第30話 あなたの傍にいつまでも File 12

「もうすぐだな」

「そうだね。もうすぐね」


冬が終わりを告げようとしている。


遠く遥か彼方に続く青空を、俺と香は家のベランダから眺めていた。

その青空に一本の白い線を描き飛び立つ飛行機を眺め

「頑張ってこい……。疲れたら、いつでも俺たちの所に戻ってきてもいいだ美愛」

そう呟く俺がいた。


その隣で香がベランダの柵の淵を見つめながら。

「ねぇ、本当に私で良かったの?」と俺に問いかけた。


「どうしたんだよ」

「だからさ、本当に私と結婚なんかしちゃっても良かったのって」

「何を今さら言っているんだよ」

「本当はさ、好きだったんでしょ……。美愛ちゃんの事。まだどこかで諦めきれないでいるあなたがいるの」


「……かもな」


「やめちゃう――――結婚」

ちらっと香の視線が俺に向けられる。

「やめねぇよ」

「そう」


「やめたら美愛、俺をひっかきに飛び込んできそうだからな」

「もう飛行機飛んじゃってるよ」

「彼奴なら、飛び降りてきそうだ」

「あははは、そうだね。そうしたら私も一緒に引っかかれそうだわ」


「すげぇ剣幕でな」

「うんうん。そうだね……うん」


ヒックヒックと泣き始める香をそっと抱き締め

「頑張ろうな。これから、ここから始めよう。俺たちの世界を繋げるために」

「―――――うん。雄太」



「頑張れ――――美愛」



「叔父さん、ごめんね。忙しいのに見送りにまで来てもらって」

「何言ってんだ。当たり前の事じゃないか」

「そうよ、向こうについたら連絡はちょうだいね」


「叔母さん、分かった。そんなに心配しなくたって大丈夫だよ」

「そうだな、もう美愛もちゃんと、自分の道を歩むことが出来るんだからな」

「そうだよ。私は自分の将来をつかみ取るために向かうんだから」


「ところで久我さんは……。来れなかったのか」

「うん、雄太さんたちにはちゃんと挨拶してきたから。それに見送りは断ったんだ」

正解だったよ。今ここに雄太さんが居たら、たぶん……。


アナウンスが流れ始めた。

「もう時間だから」

「そうか」

「それじゃ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、元気でな」

「うん、叔父さんも叔母さんも……。ありがとう」


立ち止まるな美愛。

前に進め美愛。


そう、私は前に進むんだ、自分の為に。



「ふぅ―、あ、隣いないみたいだね。これならゆっくりと出来そう」

そんな事を思っていたら

「済みません。そこ僕の席なんですけど」

「あっ! 済みません今片つけますね」

なんだよ、いたのか。ゆっくりできると思ったんだけど。


ちらっと見るその人は私と同じくらいの男性ひとに見えた。

荷物をしまいドスンと座席に腰を落として「ふぅ―、何とか間に合った」と呟いた。

くせっ毛の少し長めの髪。

何となく風呂上がりの雄太さんの雰囲気に、似ているような感じがした。


「何か?」

「あ、いえ。なんでもないです。あなたもロサンゼルスまで?」

私がそう訊くと、ちょっと眉間に皺をよせて

「ロスまでって、この飛行機直行便のはずなんだけど」

「あっ、そう言えばそうだったね」


ちらっと髪の隙間から耳にしてあるピアスが見えた。

「うわぁ、この人片耳に3つもピアスつけてるよ」

「ピアスが何か?」

えっ! 私声に出していた……。


「ご、ごめんなさい。別に悪い意味で言った訳じゃないんです」

マジぃ、これから長い時間ずっと隣なんだよ。なんか気まずいままだと物凄く嫌だなぁ。

と、私の顔をじっと見つめるその男性。


な、何よ! そんなに睨まなくたっていいじゃない。また眉間に皺なんか寄せちゃって。ああ、もう目つき物凄く鋭いって言うか、たぶん怒ってんのか……。いやいやこれは多分間違いなく怒ってるよきっと。


「あのぉ―、ホントごめんなさい。気分悪くさせちゃって」

まだじっと私の顔見つめてる。

「あのう、いい加減、私もこうして誤ってるんですけど。そうやって睨むのやめてくれない!」

「えっ! 俺睨んでた? ご、ごめん」

あわてて、上着のジャケットから眼鏡ケースを取り出して眼鏡をかけて、……じっと私の顔を見つめ。


「あ、っ。やっぱり! 美愛だろ! 野木崎美愛だろ! 俺だよ。湯崎徹ゆざきとおる、覚えてねぇのか?」


「湯崎? ……誰?」

「オイオイ、中学んときのクラスメイトだった徹だよ」

中学の時のクラスメイト? 眼鏡……??

「まったくよぉ! ホレ」と、彼は前髪を手で上げて広いおでこを私にさらした。

「――――あっ! も、もしかしてメガネザル君?」

「うっ、うっせいわ! あんときはまる眼鏡に坊主だったから、そんなあだ名付けられてたんだよ」

「うっわぁ――――!! 変わるもんだねぇ。それに背も一気に伸びたんだ。あのちびっこかった君がねぇ。こんなに変わるんだぁ」


「あのぉ……なんか物すげぇ、胸にずきずき刺さるもん感じるんだけど。俺さ、視力ほんとわりぃから、始め気が付かなかったよ」

「そんなに視力悪いんだったら眼鏡ずっとかけていればいいのに」

「高校行ってからはコンタクトに変えたんだ。でも花粉症去年から酷くなっちまって、コンタクトつけるといてぇんだよ」

「ふぅ―ん、そうなんだ。でもほんと変われるもんだねぇ。あの時の面影全然ないよ。まったくの別人の様に見えるよ」


「そ、そうか……そうなんだ」

なぜか顔を赤くしてちょっと視線をそらす湯崎君。……いやいや徹君と言ってあげるべきだろうか。

「野木崎は……」なんか照れた感じで「綺麗になったな」

「そ、そうですか……あ、ありがとう」

な、何よいきなり! ドキドキしちゃうじゃない。


あれぇ、変だなぁ――――。どうして私こんなにドキドキしてるんだろう。


『当機はまもなく離陸いたします。シートベルトもう一度お確かめの上…………』


「あっ! もしかしてこの飛行機飛ぶのか?」

「何言っているの? 飛行機だもん、飛ぶわよ」

「ま、マジ!」ちょっと顔が青くなってきてるじゃん。


「もしかして湯崎君……飛行機初めてなの?」

コクンコクンと首を縦に振りながら「初めてじゃいけねぇのか!」

「大丈夫だって、もしかして怖いの?」

「こ、怖かねぇよ……どうてことねぇだろ」そんな事を言いながらも、いきなり私の手を握って


「あ、あのぉ……野木崎。お前もロサンゼルスまで行くんだろ」




だからさぁ―。この飛行機直行便だって言ってたじゃん。


あんたが……ね。

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