様に主人のそばを離れようとはしていなかった。


「さて、これ以上皆を待たせるのも本意ではないな。フート殿、早速だがテラとゼファーをフェンリルにしてみせてはもらえるか」


「そうだな。それで、俺たちに続くものが現れるなら協力するよ。いいか二匹とも」


「「オン!!」」


 さっきまでの萎縮しきった態度ではなく立派な返事を返す二匹。

 これなら大丈夫であろう。


「それでは、二匹にフェンリル化してもらう! なお、この二匹が元々レッサーフェンリルだったのは私が以前会ったときに確認しているから間違いがない!!」


 マルガの言葉の後、俺から離れて修練場の中央付近まで移動する二匹。

 すると。


「グォォォ!!」

「ワォォォ!!」


 普段みせないようなうなり声と雷鳴に土塊の竜巻、それから緑色の風の竜巻をあげていく二匹。

 うん、あの二匹も観客にサービスしてやろうってことか。

 普段みたいに、大きくなっておしまいじゃ味気ないものな。

 ……それとも本来、縮小化を解くにはああいった行動が必要なのだろうか。


 いろいろと考えている間に二匹の体がどんどん大きくたくましくなっていく。

 頭からは少しずつ角が伸び始め、明らかにレッサーフェンリルとは違う生命体へと変貌を遂げていった。


「アオォン!」

「ワォォン!」


 二匹が一吠えすると竜巻も収まりその体躯があらわになった。

 レッサーフェンリルだった頃に比べて二倍には成長した肉体。

 頭部にはふさふさの毛並みに隠れて見えづらいが角が一本。

 あたりを睥睨するする眼力は、先ほどまでおびえていたレッサーフェンリルとは思えないものだった。


「「「キュウン」」」


 そんな二匹を見て一斉に服従のポーズをみせたのはテイマーやブリーダーが連れてきていたレッサーフェンリル。

 己よりもはるかに格上の存在に出くわし、本能がそうさせているのだろう。


「ワウ」

「ガフ」


 テラとゼファーがなにかを吠えると、レッサーフェンリルたちも恐る恐るではあるが服従のポーズを止めていった。

 おそらく、自分たちにはそういった姿勢をみせることは不要、みたいなことを言ったのだろう。

 あとあとめんどくさそうだし。


「……はっ。あまりにもすごい演出で我を忘れてしまったが、これがレッサーフェンリルより進化したフェンリルだ!! しかも、その種族名はギルドの資料を丸一日総出でひっくり返しても見つからなかった完全なる新種個体『アースライトニングフェンリル』と『フェアリーウィンドフェンリル』だ!!」


