第39話 「ふり彼」と「ふり彼女」 ACT 4
「どうしちゃったの彼?」
「ああ、なんでもねぇよ。気にすんな」
今は香りにはそう言っておいてやるのが、山岡の為だろうな。
「それじゃ、行きましょうか。美愛ちゃんが待っているんでしょ」
「何で美愛を出すんだよ」
「あら、違った? あははは、私が会いたいからに決まってるでしょ」
「――――ふぅ―ン」
「何よ!」
「別に、今こうして会ったんだから家じゃなくてもいいんじゃねぇ」
「だから、私は美愛ちゃんにも会いたいの。ほんとわかってないなぁ雄太は」
「はいはい分かりました。美愛に連絡入れておくよ」
スマホを取り出し、美愛にメッセージを送った。
「今から帰る」
すぐに返信が来た。
「香さんも一緒なの?」
「ああ、一緒になっちまった」
「分かった。夕食準備しておくね。今日は冷しゃぶだよ!」
「分かったありがとう」
メッセージをスマホでやり取りする俺の姿を見つめ香は「なんかまるで新婚さんみたいだね」とニンマリ笑いながら言う。
「な、何だよう。俺らそんな関係じゃねって何度言えばわかんだよ!」
「はいはい、そうでしたね。元カレさん。そして『ふり彼』さん」
何となく俺は香の手の平でいいように弄ばれているような気がするけど、これって気のせいだろうか?
俺ら本当に終わったんだよな? もしかして疎いのは俺の方なのか? 自分のことは良く分かんねぇな。……ああああ、なんか山岡の気持ちがわかる様な気がするのはなぜだろうか?
もうじき雄太さんが帰って来る。
夕食の支度はもう出来上がっている。
後は二人があの玄関から、「ただいまぁ」って来るのを待つだけ。
なんだかちょっとワクワクしちゃう。何だろうね。毎日の事じゃない。
香さんが一緒だからかなぁ。
3人でワイワイ言いながら、ご飯食べるのって初めてだよね。
あ、そうか、朝ごはんの時一緒に食べたんだっけ……。
そりゃ、初めて会った時はさ、なんなんだこの人って、おもっちゃったんだけど、不思議なんだよねぇ。次の日香さんの寝顔見ていたら、物凄く懐かしい人に出会えたような気がしたんだ。
いつも私のすぐ傍にいてとても温かい人。
まるでお母さん……。
そんなことを言ったら、怒られちゃうよね。
あははは……。
その時また私の躰を、すっと冷たい何かがすきぬけた。
エアコン効きすぎているのかな?
その瞬間「クラッ」と立ち眩み、シンクの淵に手をついた。
その手は白く、何となく透き通ってきているように見える。
一瞬の事だった。
どうしたんだろう私。疲れているのかな?
その時頭の中で誰かが囁いた。
「あなたの本当の役目、忘れちゃだめだよ」
誰?
誰かは分からない。でも前に訊いたことがある声だった。
あなたは誰?
その声からは何も返事が帰ってこなかった。
「ただいま」
ふっと、横を見ると雄太さんが私を見ていた。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ。早かったね。お仕事ご苦労様。ご飯できてるよ」
「ごめんねぇ、私もお邪魔しちゃって」
香さん……。
彼女の姿を見た時、なぜか涙が溢れて来た。
「どうしたの美愛ちゃん?」
「ううん、なんでもない。なんでもないよ」
そう言ったけど、涙が溢れてとまらない。
香さんは、私を強く抱きしめて
「どうしてかなんていいから。泣きたいときは思いっきり泣きなさい」
柔らかく温かい。そしてとても懐かしい甘さが私を包み込んだ。
多分そんなに長い時間じゃないと思う。でも、私はとても気持ちいい、忘れかけていたあの優しさに触れることが出来たような気がした。
耳元で香さんが言う。
「落ち着いた?」と、私は静かに頷いた。
「ご、ごめんなさい。私どうかしちゃったのかなぁ」
「ううん、いいのよ美愛ちゃん」
「うん、ありがとう。もう大丈夫だから、ご飯食べようよ」
「本当に大丈夫なのか?」
雄太さんが心配そうに見つめていた。
「もう、変なとこ見せちゃったね。もうなんともないよ」
「寂しかったんじゃないのぉ?」て、香さんが雄太さんに視線を投げかけながら言う。
「さ、寂しかったって、何だよ」
「さぁね、このぉ色男め!」
香さんの肘が雄太さんの胸を突く。
「うっせい!」あ、雄太さん照れてる。なんか可愛いなぁ。
「さ、ご飯食べよう。私お腹すいちゃった。でもすごいねぇ、今日は冷しゃぶなんだ。美味しそう、それにとってヘルシー! 最近さぁ、ちょっとお腹周りが気になってきちゃってさぁ」
「うっそだぁ! 香さんとってもスタイルいいのに」
「ありがとう。でもさ、脱ぐと結構気になるんだよねぇ」
「てさ、いい加減食おうぜ」
「なははは。ホントそうだね」
二人で食べるより三人で食べる夕食の方が美味しい。
たれをポン酢とゴマダレの二種類を用意したんだけど、雄太さんはポン酢派、香さんはゴマダレ派。二人とお互い自分の好みをまったく譲らない。
「前からそうだったよね雄太は、自分の好みを否定されるとムキになるんだよねぇ」
「うっせい! 誰が何と言おうが俺はポン酢がいい。ゴマダレはなんかくどいんだよ」
「あらそうぉ? ゴマダレの方がコクとゴマの風味があっていくらでも食べられちゃうよ」
「あ、だからだ香、お前さっきお腹廻りがどうこう言っていたじゃん。それだよ」
「ああああああああ! ひっどぉい! ねぇねぇ訊いた? 美愛ちゃん。今の発言って酷いと思わない?」
「そうだよ雄太さん駄目だよ。そんなこと言っちゃ。女性は自分から言っても人から言われると物凄く傷つくんだから。ちゃんと香さんに謝るべきだよ」
「な、何だよ。美愛まで香の味方に付くのかよ」
「えへへへ、いいじゃん。だってさ私香さんの事大好きなんだもん」
「あら、嬉しい! 私も美愛ちゃんの事大好きよ」
「へいへい、どうせ俺は一人っきりですよ」
「ははは、雄太さんすねちゃったよ」
「あらホント。なんか可愛い」
「うっせい!!」
雄太さんの顔が真っ赤に染まっていた。
食後の珈琲を入れている時にその話題は上がった。
「なぁ香、本当に行かなきゃいけねぇのかよ」
「もう、『お願い』って言ったじゃない。でないとほんとやばいんだから」
「ねぇ、どうしたの?」
「――――雄太、美愛ちゃんにも話していい?」
「べ、別に俺は構わねぇけど…………」
「あのね、私今物凄くやばいんだぁ!!」
「へっ? やばいって何?」
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