68.道ばたで拾った少女

「死になさい! この外道魔術師!!」


 物陰から飛び出してきた少女の手には、果物ナイフのようなものが握られていた。

 それがまっすぐ俺の胸に突き刺さっていく。

 突き刺さっていく、が。


「何が何だかわからないけど、済まないなお嬢ちゃん。俺のローブって果物ナイフ程度じゃ傷ひとつつかないんだよ」


「なっ……ぐふッ」


 俺のローブは身体を太ももあたりまで覆うハーフローブ。

 その中に一体型インナーとして、腰あたりまで覆うインナーがついている。

 今回はそのインナーにナイフを突き立てられたわけだが……、前に強度実験をしてみた結果、そこらの武具屋で売っている最上級のナイフでは貫けないことがわかっている。


 ちなみに、さっきの少女のセリフ、『なっ』は俺のセリフに少女が驚いたもの、そのあとの『ぐふッ』は妻のミキがボディーブローをたたき込んで失神させたものだ。


「……殺していないよな、ミキ」


「殺されても仕方がないんですよね、この世界の法律では」


「そうなってるにゃ。目撃者も吾輩たち以外にもいるし、少女が先に殺そうとしたことは明白。反撃で殺されても文句は言えないにゃー」


「とはいえ、無駄に人死には出したくないなぁ」


「……甘いですにゃ、フート殿。いつか足元をすくわれるにゃよ?」


「わかっちゃいるけどさ」


「まあ、そこがいいところでもあるにゃ。サポートは吾輩が引き受けるからしたいようにすればいいにゃ」


「そっか、ありがとう、リオン」


 さて、このまま少女を寝かせておいても仕方がない。

 どこかに運ばないと。

 ……ここの近くというとあそこかな。


「リオン、ハンターギルドに行こう」


「……言うと思ったにゃ。証拠品のナイフは吾輩が持って行くにゃ」


 アヤネに少女をかついでもらい、ハンターギルドの門をくぐる。

 さすがに視線が集中するが、どうやら現場を見ていたハンターもいたらしく、俺が平然としていたことも知っていたようでこれからなにが始まるのかを興味深げに見ている視線がほとんどだ。

 ほんと、ハンターギルドって懐が深い、というか、面白そうなことに前向きというか。


「フートさん! 刺されたって聞きましたけど……その様子だと血の一滴も流れなかった用ですね」


「ああ、それで、俺を刺そうとした少女を連れてきたんだが……ちょいと話を聞かせてもらう場所を貸してもらえるか?」


「わかりました。少しお待ちください」


 これで、2階の談話室は使えるだろう。

 それにしてもこの少女、どっかであったような?


「ギルドマスターがお待ちです。ギルドマスタールームへどうぞ」


「は?」


 さすがにこれだけのことでギルマス案件か?

 ……Cランクハンターが襲われたんだからかなりマズい案件か……。


 抵抗しても仕方がないのでギルドマスタールームに入る。

 そこではいつもどおりブルクハルトさんとユーリウスさんが待っていた。


「おう、フート! テイマーギルドから帰ってきたかと思えば面白いことになってるじゃねぇか!!」


「面白いことで済まないですよ。いまはまだ見習い扱いですが、アグニの件も含めて立派な上級ハンターになってもらわねばいけないのですから」


「わーってるって、で、そのお嬢ちゃんに恨まれるようなことはしたのか?」


「それがわからなくてな。見覚えがある気がしないでもないんだが……」


「フート、とりあえず下ろしてあげましょう」


「暴れられるといけませんから、足と手はロープで縛ってくださいね」


「任せるにゃ。……にゃ?」


「どうしたんだ。リオン?」


「吾輩もこの少女に見覚えがあるなと思っていたところでしたが、思い出しましたにゃ。例のゴブリン大討伐前に見つけた冒険者5人組の女の子ですにゃ」


「……ああ、確かにそう言われてみれば、こんな子でした」


「でも、あの頃はここまで頬もこけてなかったし血色も悪くなかったわよ?」


「その辺は、直接聞いてみればわかるだろう。ライトヒール」


 一番治癒効果の低いライトヒールを気付け代わりにかける。

 すると、狙いどおり少女が目を覚ました。


「うーん。ここは……」


「お前さんが襲った男の所属する組織、その総本山だよ」


「……ギルマスは黙っていてください。話が進みませんから。ここはハンターギルド、ギルドマスタールーム。あなたの身柄はこちらで確保させていただきました」


「確保……そうだ、私、必死の思いで襲いかかったのに、全然刺さらなくて……」


「あなたのしたことは殺人未遂。本来であれば、その場で返り討ちにすることもできたのですが」


「……そうよ、なんであんたたちが私を殺してないのよ!! そうすれば、いまの惨めな生活から脱出できるって言うのに!!」


「……ふむ、これは根が深そうな話であるなぁ」


「ひとまずあなたの名前を教えていただけますか? ああ、真贋判定の魔道具を使っていますので偽名はすぐにばれますよ?」


「タリアよ」


「そうですか、タリアさん。ひとまず、手の拘束だけでも外して差し上げますから暴れないでくださいね? 念のため釘を刺しておきますが、ここにいるメンバー全員、あなたを殺すなんて食事を取るより簡単ですから」


「わかっているわよ。あなたたちの温情で生かされているくらい」


 ユーリウスさんタリアの腕の縄をちぎり、こう言い出した。


「それではお茶にしましょうか。殺気立っていても話は進みませんし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る