 マルガの宣言に会場は完全に静まりかえる。

 あまりにも鮮烈な登場の仕方と、完全な新種という情報、これらが合わさって情報を咀嚼する時間が必要なのだろう。

 そして、しばらくたったのちパチパチと拍手が聞こえ始め、それは大きな歓声と合わさって修練場を熱狂の坩堝へと変えていった。


「……さて、せっかくのフェンリルだ。どのくらいのことができるのか見てみたいのだが……どうだろう、なにかしてみせてはもらえないだろうか?」


 マルガのお願いだが……さて困った。


「希望に応えたいのはやまやまなんだが。二匹とも運動神経は半端じゃないぞ? こんな狭い修練場じゃ一跳びで端まで届いてしまう」


「……念のため、それをみせてくれないか。運動能力というのも見てみたい」


「わかった。テラ、話は聞いてたか? この修練場の端から端まで跳んでみせてくれ。あ、観客席に飛び込まないようにな」


「ワフ!」

「オオン」


「……ゼファーはこの後で、飛んでるところをみせてやるからちょっと待ってな」


「ワン!」


 さて、準備は整ったようで修練場の扉の場所まで移動したテラ。

 そこから助走もつけずにジャンプして……。


「「「おぉー!」」」


 見事、反対側の扉のところまで届いた。

 途中、飛びすぎて、自分の土魔法で飛距離を落としたのはご愛敬か。


「見事な跳躍だった! ……ところで、先ほどゼファーに「飛ばせてやる」と言っていなかったか?」


「ああ、言ったぞ。風属性のフェンリルの特性なのか、それともコイツの特性なのかは知らないけど、身体に風を受けて跳躍することで大体5分ぐらい飛び回ることができる」


「……そ、それはすごいな。だが、都の中を飛ぶのはちょっとマズいのだ。申し訳ないのだが、別の機会にしてもらえるか?」


「……だってさ、ゼファー」


「オフン……」


 ちょっと気落ちしたゼファー。

 それを取り繕うためか、マルガが会場をさらに盛り上げる。


「さて、フェンリルといえばそのブレスだが、その威力も見てみたくはないか!? 私はとても気になるぞ!!」


「「「うぉぉー!!」」」


 ブレス、ブレスかー。

 的を俺が用意してやれば大惨事にはならないかな?


「という訳なので、フート殿。二匹にブレスの威力をお披露目させてくれるようお願いしてもらえるだろうか?」


「多分大丈夫だけど……的の耐久性は大丈夫か?」


「一応、レベル4魔法までなら余裕で耐える的を用意したのだが……」


「あ、それじゃダメだ。二匹とも本気を出したらレベル6相当のブレスになるから」


「は?」


「そういうわけだから、的も俺が用意させてもらうな」


 呆けている間に俺は修練場の真ん中に陣取り簡単な詠唱を始める。

 そして、この間、覚えたばかりの魔法をお披露目するのだ。


「氷獄召喚乃一、氷獄壁」


 うん、この壁なら一発は耐えてくれるだろう。

 実際、壁を見て二匹がすごいやる気を見せ始めたし。


「あの、フート殿。この魔法って、水属性レベル7の……」


「氷獄召喚だね。これくらいの耐久力がないと本気のブレスに耐えられないんだよ……」


 そうこうしている間にも、二匹の間で準備は進んでいた。

 先手は先ほど空を飛ぶ機会を逃したゼファーが行うらしい。


「ほら、準備はできたよ」


「はっ。それでは二匹にブレスの威力をみせてもらおう!! まずはゼファーから!」


 指名を受けたゼファーが一気に口の中から緑色と紫色の風を吐き出した。

 吐き出されたブレスは拡散することなく氷壁にぶつかり、その氷壁に傷と細かい穴を開けていく。

 ……氷獄召喚だし、大丈夫だよな?

 傷をつけるのは風属性の力、穴を開けているのはフェアリーの腐食の力だ。


 ブレスの攻撃は1分間ほど続き、そこでゼファーがブレスを取りやめた。

 すると氷獄の氷壁には大きな穴が穿たれていて観客を大いに沸かせるのだった。


 そして、今度はテラの番……なのだが、この状態の氷壁にテラのブレスが当たれば1分持たずに粉砕してしまう。

 なので、俺が新しく氷壁を作り直してブレスを公開だ。


 テラのブレスは大地と雷の組み合わせ。

 岩の塊と電撃が合わさって飛んでいくというものである。

 概要を聞くだけだとそんなものかと思うのだが、現実は異なる。

 岩には電気がたっぷりとしみこんでいて、なにかにぶつかった瞬間にそのエネルギーを爆発させる。

 しかも、雷のエネルギーだけではなく大地のエネルギーもたっぷりしみこんだ岩石なのだから……。


「フート殿。先ほどよりも壁が削れるのが早い気がするのだが……」


「ゼファーのブレスは生物相手がメインだからな。テラのブレスなら……あと30秒もしないうちに氷壁を打ち抜くだろう」


 前に破壊したときの最速タイムは47秒だったし、テラは30秒を過ぎたあたりで止めさせないとな。

 ……と思っていたら、テラもわかっていたらしく、氷壁の厚さの7割ほどを削り取った時点でブレスを止めていた。

 このブレスには観客もゼファーのブレス以上に大興奮。

 端っこの方でゼファーが少ししょげているが、後で魔法を食べさせて気分を落ち着かせよう。


「さて、伝説とまで言われたフェンリルの実力はわかっていただけただろうか!! これこそが、我々テイマーギルドの求めている……」


 あ、これは少し口を挟まないとやばいヤツだ。


「あの、マルガさん。テラもゼファーも多分まだ子供ですよ、フェンリルとしては」


「はぁ!? あれで子供!?」

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